「すごい。もうなにこれ。しあわせ……!!」

 ルナは喜びをかみしめた。いつが最後だっただろう、こんなに新鮮なお刺身の盛り合わせを食したのは。ルナたちの区画でも新鮮なお刺身は売っていたが、リサやミシェルがあまり好きではないので、刺身は食卓にはあまり並ばなかった。同じ海鮮が好きなキラと二人で、一度お寿司を食べに行ったことがあるくらい。

 ルナの住んでいた、L77の実家がある住宅地は、港が近くにあるので、新鮮な魚が食卓に並ぶことが多かった。

アズラエルとクラウドは生の魚を食す家庭ではなかったらしく、ルナが作ったカルパッチョも不思議な顔をしながら食べていたのをルナは思い出す。

 

こんな、おいしいお刺身初めて! ルナは半生の蟹を頬張って「美味しい〜〜〜!」と絶叫した。

 ルナが頼んだのは海鮮丼のセットだったが、これに海藻の味噌汁と茶わん蒸しがついている。サルーディーバとアントニオは刺身の盛り合わせの定食みたいなものだったし、サルディオネはマグロが塔みたいに山積みになった丼のセットを頼んでいた。

 しかし、さすがは宇宙船。見たこともなく、聞いたことのない名前の魚もある。水槽に泳ぐ、ピカピカ光る魚は最近宇宙船が通った星で獲れたものだろうか。

 

 「ルナちゃんお刺身大好きなんだねえ」

アントニオがウニをつまみながら言う。

 「ここもうまいんだけどさ、K27にもちゃんと海鮮の旨い店あるんだよ。今度食いにいこうな」

 「ほんと! 行きたい〜!!」

 言ってから、はっとする。

そういや、この人にナンパされてたんだった。

迂闊に簡単な返事を返してしまったけれど。

 

 アントニオとサルーディーバは吟醸酒を分けて飲んでいて、ルナも一口もらった。サルーディーバは、「私たちの星では、あまりひる夜、関係ないのですよ。儀式でいただくこともありますし」といった。

 確かにお酒も美味しい。サルディオネはお酒のどこが美味しいかわからない、とぼやきながらマグロをてっぺんから崩して猛然とかきこんでいた。さらに姉の皿からもマグロを奪い、アントニオの皿からもマグロを失敬していた。

 

 「サルディオネさん、マグロ好きなの?」

 ルナが聞くと、サルディオネは頷きながら、「こんなうまいもんここ来て初めて食った」と言った。

 「L03では、生魚を食すことはあまりないものですから」

とサルーディーバが説明してくれたので、ルナが自分の分もサルディオネにあげると、「アンタいいひとだ〜」とサルディオネがはじめて笑顔を見せた。

ルナも変わっているとよく言われるが、この子も相当変わっている。

 

 食事を終えて、お茶で一服すると、アントニオがレシートを持って立ち上がった。

 ルナが慌ててお金を出そうとすると、

「いいからいいから。ここは俺のおごり。船内役員のサービスカード持ってるし。俺が払うとみんな二割引になるんだ」

 サルーディーバとサルディオネもアントニオに「ごちそうさまです」と言って会釈して外に出た。

 ルナもお言葉に甘えることになったが、外に出たとたんサルディオネがルナを引っ張った。

 「早くあたしんちいこ。占いたい」

 

 でもルナは、椿の宿のチェックインがある。椿の宿の場所もうろ覚えだ。ルナがそれを言うと、アントニオが、

 「椿の宿予約してんの。じゃ、俺が行って荷物預けてきてやるよ。あそこのひとと俺、顔見知りだし」

 ルナはさすがに申し訳ないので断りかけたが、サルーディーバが口を開いた。

 「――それよりも、ルナとアントニオが先に椿の宿にいらっしゃったらどうでしょう。私とサルディオネは、道具を持って椿の宿に伺います。あそこは気がいい場所です。部屋を借りて、そこで占いましょう」

 「お、それいいね」

 アントニオは満面の笑みを見せた。

 

 なんにしても、ルナは驚いた。ひとみしりの自分が、初めて、今日会ったばかりの彼らと普通に話していることに。

なんといおうか――初めて会った気がしないのだ。

 ものすごく、居心地がいい。

 それは、カレンやジュリ、グレン、セルゲイと食事していたときと似ていた。

 

