あたしはすこし動揺した。

 

ララって、――クラウドがまえ、付き合ってた。

付き合ってたって言うのは、おかしいかもしれないけれど。

 

そのとき、ムスタファ氏に話しかけてきた客がいて、あたしたちの会合は終わりを告げた。アンジェラは、もう、あたしにまったく興味がないかのように、だまってその場を後にする。

結局、アンジェラの声は聞けたけど、会話はできなかった。

 

「ミシェル」

クラウドが、あたしに囁きかけた。

「俺はこれから――ララのところへ行ってくる。君を一人にしなきゃいけない」

あたしは、驚いて、クラウドに振り返った。

たしかに、この痛い視線を我慢するつもりだった。でも、ひとりにされるなんて、聞いてない。

「心配しないで。俺は、あそこに――見えるだろ? ララとすこし話をするだけだ。絶対に、別の部屋へ行ったりしないし、彼女と寝たりもしない。しばらく、君をひとりにしなきゃいけないけど、俺は君から、目を離さない。……耐えて。二時間は、ここにいるんだ」

「もう――帰っちゃだめなの」

クラウドは聞かずに、あたしから離れて、大股でララという女のもとに向かった。

 

ララは、あたしから見える位置に、女王然と座っていた。豪奢な椅子に足を組んで、白い太ももを露わにし、長い黒髪を悠然と膝まで垂れ流して。どこからどう見ても、女性としての自信にあふれた女王様だった。チャイナドレスを着た、あたしも目を見張るほど美しいひと。

L44の高級娼婦だった、という――。

色濃く縁どりされた大きな目が、あたしの位置からでもはっきりと見える。ほんとうに、クラウドが言っていたように、周りに群がる男どもは、みな奴隷みたいだ。

 

あたしは、クラウドが彼女のもとでなにをするかを見たくなかった。

クラウドは話をするだけだと言っていたけど、ベッドの中まで入った仲で、なにもないというのは本当にあり得るだろうか?

クラウドがそこに着く前にあたしは、廊下に出ようとした。

 

「ミシェル!」

 

懐かしい声に、あたしは反射的にあたりを見渡した。

「ミシェル! あたしだよっ!!」

最初、その黄色いドレスを着た美人が、誰なのかさっぱり分からなかった。

「あたしだってば! うっわ。気付かないわけもしかして。キラだよキラ!」

「キラ!?」

あたしは、周りの黄色い声のお嬢様たちより五オクターブは高い声を出して絶叫した。

よく見ればキラだ。たしかにキラ。

でも、いつもの濃い化粧はあとかたもなくって、薄化粧に紫のリップではなくピンクのグロス。何色にも染められていた髪はしっとり落ち着いたブラウンになり、まとめられてアップに。

肩を出した黄色のドレスは、セクシーな形だけど、色のせいか、そんなに大人っぽく見えない。

いつもの面影はあとかたもない。気付くわけないって。

 

「うっわひど! や、いつもより美人過ぎて気付かなかったって? 分かるわかるそれ」

なに言ってんだか。

あたしは、何時間かぶりに全開の笑顔で笑った。

この茨のパーティーで、キラに出会えて、正直涙が出るほど嬉しかった。

「あ、ミシェルちゃん。元気してた?」

ロイドもやってきた。あたしとキラにシャンパンを持って。彼もしっかりタキシードだった。あたしは、ロイドの穏やかな表情に、ほっとして、緩みそうになった涙腺を必死でとじた。

「にしても、……目立つよ、コレ。どうしたの? クラウドは?」

あたしのスーツに対する、キラの質問は当然だった。あたしはクラウドが今知り合いのところにいることを話した。

「クラウドが、ミシェルちゃんをここに連れて来たんでしょ? ミシェルちゃんのドレスは用意しなかったのかな」

そういうとこ、一番用意がよさそうなのに、とロイドも首をかしげる。

「あ、あたしがコレでいいって言ったのよ! ま、なんつか、クラウドに買ってもらう理由なんてないし? あたしの分相応っつうか……」

ここまで言って、嫌みな言い方になってないかと一瞬心配したが、キラは、都合よく受け取ってくれたようだ。

「っはー。やっぱりすごいね、ミシェルって」

 

なにもすごくなんかない。さっきまで、本当は泣きそうだった。

 

「てゆうかさ、リサとミシェルも来てんのよ。さっきムスタファさんに挨拶して――」

キラはあたしを廊下に引っ張って行く。――廊下奥に、ミシェルとリサがいた。

ひと気の少ないそこで、ふたりはケンカしているようだった。

「あ、またやってる――」

ロイドが、眉をへの字にした。

 

また?

リサとミシェル、そんなにケンカしてるの?

 

「あたし帰るわ」

「いい加減にしろよ。なにを不貞腐れて――」

「分からない? わかんないんだったらいいわ。人をばかにするのもほどほどにしてよね!」

「バカにしてんのはおまえだろ! 俺に恥をかかせるなよ!」

「――あーあそう。だったら、あたしのドレスもキラみたいに特注にしてくれたらよかったのに。髪も美容院でなくて、特別なアーティストにしてもらえたらよかったわ。そうしたら、あんたの自尊心も満足なんでしょ。悪いけど、それができないのはあたしのせいじゃない。あたしが田舎っぽいのも、図々しいのも、気にいらなかった別れれば? 別にあんたに未練なんかないし。この安物ドレス、返しとくわ、あんたの部屋に。じゃあね」

「――!!」

さすがにミシェルが手をあげかけたのに、あわててロイドが割って入る。「だっだめだよミシェル!!」

ミシェルは、廊下の向こうに、キラと、それからあたしを認めて――バツが悪そうに、階段を走り下りていく。ロイドが、それを追って、降りて行った。

 

「――な、なにアレ――」

しばらくふたりで呆然とした後、キラが憤慨したように叫んだ。

「しっ信じらんない! なに言ってんのリサ!? なにあのこ!? あのドレスいくらすると思ってんのよ!!」

「……なんか、……揉めてんの?」

「あたしも詳しくは知らないけどさ、今日久々に会ったから。あたしらと会ったときからふたりとも険悪ムードでさ。でも、あのリサのドレスだって、ミシェルがリサに買ってあげたんだよ? 数百万もするやつ。ミシェル、いくらL5系とかで稼いでたっていっても、あのドレスはきつかったと思うよ。あのリサの言い方はないよ」

「……そうだね」





background by 戦場に猫さま

*|| BACK || FRAME/P || TOP || NEXT ||*