六十七話 再会 W




 

「うさぎ!」

ルナは飛び起きた。いきなりがばっと飛び起きたので、隣のアズラエルも跳ね起きた。

「うさぎ!」

もう一度ルナは叫び、ベッドから飛び出してぱたぱたぱたーっとそこらを走り回り、何かを探すようにウロウロした。

「……ルゥ? 寝ぼけてんのか? 何を探してる?」

「でんわ!」

 

引っ越したばかりで、まだ物の位置が安定していない。電話など備え付けの家具も、ルナはよく見失う。アズラエルは「リビングだ」と言ったが、ルナがそっちへばたばた駆け出していくと、自身もすぐベッドから降りてルナを追い、ルナが電話にたどり着くまえに捕まえた。腕の中のウサギがじたばたして「でんわ!」と叫ぶ。

アズラエルはルナをベッドまで連れてき、座ると、冷静に尋ねた。

 

「ルゥ、起きろ」

「起きてるよ! 寝ぼけてないです!!」

「だれに電話する気なんだ?」

「サルディオネさん!」

「なんで」

「うさぎ・コンペの夢を見たの!」

「……」

アズラエルは、大きく、それはそれは大きく嘆息し、(深呼吸とも思えるほどの)

「……………その、うさぎ・コンペとやらの内容をひとつ、聞かせろ」

と言った。

 

ルナは、一生懸命、寝起きのまだ回らない頭で、なるべくわかりやすく説明しようとした。だが、話すたびにアズラエルの顔が、かわいそうなものを見るような目になっていくのはなぜだろう。

ルナが話し終わると、アズラエルはうんざりした顔で言った。

 

「……ルゥ。俺の気持ちも少しは理解してくれ。毎朝、起きるたびに隣で寝てた恋人が、夢の話をする。訳の分からん内容をだな、うさぎコンペだかなんだかしらねえが、そんな夢を見たからって、こんなに朝早く、他人に電話するのかおまえは」

アズラエルが示した時計は、四時にもなっていなかった。ルナは決まり悪げに俯いたが、あきらかに頬は膨らんでいた。拗ねたのだ。

 

「だってサルディオネさんが連絡くれって」

「時間ってモンがあんだろ! それに、俺のこともすこし考えてみろ。恋人がいきなり目覚めた瞬間、うさぎ! なんて叫んで暴れだしたらお前はどう思う? 俺がライオン! とか叫んで走り出したらおまえはどう思うんだ? あ? 言ってみろ」

 「アズはライオンだからうさぎに興味ないんだよね。おなかすいたときしか」

 「そうじゃねえ。俺は人間だ」

 アズラエルはルナを枕元に置いた。

 「おまえと俺は、根本的に考え方が違う。それはお前も知ってるよな?」

 「うん」

 「おまえが、厄介な夢を見ることはわかってる。だがな、うさぎがゾロゾロいて、会議してたって夢は笑い飛ばしていい部分か? それともそのうさぎ会議の夢は、何か意味があるのか? それを教えろ先に」

 「アズって、ほんと現実的だよね。ぜったいうさぎが会議してる夢なんか見なさそう」

 「あのな、俺がどれだけ譲歩してるか分かってるか? ほんとなら、こんな話バカらしくてできたもんじゃねえよ! おまえだから、俺は話し合ってんだ。俺がうさぎの夢なんか見るときは、イカレちまったときだ。俺をおまえの女友達と一緒にするな」

 「夢の話、しちゃだめってこと?」

 「そうはいってねえだろ!」

 泣きそうな顔をしたルナに、アズラエルは慌てて言った。

 「それが意味のある夢か、おまえのマヌケな脳みそが見せたただの夢か、どっちか先に言えって言ってるんだ」

 「……たぶん、いみのあるゆめだよ?」

 ルナは頬をぷっくりと膨らまし、拗ねた顔で言った。

 「おにいちゃんとか、でてきたもの……」

 ルナは、怒っているのかムッとした顔で黙り込み、やがて――アズラエルにはとことん理解不能な言葉を残した。

 「アズなんか、マシュマロになればいいのに」

 

 

 「……なんかくたびれてるんじゃない、アズ」

 

 クラウドが、朝からゲッソリしているアズラエルを見て、含み笑いをしつつ、そう言った。

 引っ越してから数日が経った。リビングのデジタルカレンダーは、三月十六日を表示している。このカレンダーは、アズラエルが宇宙船内で購入したものだ。入船したときもらったカレンダーとは別物。宇宙船内の日付と時間が中央に表示され、軍事惑星群の日付と時間が、周囲に三件、表示されている。L18と19、20の日付と時間が。自分の出身星との時差が分かる、便利な機械だ。

 

今日は、引っ越してはじめて、四人で朝食をとった。

 今までルナたちが暮らしていたアパートの、はす向かいのアパートに引っ越したわけだったが、このアパートは仕様がL5系の住民向けということもあって、一部屋一部屋の間取りが広く、天井も高かった。2LDK。申し分ない。ルナとミシェルも、この部屋は想像以上だったようで、大感激して入居を賛成した。

もちろん、アズラエルがK36の部屋で使っていたベッドもなんなく入ったし、彼らの生活は順調と言えた。

 

 ――アズラエルとルナが、一切エッチがない点を除けば。

 

 朝食をとった後、ルナとアズラエルの部屋のリビングで、クラウドとアズラエルはエスプレッソと新聞を手に、何気ない会話をしていた。

 ルナとミシェルは、朝食の片づけが終わるなり、公園へ出かけると言って出て行った。

 女二人で、話したいことがあるらしい。

 アズラエルには見当がついていた。どうせ、夢の話だろう。今朝がたの。

 理解できなくて悪かったな。

 アズラエルはふて腐れ、引っ越し祝いにとロビンがくれたエスプレッソ・マシーンを指で弾きながら、ぼやいた。

 

 「ルナがだな。……もうすこし現実的になってくれると助かるんだがな……。あの、ふわふわして地に足ついてねえっていうか、ああいうとこ、もう少しなんとかなったらいいんだが、」

 「地に足ついたルナちゃんなんて、ルナちゃんじゃないと思うけど」

 ルナちゃんはカオスだからルナちゃんなんだよ、とクラウドは自分だけ納得した顔をしていった。

 

 「しかしマシュマロとは恐れ入ったね」

 「なぜだ? なぜあの会話の結末にマシュマロが出てくる。訳わからねえ……」

 「もうちょっと柔らかくなれっていう、ルナちゃん的表現じゃない?」

 アズラエルは、不思議なものでも見るようにクラウドを見た。