正直、あたしの好みのタイプじゃなかった。 あたしが好きなのは、別にそんな頭も顔も良くなくてもいいから、人間的に尊敬できる人。で、明るくって、ちょっとやんちゃな感じのあるひと。少なくともクラウドは、あたしの好みのタイプとは対極の位置だ。顔だって、あたしより綺麗なんだもん。女の立場ないでしょ。 彼が、あたしを愛してくれてるのは分かる。 L18の言語って、L系惑星群共通語っていうのはわかるけど、女口説くためにある言語じゃないかって思うことがある。 アズラエル五分に一度はスキって言うって、クラウドも人のこと言えない。 そして、エロい。 機械人間みたいに見えるのに、でも、エロい。 L18って、エロ18でいいんじゃねえの? ってくらい、エロい。 あたしが淡泊過ぎるのかな。 「ミシェルは恥ずかしがり屋だね」って笑われると、「なにをこいつじゃあヤッてやろうじゃねえか」とあたしは意気込むけど、クラウドのエロさは半端ない。普通だよ、って言われるけど、あたしがあまり知らないからって、ごまかされてんじゃないかとたまに思う。 でも、クラウドが、「ミシェル、大好き」って言ってくれるのは、すごく、スキかもしれない。 あたしが絆されたのって、このクラウドのスキスキ攻撃と、あたしが「クラウド」って名前を呼んだとき、すっごく嬉しそうな顔をするんだ、その、機械的な顔が急に人間味を感じさせる――そこに。 そこに、絆されちゃったのかもしれない。 クラウドが、タバコを吹かして、開けた窓の外へふうっと煙を吐くのが。 切れ長の目が、細められて。 ちょっとびっくりするくらい綺麗で――タバコ吸ってる男に綺麗っていうのもなんだか――でも、あたしは見惚れてしまった。 「……ねえ。俺の話を聞いてくれる?」 クラウドは、長い話をするとき、必ずそう言う。あたしは頷いた。そうしたら、彼は車を道路わきに停めて、あたしの右手をふんわり握ってきた。 「や、あのね。……話するのに手つなぐ必要、ないよね?」 「俺は、ずっとミシェルに触ってたいから」 あたしは悪くない。 こんな綺麗な男に、一日中こんなこと言われ続けてたら、どんな鉄のパンツ履いた女でも落ちるわ。 ああ。コイツとアズラエル、ルックスがチェンジできたらね、ルナ。クラウドみたいにキレーな顔で、優しい口説き方だったら、ルナもここまで悩まなかっただろう。あっちはかわいそうなことに、強面のうえドSだ。おなじL18の男なのに。 「ミシェルが、ルナちゃんを心配なのはよくわかる。でも、これだけは安心して。アズは、ルナちゃんを無理やり――襲ったりとかは、しないから」 クラウドは、あたしが心配してることも、具体的にお見通しだった。 「アズはね、ルナちゃんの本当の気持ちが知りたいだけ。ルナちゃんに嘘をつかれるのが、一番つらいんだ。ルナちゃんに、逃げないで、自分と向き合って欲しいだけ。そのためには、第三者は不要なんだ。俺たちがいると、ますます拗らせるだけって、分かってくれる?」 あたしは、渋々ながらも頷いた。それが分からないほど、子供ではない。 「心配なら、毎日俺がアズに電話する。ミシェルも、ルナちゃんに電話したらいい。様子をね、見るために。――だから、ミシェルには笑顔でいてほしい。俺、ミシェルのためだったらなんでもするから……」 そっと、クラウドの、綺麗な大きい手が頬を撫でていって、あたしより綺麗な唇が、あたしの唇を一瞬だけ盗んでいく。……この、天性のタラシめ。 アズラエルに聞いたところによると、クラウドはまともにつきあったことがある女性は、アズラエルの妹さんひとりだけだそう。あたしは絶対ウソついてると思ったけど、本当らしい。小さいころから、「夢で見てた」あたしに一筋だったらしく、モテたころもあったが、あまりに靡いてくれないので、しまいにはゲイだと噂が立ったらしい。 アズラエルの妹とつきあったのは、その妹――オリーヴとやらに、「ミシェルに会ったら、アンタ童貞で初エッチ挑む気?」と言われて、はじめて青ざめた、という話。 あたしはそのエピソードがクラウドらしいというか――笑ったけど。 オリーヴさんはオリーヴさんで、今はべつの彼氏がいるらしい。クラウドと付き合ったのは、いっぺん、顔が最高にいい男と付き合ってみたかったんだそうだ。もともと、クラウドとは幼馴染だったから、付き合うも別れるもなく、ほぼセフレのような関係だったと――。ヤキモチなんて、ヤクほどでもなかった。 「……分かったわよ。せっかくリゾート行けるのに、いつまでもつまんない顔してたってしょうがないよね」 あたしは気を取り直して、クラウドの背中を叩いた。 「出発出発! のんびりしてたら、遅くなっちゃうよ」 「うん。ミシェルの笑顔が見れて、俺、嬉しいよ」 この、天然タラシの口をガムテープかなにかで封じたくなったけど、あたしは我慢した。 K08に着いたのは、お昼過ぎだった。 お昼の食事もすませずにあたしたちは、まず目的地の、グリーン・ガーデンというところではなく、べつの場所に車を入れていた。クラウドが車を止めたのは広大な公園の、駐車場だった。ここから遠くに、スキー場なのか、ゴルフ場なのか、――が見える。 周囲に色とりどりの花が植えられ、舗装された道を五分ほど歩くと、たくさんのひとでにぎわってるパーティー会場が見えた。今日は晴れだったし、この区画はきっと、あたしたちの場所より天候が穏やかなんだろう。春先みたいな暖かさだった。美味しそうなバーベキューの匂いがして、思わずおなかがぐうとなる。 クラウドが笑って言った。 「挨拶だけだから。近くにパスタの美味しい店あるから、そこに行こうね」 白い、綺麗な模様のゲートの前に、ふたりの警備員がいた。そのふたりとクラウドは知り合いみたいだった。 「よう。クラウド」 サングラスに、顔の下半分がひげもじゃのおじさんは、クラウドを見て手を挙げてくる。一応クラウドはポケットから身分証書を出して、彼に見せた。 「彼女か? 別嬪だな」 髭もじゃはろくに見もせずに、クラウドにパスカードを返した。クラウドは、「うん」と返事をして――「ムスタファ氏はいるの?」と聞いた。髭もじゃは、興味深そうにあたしを見てる。答えてくれたのはもう一人の、そっちも黒スーツにサングラスの――金髪の人。 「いるよ。――こちらカレン。クラウドが面会を求めてますが」 インカムで、カレンと言った人が、誰かに連絡していた。相手はムスタファさんのようだった。あたしは、背も高いし、肩幅もあるからてっきりオトコの人だと思ってたけど。 このひと、女の人だろうか。 「OKだってさ。奥にいるよ」 ふたりは、あたしらを通してくれた。 白いゲートを通り、人ごみの中に入った途端にあたしはここに来たことを後悔した。 このセレブの住人たちの中に、自分がいることの――おかしさ。 クラウドが、最初に「今日はワンピース着て」と言ってくれていなかったら、もっと恥をかいていたかもしれない。クラウドは、これを予想して、そう言ってくれてたのだ。 あたしは、いつもジーンズにカットソーとかTシャツだし、スカートもあんまり好きくないから、スカートも一枚くらいしかもってないし、ワンピも一枚きりだ。クラウドが買ってくれた、ちょっとはよさそうなブランドのコレがなかったら、あたしは絶対あのゲートからこっちに入っていなかった。
|