「――というわけで、俺たちは、バンクスさんとL52の病院で再会を果たしたわけだ!」

 「パパのそのお話、もう聞き飽きたわ」

 ルシェがためいき交じりに言う。

 L52から出発し、軍事惑星、そして辺境惑星群へ――マイヨとの出会いも含めて、ケヴィンの冒険譚は、もうそろそろ本にまとめられていてもいいくらい、繰り返されていた。

 「サーミの風、やっと読めたよ!」

 ルナは言った。ケヴィンがまちがって送った原稿が、そもそものはじまりだった。

 「うれしいよ」

 自分の本のことになると、らしくなく、はにかむケヴィンだった。

 ケヴィンは、三年前、満を持して刊行した「サーミの風」で、一躍人気作家になっていた。「サーミの風」は、来年、映画化される。

 「ぼくは、まだルーシーの物語に、手を付けられない」

 ケヴィンの図書館を卒業したら、書こうかな、とアルフレッドは微笑んだ。彼は、L52のバートン社で編集者をつとめている。ケヴィンの著作の巻末には、アルフレッドの名も並ぶようになっていた。

 

 「ねえねえ! 地球行き宇宙船って、どんなところ!?」

 おとなたちの会話に飽きてきたルシェが、ルナに尋ねた。

 「うーんとね……」

 「あたし、楽しみなの! 地球行き宇宙船で、どんな冒険ができるか!」

 13歳になったばかりのルシェは、父親譲りの好奇心を顔いっぱいにあふれさせていた。

 「どうでもいいよ、地球なんて」

 絵を描ければそれでいい、と斜に構えた物言いをするヨアンに、ルナは言った。

 「そう? 宇宙船に乗れば、ミシェル・B・ヴァンスハイトに会えるけども」

 「は!?」

 ヨアンが、スケッチブックを放り投げて、ルナに詰め寄った。

 「え? ウソだろ!? あの、マーサ・ジャ・ハーナの神話を描いた、幻の画家!?」

 「幻じゃないよ。ちゃんと生きているもの」

 ルナがもっともらしくうなずくと、ヨアンは、口を開けた。

 「アトリエもあるよ? 連れて行ってあげようか?」

ヨアンはたちどころに、色鉛筆とスケッチブックを抱えて、自分の部屋に走った。

 「荷造りしてくる!!」

 

 「もう、ほんとにしょうがない子」

 ナターシャは嘆息した。

 「アルも甘いし、あたしもあまり手がかけられなくて。わがままに育っちゃったけど、どうかよろしくね、ルナ」

 「だあいじょうぶ!! ウチに来たら、生活管理隊隊長がいるから、一週間で規則正しくなるよ!」

 バクスターとシシーの手にかかったら、どんな悪ガキも一週間で素直になる。

 「ルナ、この際だから、ウチに泊まってよ。まだまだ話は尽きないし――」

 ナターシャは、すっかり空になった瓶を持って、ルナにそう言った。パタパタとキッチンにもどり、冷蔵庫の酒を物色した。

 「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 「ブレアとは、リリザで会うんだろ?」

 「うん。あたし、びっくりしちゃった」

 ブレアの設計したジェットコースターが、今年の冬、ちょうど地球行き宇宙船がリリザに到着するころ――リニューアル・オープンする。

 

 「いいなあ。あたしも、一度でいいから、地球行き宇宙船に乗ってみたい」

 マイヨが、うらやましそうに言った。

 「このままケヴィンが大富豪になったら、きっとチケットを落札できるさ」

 アルフレッドがからかうように言うと、ルナはきょとんとして言った。

 「なにゆってるの。ミシェルとアンジェが主要株主になったから、みんなはいつでも乗れるんだよ?」

 ブーっと、酒を噴いたのは、ケヴィンだった。

 「ええ!?」

 「きたなっ!!」

 マイヨがあわてて拭いた。ルナは叫んだ。

 「まえ、ゆったじゃない!!」

 「言ったっけ!? 忘れてたよそんなこと――」

 「え!? じゃあ、あたしも乗れるの」

 マイヨが慌てだし、「じゃあ、みんなで乗るか!?」とケヴィンが言いかけ――「ナターシャのお店はどうするのよ!」と大パニックになった。

 

