(神様。こんにちは)

心の中で、この宇宙船に乗せてくれてありがとうございます。と思ったときだった。急に風がびゅうと吹いた。

 突風だ。急に風の勢いが増し、荷物が飛ばされた。

 

 (うああう!? 何急に!)

 一緒に参拝していた神官たちも、慌ててビラビラの裾を押さえる。

 そのうちのひとりと目があった。ほんの一瞬のことだ。

 その途端彼女は――たぶん彼女は――「きゃあ!」と叫んでひっくり返ってしまった。

 人の顔見て気絶すんな! 失礼な、とルナは思ったが、風はやまない。ますますひどくなる。

 

 「なんじゃあ! どちらさんじゃっ!!」

 風のあおりを受けながら、神主衣装を着た髭のおじいさんが、ひどくなまりの強い共通語を吐きながら、こちらへ走ってきた。ルナたちの方へ来ると、ルナを見、それから倒れた女性を見、またルナを見た。

 

 そのおじいさんを追って、透けるストールを頭から被った、一見しては女か男か分からないような人物が、遅れて走ってきた。

 

 肌の色は褐色で、細い眉に零れそうなくらい大きな眼。オッドアイだ。左右の目の色が違う。左目が金色で、右目が、。綺麗な色だ。ストールを留めている様々な細工のアクセサリーも眩いばかりだ。背は高く、細身で、胸がないから男性かとルナは思ったが、女性的な顔つきで、声も低いが男性というには柔らかすぎる。

――年齢不詳というか、正体不明というか、人間のような感じがしない、神秘的なひとだ。

  ルナは、そう思った。

 

 神主さんは倒れた女性を抱き起こすと、ルナに向かって大きな声で怒鳴った。

 「おめえさん! わりいが、ちょいと降りてくれ!」

 何なのだ突然。ルナが蒼くなってうろたえていると、ストールの人がルナの袖を引っ張った。

(あたしのせいでこの人倒れたの? なんで?)

 ストールの人が静かな声で言った。

 「……あなたのせいではありませんよ」

 「サルーディーバさん! 頼む。ちょいとその子連れておりてくんねえかなあ! 泡ふいちまってる」

 

 ルナは驚いた。

さっきの女性が、本当に白眼をむいて、泡を吹いているのだ。風はますます勢いを増していて、顔も上げられない。

 ルナもバカではない。なにか自分に理由があると感じたので、あわてて階段を駆け下り始めた。サルーディーバが後ろで何か言っていたが、ルナにではなく祭壇の方へ向かって言っているようだった。ルナには分からない言葉、共通語ではない。

急に風が、静かになる。だが、階段を囲む林も、奥の山も、なにかざわざわと揺れている気がする。ルナは階段を一気に駆け下りると、上を見上げた。

 すると、サルーディーバと呼ばれたさっきのひとが、ルナの大荷物を抱えて、階段をてくてく降りてくるではないか。あの騒ぎで、荷物を上に忘れて降りてきてしまったのだ。ルナはまたしても慌てて階段を上り、荷物を受け取った。

 

 「す、すみません……!」

 何を謝ったらいいのか。荷物を持たせたことか、それともあの女のひとを気絶させてしまったことか。サルーディーバとよばれた人は、穏やかに微笑みながら、ルナを安心させるように言った。

 

 「彼女は心配ありません。それよりもあなた、“あれ”を持っていて大丈夫だったのですか?」

 

 ――アレ? 

 

ルナは意味が分からなくて、首をかしげた。

 本気でルナが分からないのを悟ったのか、サルーディーバはまた言った。

 

 「お守りのことです。申し訳ないですが、バッグにつけていたあのお守りは神社にお預けしてきました。さきほど彼女が倒れたのは、あのお守りの神力が強すぎて、当てられてしまったのです。あれだけ強いご神気を発しているのですから、よほど強力なご神霊なのでしょう。あなたがあの守りを持ってこの地域をうろつけば、第二第三の彼女が出てしまいます。ここにいる間はお預けした方がよろしいでしょう」

 

 ルナはあんぐりと口を開けた。

 「あの――あたし――ここの神様を怒らせてしまったんですか?」

 不安になってルナは聞いた。知らずとはいえ、持ってはいけないものをもって入ってしまったのかも。ルナの心配とは裏腹に、サルーディーバは、今度はもっとにこやかに笑った。

 

 「いいえ。怒るどころか大喜びしてらっしゃるんですよ。ごらんなさい。山が揺れている。ご神霊が喜びに揺れているのですよ。だから私も神主さんもびっくりして、何事が起きたかと思ったのです。あのお守りのご神霊は、この山の神様に近しいお方なのでしょう。ああ、もしかしたらそれで、ひときわ強烈に神気が漏れて、あてられてしまったのかもしれません。私たち神官は、特にそういったものに敏感なものですから」

