アズラエルのおかげで、最近軍人慣れしているルナだけが、圧倒はされたものの、すぐ立ち直った。

 

 ごうごう唸っているオルティスは、自分の足元に、ちんまりしたこどもがいて、自分を見上げていることにようやく気付いた。

 

 「こ、こんにちは、ルナです。今日は、来てくれてありがとう」

 「……お?」

 

 オルティスはすぐに悟った。アズラエルとグレンとセルゲイがメロメロで、最近はあのエレナまでファンになってしまった子ウサギちゃん。

 あの、ハート形の可愛い招待状をくれた主だ。ちなみに招待状は、ここに持ってくるまでちゃんとラガーの店内に飾っておいた。

 だって可愛い字で(しかも3Dに浮かび上がる)ちゃんと「オルティス・B・ラガーさま」と、おじさんの名前が書いてあるんだもの。

 あんなキュートな招待状をもらったのは、オルティスの人生で紛れもなくはじめてだ。

 

 「おお? おめえがルナちゃんか! 俺がオルティスだ。よろしくな!」

 と言って、がばっとルナを持ち上げた。

 悪党面の笑顔がアズラエルより恐ろしい。女のコたちは戦慄した。イメージ的には怪獣に食われるウサギの危機! の図にしか見えない。

 「ほんとにちまっこいな〜〜! マジで子ウサギじゃねえか! ちゃんと飯食ってんのか? ン?」

 どうしてL18の軍人というものは、ごはんさえたくさん食べれば大きくなると思い込んでいるのだろう。

高い高いをされて、ルナは、自分が確実に子ども扱いなのだと思い知らされた。しかも、五つくらいの子供と同じ扱いをされているのではあるまいか。オルティスはしばらくルナをぶらぶら持ち上げてパパ感を堪能した後、ルナを降ろした。

 

 「カワイイカードを、ありがとうな」

 娘がいたら、こんな感じかな、などとひとりでヤニ下がっているオルティスだったが、

 「オルティス、デレク、早く準備しないと間に合わないよ!」

 と、腕時計を見ながらいったクラウドに、二人は慌てて車に戻っていった。別に間に合うも間に合わないも、仕事ではないからいいのだが――条件反射とは恐ろしい。

 

 「な、なんていうかさあ――」

 

 シナモンが、ようやく絶句からもどってきた顔で言った。

 「最近のアンタの交友関係、どうなってんの?」

 

 ルナは聞かれ、ミシェルと顔を見合わせた。ラガーの店長は、ルナもミシェルも初めて会ったのだ。どちらかというと、彼はアズラエルとクラウドの友人だ。

 「今日って、ああいうひといっぱい来るの……?」

 レイチェルとナターシャが不安そうに聞いてきたが、ルナは、

 「だ、だいじょうぶ! オルティスさんだって、アズと一緒で見かけほど怖くないし。それに、ナターシャはレイチェルたちと一緒にいればだいじょうぶでしょ? へんなひとは来ないから、だいじょうぶ」

 ナターシャたちを勇気づけているルナだったが、ルナのほうがなんとなく不安になってきていた。

 

 

 レイチェルたちに水臭いと言われたルナだったが、水臭いと言われる前に、今度からはレイチェルたちにお手伝いをお願いしよう、いや、こういう大きなパーティーは一緒に計画しよう、とつくづく思った。

 

 十一時を過ぎたころから、目がまわるほど忙しくなってしまったのだ。

 

 ルナはさっきから、何度リズンと各テーブルと受付を往復したか分からない。

リズンのキッチンにはミシェルとナターシャ、アントニオが常駐して、サラダや盛り合わせを作り続けだった。

昨日用意したお肉の串が、あっというまになくなってしまった。これでは、今頑張ってくれているみんなの分がない。

シナモンとレイチェルは、結局足りなくなった食材の買いだし。アズラエルたちはこちらも足りなくなったバーベキューコンロと、携帯椅子を見に行った。リズンの外で使っているテーブルとイスも出しているのだが、携帯椅子の数は少なく、足りない。バーベキューコンロと携帯椅子は、これからも使うことがあるだろうから、リズンの経費で落ちるからいいとアントニオが言ってくれたのだが。