 「みんな、なに騒いでるの」

 ビールしか残ってなかった、とナターシャが数本のビール缶をトレイに乗せてもどってきた。

 「あ、いや――」

 「地球行き宇宙船には、いつでも乗れるって話さ」

 アルフレッドが肩をすくめて言った。

 「いつでも乗れるのかもしれないけど――きっと、ホントに必要としているひとのところに、チケットは来るのよ」

 ナターシャは微笑んだ。

 「十七年前の、あたしみたいなひとのところに」

 プルトップをあけたビールをルナに渡し、ナターシャは乾杯した。

 「ところで、アズラエルさんは? クラウドさんは? ミシェルは、元気?」

 「そうだね、えっと――順番にゆうね」

 

 

 

 地球のグレン、サルビアさん、そしてイシュメルくん、お元気ですか。

 L系惑星群の皆さん。

 さっき会ってきたばかりのような気がするけど、毎年恒例、メールを送ります。

 今回は、遅れて宇宙船に乗るピエトと、そして、いまL45にいるだろうアズパパに、ご報告もかねて。

 

 今年もまた、地球行き宇宙船の出航の日になりました。今回はいっぱい、報告があるのです。

 なんと! 今年はシナモンとジルベールにも会えたよ。

 シナモンは女優としてデビューしてから、なかなか会えなかったし、ジルベールも、そうでした。

 シナモンは、来年映画化するケヴィンの小説、「サーミの風」に出演が決定しました!

 びっくりです。

 エドとレイチェルも、元気でした。みんな、みんな、元気だったよ。

 

 あたしは、K27区のお屋敷から、このお手紙を書いています。

 そうです。びっくりです。今回は、のんびり、お屋敷でお手紙を書いているのだ。

 なぜかというと、今期のあたしは、赤ちゃんの担当じゃないからです。

 だから、パニックしてないのです。

 みんな、おぼえているかな? みんなではじめてしたバーベキュー・パーティーで、アルフレッドとナターシャがいたでしょう? 

 二人の子どもなのです。

 K19区以外の子どもを担当するのは今回が初めて。

 ケヴィンとマイヨさんの娘さんのルシェちゃん(13歳)と、アルとナターシャの息子のヨアンくん(10歳)を連れて、地球に向かいます。

 ヨアンくんは、絵がとっても上手で、ルシェちゃんは、とっても陽気で、冒険心にあふれています。ケヴィンそっくりなのです。

 イシュメル君と、いいともだちになれるかな?

 

 今年はいろんなことが重なります。

 ピエトが、ついにアバド病の特効薬を発明したので、その表彰式で、宇宙船に乗るのが遅れます。ピエトはまだまだこれからだって言っています。民間療法にたよっている地域に、どうやって、この薬をひろめていくかが問題だって。

 でも、ダニエルも協力してくれるみたいなんです。

 そうそう。ダニエルは、バラグラーダ興産の、CEOに就任しました。お父さんのムスタファさんに代わって、経営のかじ取りをしていくそうです。

 リサは、船内のK12区に美容室を。キラも、カレーの移動販売車の、リリザでの出店許可が出ました。

 みんなの夢が、一気に叶う年みたいです。

 ロイドは介護士の資格を生かして、K06区の派遣役員をやっています。

 ミシェルも、失職中のひとがはいってくる区画の派遣役員で、忙しくしています。

 

 アルがつくるごはんはとっても美味しいし、シシーさんはほんとに手が六本あるんじゃないかってくらい、いろんなことをものすごいスピードでやってくれるので、あたしは大助かりしています。

