五十九話 遠い記憶の宴





 

果たして、バーベキューパーティー当日がやってきた。

 

 朝も早くからルナたちは、公園前で待ち合わせをして、準備を開始した。リズンは、今日は臨時休業。店内のキッチンを、ぜんぶルナたちに貸し出してくれた。

 公園でバーベキューパーティーをやる許可も、アントニオが取ってくれた。

 

 (本当は、春になってからやろうと思ってたんだけどな)

 

 二月の半ばでは、野外でバーベキューはまだ寒いと思ったのだが、アントニオが話に加わった時から、あれよあれよと計画が進んでしまったのだ。アズラエルもどちらかというと、即断即決、即実行型の性格なので、ルナがぼへーっとしている間にパーティーの決行は決められてしまっていたというのが正しい。

 しかしK05の方や、ルナの母星のL77と違って、ここは二月なのに雪も多くないし、今日は日光が差してぽかぽか暖かい。厚めのカーディガンだけでも平気だ。だいじょうぶかな、とルナは見当をつけた。

 それに、さっきからバーベキューコンロの炭がようやく燃えはじめ、それがあちこちにあるから意外と暖かい。

 

 「アズ、炭足りないんじゃないの」

 「そうだな。ジルベール、エド、買ってきてくれ」

 「ウス! 兄貴!」

 「一番大きい袋、あと十個くらいあってもいいよね」

 「ああ、頼む」

 「あっ、あっ、待って! 鉄板が一枚足りないよ!」

 「じゃあ君も行こうよアル」

 

 クラウドが炭の不足を指摘し、アズラエルの一声でジルベールとエドワードが走っていく。アルフレッドが、鉄板が足りないと言い、一緒になって走って行った。

男たちはバーベキューコンロで炭をおこしたり、テーブルや携帯椅子を配置する役目だ。

 ルナとシナモンは、昨夜リズンのキッチンを借りて作った、肉や野菜の串をせっせとテーブルへ運んでいた。

 リズンのキッチンでは、アントニオとナターシャとミシェル、レイチェルが大なべでカレーを作ったり、サラダや飲み物の支度をしているのだった。

 

 バーベキューコンロを適当にあちこちへ置き、すでに串に刺した肉類をテーブルに配置し、好きなところで食事できるようにしておく。

 十時が受付開始だ。受付は、ルナとミシェルとナターシャが交代でする。早く始めて、夜になって冷え込む前に片付ける、という予定だった。

 

 「すっごい楽しみだね、ルナ!」

 「うん!」

 嬉しそうなシナモンと、どんなカクテルをデレクに頼もうかきゃいきゃい話しながら、肉の串が乗った皿を最後のテーブルに置くと、ルナはリズンにてってってと走っていく。あっという間に、あとから来たシナモンに追い抜かれるほど遅かったが。

 

 昨夜は、みんなで、リズンのキッチンで下ごしらえをした。

約束通り、ミシェルがクラウドを連れて駆けつけてくれ、ナターシャとアルフレッドももちろん来た。レイチェルとシナモンが、怒ったジルベールとエドワードを連れてくるまでは、みんな和気藹々と準備していたのだ。

 「こんなに楽しそうなことに、俺たちだけ仲間外れ!?」

 そんなつもりはなかったとルナは弁解し――最初は、レイチェルとシナモンもお客様で呼ぶはずで、手伝ってもらうつもりはなかったのだ――そう言ったら、レイチェルとシナモンにも水臭いと怒られたルナは、ウサギ耳をペタンと垂らしたが。

彼らは、ナターシャが作ってきてくれた差し入れ――ココアのカップケーキにすぐ機嫌を直した。

 ナターシャの作ったカップケーキは、ルナもびっくりするほど美味しかったのだ。

 アズラエルも「いい粉つかってンな。うまいじゃねえか」と言って、ナターシャの頭を撫でたら、ナターシャの小さい頭がもげそうになっていた。ルナも経験がある。でも、彼が見た目ほど怖くないというのは、分かってもらったようだ。

 つまんだアントニオが、「これ、今度からリズンで出そうかな。作ってくれない?」と言い、ナターシャを感激のあまり涙ぐませていた。

 

 アルフレッドもジルベールやエドワードとすぐに打ち解け、楽しそうだったが、ナターシャが楽しそうだったのは、ルナはなによりほっとした。ずっと頬を紅潮させていて、何度もルナを振り返って見た。

 ルナと楽しさを共有するように。

 

