六十八話 リハビリ夢の中 Y




 

 むかしむかし、あるところに、美しい四匹の姉妹がいました。

 

 一番上の姉は、賢い青い猫、二番目の姉は、奔放な真っ赤な猫、三番目の姉は、何でも器用な七色の猫でした。そして末の妹が、桃色のうさぎです。

 三匹の姉と、桃色ウサギ、そして、褐色の大きなライオンさん。

彼ら兄妹は、とても仲がいい兄妹でした。三匹の猫とライオンさんは、うさぎさんとはとても年が離れていました。うさぎさんは、父親の後妻の子だったのです。もちろん、兄や姉たちとは、半分しか血がつながっていません。ですが、三匹の姉たちとライオンさんは、うさぎさんをとても可愛がっていました。

 

 うさぎさんが物心つくころには、姉たちはとっくに嫁いでいましたし、長男の褐色の大きなライオンさんもまた、奥さんをもらうような年頃でした。ライオンさんは、青い猫さんのすぐ下です。兄妹の中でひとりだけ男であるライオンさんは、この家の跡取りでもありました。

このライオンさんも、うさぎさんを目に入れても痛くないほど可愛がっていました。なにしろ、この可愛らしいうさぎさんは、とても不憫だったのです。

 後妻のキリンさんは若くて美しく、猫たちの父親は彼女に夢中でした。キリンさんもまた社交界が大好きな、奔放な女性です。うさぎさんを産んだのはいいですが、あとはほったらかし。うさぎさんを黒猫の乳母に放り投げて、しょっちゅう外出していました。父親は、そんなキリンさんを咎めることもしません。彼は、年若く美しい妻に逆らえませんでした。

 うさぎさんは、母親の胸に一度も抱かれることなく、けれども姉や乳母、兄の暖かい愛情によって、すくすくと育てられました。

 

 そして、うさぎさんは、とても美しい娘に成長しました。

 うさぎさんが年頃になってもまだ、褐色のライオンさんは結婚していませんでした。若い妻に呆けて仕事を放りだした父親に成り代わり、家を取り仕切っていたのです。結婚など、そんな暇はありません。ですが、姉たちは皆、分かっていました。そんなのは言い訳で、ライオンさんが愛しているのは妹のウサギさん――彼は、美しく成長したうさぎさんを、とても愛していたのです。

 

 血が半分しかつながっていないとはいえ、妹は妹です。ライオンさんに、不義の道を歩ませるわけにはいきません。

 姉たちは、しきりにうさぎさんに、結婚を勧めました。ライオンさんから彼女を引き離そうとしたのです。

 

 二番目の姉の、赤い猫は、うさぎさんにたくさんの見合い写真を見せながら言いました。

 「ねえ、貴女。よくお選びなさいな。貴女は結婚を失敗してはだめよ? あたくし、結婚して幾年にもなるけれど、結婚なんて人生の墓場だわ! お分かり? あたくしの旦那――あんなシェパード! 退屈だったらありゃしない! あたくしほどの美貌がありながら、あんな成金夫の妻におさまっているだなんて! あたくしは、これだけの美貌と家柄の娘なのよ。お金もあるのに。もっと地位の高い方と結婚できたかもしれないのに! それもこれも、父上が結婚を急がせたからよ。妥協したのがまずかったのね。貴女はようくお選びなさい。急がなくていいわ。じっくり考えるのよ。貴女も美しいのだから、自分を安売りしてはダメ。妥協はもっとだめよ。いいわね?」

 ウサギさんの手を取り、コンコンとそう言い聞かせて、赤い猫は自分の家へ帰っていきました。

 

 三番目の七色の猫は、手製のお菓子を持ってきました。ハンカチーフにくるまれた菓子を上品に摘まみます。この菓子は、なんでもできるこの姉猫が作ったものです。

 「……ねえ分かって? あたくし、結婚を後悔はしていないのよ。あの方、チワワさまは素敵なかただわ。お優しいし……。でもね、でもよ? ときどき思うのよ。あたくしは結婚するより、職業婦人が似合っているのではないかしら? これから結婚する貴女にこんなことを言いたくはないのだけれど、結婚は人生の墓場だわ……」