 赤ちゃんのことでは、バクスターさんとツキヨおばあちゃんに、それはそれは助けられました。

 おばあちゃんは最近、座っていることが多くなったけど、まだまだ元気ですよ。

 ピエロも、相変わらずな感じです。ピエトがいないおうちでは、ピエロが長男だからね。お兄ちゃんとして、いろいろがんばってくれています。

 おうちは、いつもにぎやかで、うるさいです。

 ヨアン君とルシェちゃんも、お屋敷に来て最初は、びっくり仰天していました。

 無理もないの――ものすごい大家族だからね。

 あと十年たったら、きっと、エルドリウスさんの養子の数を超えるって、セルゲイがこのあいだゆっていました。

セルゲイとカレンにも、出発前に会って来たのよ。

 

 そうそう! カザマさんとバグムントさんも、やっと籍を入れたんだった!

 知ってる人たちだけで、こっそりお祝いしました。

 地球に着いたら二度目のお祝いをしよう!

 

 あと、なにかあったかな~……。

 クラウドは船内役員だけど、あいかわらず、なにをやっているのかわかりません。ララさんの秘書なのかな? でも、役職は船内役員なの。中央区役所の役員? 株主総合庁舎の役員? わかりません。いまだにわからないです。

あいかわらずクラウドはカオスです。へんです。

 ミシェルも変わらないよ。真砂名神社に絵を描きに行く毎日です。

 イシュマールおじいちゃんも、ナキジンさんも、大路のみんなは、元気そのものです。

 ニックはそろそろおじさん化してきました。

 アニタさんはまだまだ、パンフレットを発行しています。ペリドットさんも、おもいだしたころにふら~っと帰ってくるよ。

 

 アズは、まだまだ担当役員にはなれません。バグムントさんもゆってたけど、傭兵は、なかなか担当役員になれないんだってね。危険地に行く役員のボディガードで引っ張りだこだからです。

 アズは、最初の一年は、ほとんど宇宙船にいれないです。

 

 それで、ここからが本題。

 じつは、エーリヒが、お兄ちゃんの――セルゲイお兄ちゃんが亡くなった場所を、探し当ててくれたんです。

 そう。空挺師団の少年たちが、亡くなった場所。

 エーリヒは、「ピーター様の指示だからね」とゆっていたけども、もしかしたら、エーリヒが頼んでくれたのかもしれません。

 その場所は、L45のなかで、とりあえず地球の軍に協力している原住民の村にあるみたいだけども、情勢がいつ変わるか分からない、とても危ないところなので、あたしとママは行けませんでした。でもパパとアズは、行ってきました。

 そして、あたしたちの代わりに、花を手向けてくれました。

 

 ここまで書くのに何日かかってるんだろうね、あたしったら。

 書いているうちにアズが一度、帰ってきました。

 たいへんだ! 赤ちゃんを抱っこしています。「ひろってきた」って、あんまりだと思います。アズはこんなふうに、二回ぐらい、赤ちゃんを拾ってきたことがあります。

 アズは、任務先で、赤ちゃんとの遭遇率が高いのです。

 ミシェルやアンジェが株主じゃなかったら、こんなにおうちに赤ちゃんは増えていないと思うの。

 今期は、黄金の天秤は必要ないかなって思ってたけど、必要みたいです。

 どうやら、L4系の赤ちゃんなので、あたしが代わりに階段を上がってあげなきゃいけないでしょう。

 

 ひとの手紙を盗み読みして、クラウドが「カオス」っていいます!

 カオスなのはクラウドです。

 そんなにわけわかんないかな?

 

 とにかく、今期も、みんなでなかよくやっていけそうです。

 これから、ルシェとヨアンを連れて、リズンに行ってきます。アントニオとアンジェにも、ふたりの顔を見せてあげないとね。

 四年後の春、またみんなで地球に押しかけます。

 地球に着いたら、かならずバーベキュー・パーティーをしましょうね。

 L系惑星群のみんなも、帰ってきたらまた会いましょう。

 きっとまたすぐに、メールを書くよ。

 

 それではみなさん、お元気で。

 

 

ルナ・D・ベッカー

 

 




 

【完】






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