 ルナはしょぼんとした。

 「す――すみません。あたし知らないで――」

 サルーディーバは目を細めた。優しい顔だ。

 「無理もありません。ご存じなくても。あなたはこの地区の方ではありませんね。南の方の地区からいらした方ですか?」

 「あ、――は、はい。……ルナって言います」

 「わたくしは、サルーディーバと申します。L03からやってまいりました神官です。どうでしょう。これもご縁です。お昼時ですし、よろしければ、ご一緒にお食事はいかがですか?」

 「あ、は、はい」

 ルナは思わず頷いた。

 

 

 思いもかけない出会いだった。

 サルーディーバがルナを連れて行ったのは、神社からほど近くの小奇麗な食事どころだった。「料亭 まさな」と書いてある。

 

……まさな。どこかで聞いた。

 

 「あの神社は真砂名神社というのですよ」

 サルーディーバが教えてくれたが、ルナはそれではないもっとなにか、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 

 料亭内の奥まった座敷には、すでに二人の先客がいた。

ひとりは、すごく変わった大きい眼鏡をかけた女の子で、背はルナより小さい。三白眼でひっつめ髪、お世辞にも可愛いとは言えないが、すごく頭のよさそうな顔をしている。

もうひとりはまったくふつうの、よれたジャージの上下を着た、金髪の男性だった。女の子は分厚い辞書みたいな本を抱えていたが、サルーディーバのかおを見ると大声を上げた。

 「姉さん聞いた!? いまの! すっごい神さんが笑ってた!!」

 男性の方も笑って言った。

 「うわはははははーってね。今ここ抜けてったよな」

  二人とも興奮してサルーディーバに言ったところでようやく、ルナの小柄な身体を見つけてくれたようだ。男の方が目をまん丸に見開いて言った。

 「あれ? ルナちゃんじゃないか!」

 

 知らない。誰だろうこの人。

ルナは不審げな顔をしたのだろう、男の人はきまり悪そうに一度頭をかいて、苦笑いした。

 「えーっと。多分忘れてんな。俺のこと覚えてない?」

 

ルナはまじまじとその顔を見つめて、それから思い出して絶叫しかけた。

一番最初の合コンで、ルナにつきあっての代わりにヤらせてといった男だ。

あの時はブルーの派手なスーツを着て、髪を後ろになでつけて眼鏡をかけていた。このぼさぼさの髪と、ジャージではわかるわけがなかった。

 

「いつもお店に来てくれてありがとう。つか多分ルナちゃんは知らないんだよな。俺も言わなかったし。リズンの店長のアントニオです」

 「ええ!」

 ルナは、またマジマジとアントニオの顔を見てしまった。

 

 「こちらがリズンの店長のアントニオ、古い友人です。そしてこの子が私の妹のサルディオネです。神官としては、まだまだ未熟ですが――」

 サルーディーバが代表して、ふたりを紹介してくれたが、サルディオネがそのでかい眼鏡を外して、サルーディーバの言葉を遮った。

 「アンタ……おもしろい星周りだ」

ルナをじっと、穴のあくほど見つめて言う。リサにも負けないくらいの目力でじっとり見られ、すごい迫力で、ルナはたじたじとなった。

 アントニオが苦笑して言う。

 「彼女は神官というよりも、占術のエキスパートなんだよ」

 「占いに弄ばれていますが。まだ」

サルーディーバが嘆息して言った。

 

 「姉さん! この子『観』ちゃダメかな! 姉さんと一緒にみるから!」

 サルーディーバは少し考えていたようだったが、ルナに、「……構いませんか?」と聞いた。

 なにがだろう、ルナが聞くと、

 「サルディオネは貴女を占いたいようです。でも、この子の占いは恐ろしいほど精密で確実です。あなたが見たくないものや、見る必要のないものも出てきてしまうかもしれない。私が傍にいて、出す必要のない象易は、削りますけれど」

 「え? ……あ、サルーディーバさんが一緒にいるんなら」

 「オッケー!? やった! この子すんごいよアントニオ! すっごいドラマの宝庫だ!」

 なんだかなあ、とルナは苦笑していたが、(実はたかが占いじゃんと思っていたのである。)その軽い気持ちが、あとから自身の運命を大きく変えることになるとは、思いもしなかった。

 

 ルナだけではなく、結果として、皆の運命の流れもゆるやかに変えることになろうとは。




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