 アントニオとも、あのとき「ルナちゃんホテル行かない? ルナちゃんとやりたい」と思いきり無邪気に言われるまで、話が弾んで楽しかったのを思い出した。たった一時間ほどだったけれど。あのセリフがなかったら、今頃すっかり仲良くなって――もしかしたらほんとうに、アントニオの言葉のままに、付き合っていたかもしれない。

 

 (この宇宙船内では、運命の人に会えるってみんな言ってるし噂になってる)

 でも、と。ルナは思った。

 (それって、恋人にかぎったわけでなくて、こういった仲間との出会いも、そうなんじゃないかな)

 

 椿の宿は、河原沿いを五分ほど歩くと、大きな朱塗りの橋がかかっていて、その橋を渡った山すそにあった。せまい駐車場もあり、何台か置けるようになっている。全体的に大きくはなく小造りな宿だった。なかに入ると、女将さんが出迎えてくれる。

 

ウェルカムドリンクは、コーヒーに煎茶に紅茶、グレープジュースと、なぜか冬限定でバターチャイ。

ルナは聞いたことのないモノに手を出したがる癖がある。バターチャイをお願いするとアントニオが笑った。

「結構くどい味だよ。飲めなくても知らないからね」

彼はコーヒーを頼んだ。静かなフロントで、サルーディーバたちを待つことにした。バターチャイはおもったほど強烈な味ではない。キャラメルの香ばしい味がして、バターのコクがあって、甘くて美味しい紅茶だった。

 ドリンクを飲んでしまっても、彼らはなかなか現れないので、ルナは先に部屋に案内してもらった。アントニオはフロントで彼らを待っている。

客はルナ一人だけらしく、貸切だ! とルナは喜んだ。

 

 食堂は別にあり、予約すれば部屋にも運んでくれるらしいが、普通の定食屋も兼ねているので、好きなときにきて好きなものを注文してもいいらしい。大浴場は男湯女湯と、混浴の露天、室内には露天風呂、談話室、とシンプルな宿だった。

 ルナの部屋は「いちいの部屋」。

 入って歓声をあげる。

奥に囲炉裏ばたがあり、(冬季限定で、使うときは予約が必要。)大きなガラス戸の向こうには山を背景に露天風呂があった。山の方は白く雪が降りている。布団は出し入れして使うらしい。一人で泊まるには広い部屋だ。

 寒くはなかった。囲炉裏とはべつに暖房はすでに入っていて、テレビの近くにある大きなヒーターがそれらしかった。

 かわいい浴衣とアメニティ、バスローブが一緒に置かれている。

 「わー! コレ可愛い! 浴衣に着替えちゃおっかな」

 青い布地に百合の花。黄色と赤のリバーシブルの帯。ルナは浴衣にサッサと着替え、さっき買ったかんざしで髪をさっとまとめると、鍵を閉めてフロントに戻った。

 

 「おお、可愛いじゃん」

 アントニオが笑顔を見せた。

「今度おれと二人で泊まりに来ようね♪」

さっきから話し続けていて、アントニオのこれは冗談半分なのだとやっとわかった。あのときもきっと、冗談半分だったのかもしれない。ルナが「また馬鹿なこと言うなあ」とたたくと、『アズラエルに内緒でね』と小声でウィンクする。

アントニオもアズラエルのことを知っているのか。

(世間ってせまいなあ)

 

ルナはやっと、グレンのことを思い出した。朝は夢のせい、タクシーを降りたときも夢のせいで、すっかり連絡することを忘れていた。

 「いけない。グレンに電話しなきゃ」

 慌てて電話を横目で探したとき、サルーディーバたちがやってきた。

 「遅かったなあ。……あ、いいよだいじょうぶ。なんか、今日予約つったってルナちゃんだけだったみたいだよ? 宿泊客。いつも通りガラあき」

 アントニオはサルーディーバと話していたが、サルディオネがでかい荷物を抱えたまままっしぐらに、ルナに突進してきた。

 「三倍速できたぜ! 部屋どこ? いこいこ!!」

 

 グレンに電話しなきゃいけないけど。……あとでもだいじょうぶかな。

 




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