 あらかたの準備が終わり、明日も早いからみんな解散、というときになって、ナターシャは憂鬱な顔をした。部屋に帰りたくないのだという。

今夜はブレアもイマリたちと飲みに出かけたからよかったが、明日は朝早く出てこなくてはならない。怪しまれるのは確実なので、ルナたちとのバーベキューのことを思い切ってブレアに話したら、わめきはされなかったけれど、やはり「行くな」と言われたらしい。

 アルフレッドの部屋は知られているので、アルフレッドの部屋に泊まっていると、ブレアが必ずやってくるそうだ。

 シナモンがあっさり、

 「そんなバカ、さっさと見捨てなよ。あんたがいつまでも一緒にいるから図に乗るんだって」

 と切り捨てた。すったもんだの末、アルフレッドとナターシャは、ルナとアズラエルの部屋に泊まることになった。

「アズラエル! 変な女が来たら、ひと睨みで追い返してね!」とシナモンが言うと、「俺は番犬か?」とアズラエルが顔をしかめた。

 

 そんなこんなで、バーベキュー当日を迎え――。

 

 ほんとうに、船内で携帯が使えないというのも、いいことはあるらしい。ナターシャは、携帯の着信もメールも、心配せずに済んだからだ。昨夜、部屋に帰らなかったから、おそらく携帯がつかえる状態であれば、五十回以上は入っていただろうとナターシャは推測し、クラウドは、「その子、一度カウンセリング受けた方がいいんじゃない?」とナターシャにアドバイスしていた。「俺もミシェルが何も言わずに消えたら、百回は電話するけどね」と言い、レディ・ミシェルを慄かせながら。

 

 アントニオの作ったホットサンドの朝食をとっていると、外で車の音がした。

 

 「おはよう! いい天気だね」

 デレクが、いつもの蝶ネクタイのスーツではなく、トレーナーとカーゴパンツとスニーカーの、ラフな格好で入ってきた。

 「や、みなさんおそろいで!」

 「おはよ、マスターは?」

アントニオがコーヒーを勧め、デレクは空いている椅子に腰を下ろして、コーヒーをもらった。

 「それがさあ、おとつい酒のケース持ったら腰やっちゃって。今日は病院行ってからくるけど、何も手伝えないかも」

 「あ、お、お手伝いとか気にしないで! 今日はみんなお客様なの!」

 「そう? じゃあマスターは座っててもらうかな。ルナちゃんおはよ。今日はお招きありがとう。可愛いカードだったね」

 にっこり笑うデレクは、いつもの恰好ではなく私服なので、よけいに若く見える。四十歳を過ぎているなんて、きっと誰も信じない、とルナは思った。

 

 「デレクにしちゃあ、ずいぶんラフなカッコだね」

 「まあね、……ほらさ、今日はラガーのも来るって言ったから。汚れてもいい軽装で」

 「ははあ……。例の、あれを」

 「アレをね……」

 デレクとアントニオだけ分かっているのか、互いに目配せををしてにやりと笑う。

 「なになに! なんのこと!?」

 シナモンが聞くが、アントニオは笑ったまま、「ま、一応船内役員だけの飲み会で名物って言われてるやつなんだけどね。今日も公開してくれるみたいだよ」

 「名物ぅ?」

 デレクも苦笑し、「なんで名物なんだろ? 俺は別にどうでもいいんだけど、いっつもオルティスさんが突っかかってくるんだよね〜、」

 

 「ここで会ったが百年目ェ!!」

 

 入り口のほうから、店内すべてに響き渡るような大音声。これから敵の首でも取るかのような。

 「デレクうう! 今日こそは俺が勝つぞ!!!!!」

 レイチェルとナターシャは半泣きになって、突然の侵入者を見上げた。

 

 「よう、オルティスじゃねえか」

 トイレに行っていたアズラエルが戻ってくる。アズラエルと並ぶと、なんだか、これからバーベキューパーティーというよりかは野外訓練、とでも言いたくなるような光景だった。

 今ここにいるメンバーのなかでは一番大きくて、盛り上がった肩の筋肉と、腕の太さも半端ではない。Tシャツとジーンズ姿で生地の厚い古びたエプロンをつけた、目つきの悪すぎる大男は、ルナがいつも話に聞いていた、ラガーの店長だった。

 デレクは、困った顔をしながら、「まあまあ、オルティスさん、お手柔らかに」と、彼をなだめる。

 なにせ、女のコたちは震えあがってしまって、すっかり空気が凍りついていたからだ。

 物怖じしない方のミシェルとシナモンですら、声を失っている。

 何しろ軍人の声というのはでかい。それだけでも迫力があるのに、ラガーの店長の外見はアズラエルより恐ろしかった。伊達に、船内で一番物騒なバーを経営しているだけはある。