 昔から器用だったこの姉は、きっと世間に出て、その好奇心をたっぷり満足させる暮らしをしたかったに違いありません。

 女は家にいるものと決めつける、古風な家に嫁ぐよりは。

七色の猫は、帰り際にポツリと漏らします。

 「あたくしもあなたのように、この家にいて好きなことをしたかったわ」

 

 うさぎさんが一番大好きな姉――一番上の、青い猫は窓の外を見ながら呟きました。

 「ねえ、貴女。あたくし、ほんとうは好きな方がいたのよ……」

 うさぎさんは驚いて、思わず「それはだれ!?」と聞きました。

 青い猫さんは、悲しい溜息を吐き、言いました。

 「賢くて、気高くて、美しいライオンさん……」

 うさぎさんにはすぐわかりました。兄の友人で、何度かこの家にも出入りしている大学の先生です。眼鏡をかけた、凛々しいライオンさん。

 「お姉さまは、その方がお好きだったのに、椋鳥さんと結婚したのね?」

 「だって、それがお父様のご命令ですもの……」

 寂しげに呟く青い猫さんを見て、うさぎさんは、いよいよ、結婚なんかするものかと心に決めました。結婚は人生の墓場なのです。好きな人と結婚できないなら、結婚はしないとウサギさんは決めました。

 

 ですが、もとから美しいうさぎさんが年頃になれば、黙っていても拒絶しても、たくさんの男性が寄ってきます。兄のライオンさんが、なるべくうさぎさんを社交場に出さないようにしていましたが、それも無理です。姉たちが、ライオンさんから、うさぎさんを離そうとするからです。姉たちは、いっしょうけんめい妹を社交場に招き、妹の結婚相手を探しました。

 

 やがて、うさぎさんは、ひとりの美しい若者と恋に落ちました。

 軍人の、銀色のトラさんです。

 銀色のトラさんは、うさぎさんに一目ぼれでした。結婚しないと言い張るうさぎさんを、猛烈に口説き落としました。うさぎさんは、繰り返される愛の言葉と贈り物に、だんだん心を解され、優しいトラさんに魅かれていきます。

 兄のライオンさんだけは反対しましたが、ウサギさんの父親もキリンさんも了承しましたし、姉たちも賛成しました。銀色のトラさんは立派な方でしたし、家柄も申し分ありません。なにより、妹をとても愛しています。申し分ない結婚でした。

 

 ――ところが。

 なんということでしょう。結婚直前になって、銀色のトラさんの家から、破談を申し渡されてしまったのです。

 

 理由は、姉たちでした。

 姉たちは、嫁いで何年にもなるのに、一向にこどもができませんでした。どの姉もです。うさぎさんは初めて、姉たちが、子供ができないことによって、嫁ぎ先で冷遇されていることを知りました。以前の姉たちの言葉が、そのつらさから出ていたものだと気づきました。

 姉たちはこどもができない体質、だからウサギさんもそうだろうということで、銀色のトラさんの家は、ウサギさんとの結婚を反対したのです。

 銀色のトラさんは、家を捨ててもうさぎさんと一緒になろうとしました。子供なんてできなくてもいい。ウサギさんを愛している、そう、トラさんは言ってくれました。

 

 ですが、不幸は続きます。戦争が始まったのです。

 もちろん、トラさんも戦争に行かねばなりませんでしたし、兄のライオンさんも、戦地に行かねばならなくなりました。

 トラさんが戦争に行くまであと三か月。うさぎさんは決心しました。兄たちの目を盗んで、トラさんと逢瀬を重ねることを。せめてあと一回だけでもいい。彼にあいたい。