着いた私邸は、大きなところだった。パーティーするくらいだからあたりまえだけど、大きな門をリムジンが何台もくぐって入ってくる、あたしたちのリムジンも入っていき、広大な庭に真ん中に噴水があって、そこをぐるっと一周するように行って、開け放たれた扉まえに横付けされた。もう、リムジン運転手はなにも言わずにあたしに手を出しておろしてくれたけど、何ともいえない視線は、変わっていなかった。

クラウドを責める視線も。

 

たくさんの人が入っていく回転ガラス扉の、ライトアップされた壁面に噴水がキラキラ映りこんでいる。そんな曇り一つないゴージャスな扉に、あたしのみすぼらしい姿が一瞬映って、あたしは目をそらした。

あたしを後ろから追い越していくご令嬢たちは、みな赤や白、ピンク、ブルー、華やかなドレス姿。綺麗にお化粧して、髪をアップにして、シフォンの髪飾りをつけて、カワイイハンドバッグを下げている。

そんななかに、生地の薄い、安物のスーツを着て、髪はそのまま、化粧もいつもどおりの自分でやった薄化粧――のあたしが入っていく。

どれだけ、勇気がいったかわかる?

クラウドが、あたしの手を取って、後ろからそっと囁いた。

「ミシェルがやっぱり一番キレイ。……化粧取ったら、みんなじゃがいもだよ」

あたしはその冗談に、強張った顔のまま、笑った。

 

お城かと思うくらい、ひろい屋敷だ。

入ってすぐの、吹き抜けは玄関で、パーティー会場じゃないって、あたしは愕然とする。ここでだって、パーティーできそうじゃない。ホテルみたい。

金で縁どりされた階段の手すりをあたしは恐る恐る掴み、手あかが付きそうでやっぱり手を離す。赤いじゅうたんが敷き詰められた二階の廊下の先には、完全に開け放たれた広いパーティー会場があった。

高い天井に、シャンデリア。結婚式会場みたい。

はいって右側には、大きな円形のベランダが七つ、並んでいる。そこからライトアップされたさっきの庭が見える。左側の側面には、美味しそうな料理が並んでいて、シャンパンを持ったタキシード姿の男性が、あちこちに見え、来る人々にシャンパンを勧めていた。

 

あたしは、ここにくるまで何度も痛い視線とすれ違ったけど、もう腹は据わっていた。冷たいクラウドにもきっと理由がある。彼は、あたしから離れはしなかったけど、ここにくるまでかなりそっけなくなっていた。

あたしは、あたしひとりで、アンジェラと立ち向かわなければならないんだ。

心の中は、運命の敵と対決を控えた武術家の心境だ。

 

クラウドは出入り口付近のタキシード男に、さっと招待状を見せ、中に入る。

「こちらへ」

タキシード男は、あたしたちをまっすぐに、ムスタファ氏のところへ連れて行った。

 

ムスタファ氏は奥にいた。

あたしはほとんど、悲鳴をあげかけた。そこには、ムスタファと、知らないおじさんがふたり、そして――紫のドレスを着たアンジェラが、突っ立っていたからだ。

 

こ、心の準備が、まだ。

 

「――ムスタファ。お招き、ありがとうございました」

クラウドが、悠然と笑ってムスタファと握手をする。

「君はいつまでたっても他人行儀だな。アズラエルと一緒で、親父さん、で構わないんだが」

ムスタファがそう言って、クラウドの背をばんと叩く。クラウドは少しむせ込んだ。

「おや。彼女はこのあいだ連れてきた子か。あのときは、まともに挨拶できなかったな。先客がいたものでね、いや、失敬――改めて、よろしく。私は、ムスタファ・D・バージャ。今日は、楽しんでくれたまえ」

あたしは慌てて、挨拶し返した。

「は、はじめまして。ミシェル・B・パーカーです。きょ、今日はありがとうございました……」

緊張で、ほとんどなにを言っているか分からなかった。

ムスタファ氏は、アズラエルが「親父さん」なんて言ってるだけあって、ものすごく気さくで、いい人だった。人懐こい、近所のおじさん、という感じで。

口髭が貫録あると言えばそうだけど、このひとが、一代で財を築き上げた石油王、なんていってもピンとこないのは確かだ。

「クラウド。せっかくの綺麗なお嬢さんだ。見せびらかしたくないのは分かるが――これはちょっと、あんまりじゃないかね? 用意のいい、君らしくもない」

「彼女がこの格好を望んだんです」

クラウドは、いけしゃあしゃあとほざいた。

 

「――あたしの、分相応ですから」

 

あたしは、やっとのことでそう言った。そう言って、本当にそうかもしれない、という気持ちがこみ上げてきた。そうだ、その気持ちがあたしの本音だったかも、知れない。

ここから見渡す、ドレスだらけでお世辞と流行のファッションと、旅行の話をしている人たちは、あたしの世界には、ほんとうはいない。

あたしはこのあいだまで、ルナと一緒にぬか漬けかじって、リズンでコーヒー旨いって騒いで、ビーズのネックレスを作ろうとしていた。それがあたしの世界だ。

ここは、あたしの世界ではないから、居心地が悪くてあたりまえなのだ。

心配いらない。二時間たてば、元の世界に戻れる。

 

「はっは! 聞いたかアンジェラ! このセリフをもう一度聞くとは思わなかったぞ」

ムスタファが急に笑ったので、あたしはびっくりして現実に引き戻された。

アンジェラは、今までそこにいなかったように、挨拶もせずシャンパンを飲んで立ちつくしていたのだけれど。

アンジェラが無表情な目で、じっとあたしを見ている気がして、身体がかちんこちんに固まった。

 

「君などまだ、きちんとしている方だな。――アンジェラをわたしのパーティに初めて招いたときを思い出すよ。そのころアンジェラはまだ売出し中の画家で、わたしは、成功を収めてほどなくのころだ。彼女は、今日のようなパーティー会場に、こともあろうに、油絵の具だらけの、灰色のエプロンに、ボロボロの破けたシャツ。ワークパンツを履いて会場に現れたんだよ」

 

あたしは、度肝を抜かれて声が出なくなってしまった。

……さすがアンジェラ。

あたしには、ひっくり返っても真似できない。

 

「わたしもまだ、若かったからね。彼女の無礼を窘めた。そうしたら彼女は、今の君と同じセリフを吐いたのさ。「これがあたしの身分相応ですから」ってね。そうして彼女は「仕事中ですから」って、シャンパンを一本、そこのウェイターからかっぱらって、帰っていったよ。いやはや、強烈な印象だった」

「よく覚えておいでですね。……昔話だわ、ムスタファ」

やっと、アンジェラが、口を利いた。

でも、さっきまであたしを睨みつけるようにしていた目線は、なくなっていた。

あたしには興味もないかのように、クラウドに話しかける。

「それよりクラウド。あんた、ララに会ってやってよ。あんたがいなくなって、寂しがってるんだから」

「構いませんよ」

クラウドは涼しい声でこたえる。

 



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