 デレクもカクテル作りをラガーの店長に任せきりにして、いなくなっている。買いだしだろうか。

 

 「何よもう! 大丈夫だって言うから来なかったのに。そんなに大変ならあたしも手伝いに呼んでくれたらよかったのよ! ほんと水臭いよねルナって」

 と、リサにまで水臭いと言われたルナだった。リサが助っ人に入ると、みんなが満面の笑顔になった。

 ほんとうに、最初の予定通りアントニオとルナとアズラエルの三人だけだったら、どうなっていたか分かったものではない。

 

 (うひゃあ……)

 

 一気に増えた人数を見、ルナは心の中だけで悲鳴を上げた。

 招待した人の友人なら連れてきてもOK、と言ったのが、このてんてこ舞いの原因だった。おもったよりたくさんの人数が来てしまったのだ。てっきり、増えても十人くらいを目途にしていたのに、それどころではない。無論、余分に用意していたすべてが足りなくなった。

 

 「ルナは受付から動かないで!」

 いつのまにか、仕切っているのはリサだったが、それがかなりうまくいっていた。

 ルナは受付に配置され、さっきまでルナがやっていた肉の串や料理を運ぶ係をリサがやってくれている。

 

ルナは、みんなにお客さんでいいといった自分のセリフを、つくづく後悔する羽目になった。

 (今度はもっと、計画的にいかなきゃなあ……)

 

なんだか、みんなでバーベキューを楽しむはずが、完全にお客と世話する側に分かれてしまっている。しかも、招待状を渡したみんなで和気藹々と楽しむはずが、肝心のみんなはリズンの従業員みたいになってしまい、ルナの全く知らない人がテーブルを占領して、バーベキューを楽しんでいる、という、予定と大いに違った結果になっていた。

 

いつのまにか、もう十二時半。

ルナは名簿を確かめることにした。招待状を送ったひとの、名前を書いておいた紙を見る。お客さんが持っていた招待状と一致させ、名簿にサインをもらうのが受付の役割だ。

 

(えっと、)

 

手伝いに来てくれた仲間のほかには、まだだれが来ていないだろう。

メンズ・ミシェルは、サインはあるけれど、いない。ルナもさっき彼の姿を見たが、今は姿が見えない。いっしょに買いだしにいったのだろうか。

ラガーの店長は、カクテル作りで大忙しだ。

(ほんとは、ラガーの店長さんもデレクも、ちゃんと座って、バーベキューを楽しんで欲しかったんだ)

キラとロイドの名前も、名簿にはまだ、ない。

やっぱり、なにかあったのだろうかと、ルナは不安になる。

手が空いたら電話してみることに決めた。

 

(ロビンさんと、バーガスさんと、レオナさんは、いる)

 

バーガスとレオナ――アズラエルの傭兵仲間――の、ルナを見たときの反応は、ラガーの店長とおなじだった。ふたりとも目を見張り、「ちゃんとおまんま食ってんのかい!?」とレオナが言い、「……っはあ〜〜。コウサギちゃんって、マジだったんだな……アズラエルのヤツ、どうかしちまったんじゃねえか」とバーガスにマジマジと眺められてしまったルナだった。

予想はしていたことだけれども。

ロビンの姿が遠目で見えた瞬間に、ミシェルは受付からとんずらした。

案の定、ロビンは、「俺の子猫ちゃんはどこ? ウサちゃん」と聞いてくるのを忘れなかったし。

 

カザマも、娘を連れて来た。

(カザマさんって娘さんいたんだなあ。可愛いなあ。カザマさんに似てる。中学生くらいかな)

サルーディーバたちは来ない。やはり無理だろうか。

 

それにしても。

あのひとたちは、だれだろう。

 

ここからは、遠くてよく見えないけれど、リサやメンズ・ミシェルの知り合いなのか、あのふたりが来たころからあそこにいた、知らない人が十人くらいバーベキューをやっている。バーベキューコンロとテーブルを二つも占領して。

役員たちが差し入れに持ってきてくれたビール缶の箱を、勝手に自分たちの席に持って行って開けている。

 

(ひとこと役員さんたちに断って持っていけばいいのに)

ルナは頬っぺたを膨らませた。

(だれだろう、あのひとたち)