十一月十六日。午前。 ――あたしは汗びっしょりになって目が覚めた。 ……何がアリスよ。あんなむっさいアリスってないでしょ普通。 突っ込むことを忘れてないみたいで助かった。 あんな大男をアリスにするなんて、あたしの夢のセンスってどうなってんだろう。 だるい体を起こして時計を見る。まだ八時だった。それは、いつもおきる時間より遅いことには違いなかったけど、十時過ぎまで寝ていたような、目覚めの悪さだった。 仕事もない毎日だと、最初はのんびりしていて朝もまともに起きなかったけど、しばらくしたら、規則正しい生活をしないと体のリズムも狂ってくることに、あたしも気づいた。 それからだ。ちゃんと母星にいたころみたいに七時に起きて、朝ごはんを食べて、っていう生活を始めたのは。 夢の中で、アリスはあたしで、チェシャ猫にいじめられる夢はクラウドにあってから見なくなった。 そのかわり、アズラエルがアリスで、ルナウサギを追っかけまわしてる夢をたまに見る。 変な夢。 「おはよ、ミシェル。ご飯できてるよお」 ルナの声。あたしはパジャマのままでベッドから起きて、ダイニングに向かった。 ルナとリサが同室で、あたしとキラが同室だけど、みんなでごはんすることは、最初から決めていた。でもリサは一番朝帰りが多くて、ルナはあたしとキラの部屋でごはん食べることが多かった。昨夜はキラも泊まりだったし、今朝はあたしとルナだけだ。 クラウドたちと、マタドール・カフェで会ってから、一週間が経とうとしている。 あたしたちは多分――アツアツ、ラブラブだった。 ルナと、アズラエルを抜かせば。 この一週間、あたしもクラウドの部屋に泊まりっぱなしだったし、はっきり言えばヤリまくっていた。クラウドは不思議ちゃんな見かけの癖に、やっぱりあたしより大人だっていうか、――なんか照れくさいけど、エッチは上手いんだと思う。自分本意ではないし、触れかたも優しいし、丁寧だし――。 だから正直言って、あたしは結構、クラウドとのエッチに溺れてた、と思う。 でも。 心配事が、いっこある。 犬も食わないってほんとはいうんだろうけど。 今日の朝ごはんはご飯に豆腐とねぎの赤だしのお味噌汁。キュウリとなすのぬか漬けと納豆。目玉焼きにベーコンとレタス、ゆでたアスパラガスがついてる。食後のデザートはベリー入りのヨーグルト。 あたしはおいしそうな朝食を見ながら、ためいきをついた。 「リサとキラは?」 「たぶんふたりとも朝帰り。ごはんはとっとくけど、どうかな。食べてくるかも」 ルナは何のことはないように言って、一緒に食卓に着いた。ルナは、ふたりが来ないことを知っている。朝帰りどころか、だれもこのアパートには帰ってきていない。ルナはこの一週間、ひとりで朝ごはんを食べていたわけだ。 ルナは寂しいとは言わなかったが、なんだかその横顔がすごくくたびれているのはわかった。原因はただひとつ。アズラエルだ。 あたしは、ルナの様子がちょっと心配で、「今日は部屋に戻るね」って、昨日の夜中、ものすごく不満そうなクラウドを置いて、この部屋に帰ってきたのだ。 クラウドが一緒にきたがったけど、あたしは断った。クラウドがいては、話しにくいコトもあると思って。なんにせよ、クラウドはアズラエルの味方だし。 ルナと二人の朝食は久しぶりだった。 クラウドたちに会うまでは、ルナとあたしふたりで朝ご飯食べていることが多かったからだ。 宇宙船に乗って、まだ、ひとつき――。 そうなのです。ひとつきなのです。 あたしもルナも、のんびり屋だから、まだあんまり宇宙船内の生活に慣れていない。 でも、リサとキラは適応が早いのか、もうすっかり遊びまくりの毎日だ。 だろうな、これが普通の反応なんだろうな、と思う。 だって、稼ぐために労働しなくてよくて、ガミガミいう親もいない。 さらに、周りが同年代の子達で囲まれていれば。 遊ぶなというほうが無理だと思う。 でもちょっと、あたしは、リサがいないことにほっとしている。 さっきのためいきはそれだ。一応確認してみたのだ。ちょっと、リサがいなくてほっとした。まあ、今までだってほとんど帰らなかったリサが、運命の相手だっていってるミシェルと出会ってから、帰ってくるわけなんかあるはずないけど。 べつに、リサが嫌いなわけじゃなくて、(多分キラもそう)でも、ちょっと辟易はしているからだ。今のキラはロイドと一緒だろうけど、ちょっとまえまで、キラは一緒に朝ごはんしないコトが、多かった。 キラは派手目に見えるけど、趣味嗜好がちょっと変わっているだけであって、基本はすごくひとに気を遣うコなので、ルナが毎日ごはんを作ってくれるのに、そのごはんを食べない、ということはしない子だと思う。べつにルナのごはんが口に合わないわけじゃない。 じゃあなんで、というのはリサといたくないから。――に他ならない。 もとからそうなんだろう。リサは、なんだかやたらに、あたしたちに恋人を作れとうるさかった。口を開けば恋愛のことばかり。恋人がいないことが、まるで悪いことか何かのように言うから、あたしもキラもちょっと――というよりだいぶ、辟易していたのだ。 リサも悪い子ではないんだ。でも――彼女は、自分でも気づいていないだろうけど、恋愛が一番大切、なとこがある。で、常に進歩向上していくのがモットー! というのも偉いと思う。美人だし、すごく活動的で、真っ先に人の中に飛び込んでいくのも、美容師として一流になりたい、と思うのも悪くはない。あの子が、近くの美容師の人と友達になって、さっそくレッスンを受けてるのをあたしも知ってる。すごく理想に燃えていて、行動も伴っていることもすごいと思う。 でも。 あたしもルナもキラも、恋愛至上主義ってわけじゃない。 第一ひとには、それぞれのペースっていうものがある。 あたしだってルナだって、キラだって、この宇宙船の中で三年間のんべんだらりと過ごそうってわけじゃない。やりたいことも、好きなことも、始めるより先に、自分の生活のペースを固めるのが先だ。 あたしも、この宇宙船の中で、働けないけど資格は取れるって言うから、母星でやっていたガラス工芸関係の資料集めてみたり、アクセサリー作成の受講してみようかなって探索はしてる。こういうのは、じっくり考えて決めるたちなのだ。 ルナもそうだろう。リサが知らないだけで、ルナはこの宇宙船全部の区画回ってみたい、と計画立ててるみたいだし、料理の技術も上がってきたと思う。けっこういろんなの作ってくれるし、暇さえあれば、料理の本見てるし。部屋の模様替えしたりして、居心地のいい空間作ろうと楽しんでる。 キラも行動的と言えば行動的だけど、ルナやあたしのペースにどうこう言うことはなかった。でもリサは違った。あたしらがよほど消極的に見えるのか、外に連れ出そうと躍起になっている。それがあたしたちは最近、とても億劫だった。 恋愛に関してもそう。 たしかに、この宇宙船の中って、すっごいナンパ率で、しかも両隣の子たちはあたしらと年近くて新婚。母星にいたころより恋愛がすごい身近にきてるけど、でも、あたしらにはあたしらのペースってモンがある。 リサは、あたしらに彼氏を作ろうと、変に一生懸命だったからだ。 ここに来てから三回ほど、リサに連れられ、合コンとやらにお呼ばれされてきた。
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