視線が、とても痛い。

 あたしは、最初、なんでこんなに自分がじろじろ見られるんだろうと思っていたけど。

 あまり視線が痛いので、ふっと顔をあげたら、あたしと同じくらいの年の子三人くらいと目があった。その三人が、目があった途端に「くっ」と声を押し殺して笑ったので、あたしは全身の血液が顔に集中してしまった。

 「……ダッサ」

 その小声ははっきり聞こえ――「誰?」という囁きも聞こえた。耳は、それを皮切りに、いらぬ声まで拾うようになってしまい。

 

 「……どこの商社のご令嬢?」

 「クラウドさんといらっしゃるから、L18の方じゃないかしら」

 「L18……。将校のお嬢様ではなさそうね。あの恰好では、」

 「アラ――あのサンダルは○×■じゃありませんこと?」

 「新作かしら?」

 「それにしてはずいぶんボロボロね――」

 「そのブランドであんなデザイン見たことありませんわ」

 「ええ? ――まさか」

 

 こんなとき、クラウドが、あたしよりずっと大人なんだってことを実感してしまう。彼は、この空気に溶け込んでいた。白いブランド物のポロシャツも、スラックスも、腕時計も。長い髪をさっとまとめた格好でさえ、軍人の面影はあとかたもない。

 あたしはブランドのことなんてわかりもしないけど、ここで黄色い声をあげておしゃべりしている人たちは、あたしの切りっぱなしの、地味なブラウンの固い髪、アクセサリーの一つも付けていず、よれた安物のサンダルを、明らかに笑っていた。

 

 緊張と、いたたまれなさと、空腹で気が遠くなりながら、クラウドに手をつながれて、あたしは奥の、大きなパラソルがかかった、特等席へ向かった。そこにはたぶん――ムスタファと呼ばれる、このパーティーの主催者がいた。たぶん、というのは、あたしはこの時点で頭が真っ白になっちゃって、ろくにそのときのことを覚えていなかったから。

 映画なんかでよくみる、氷の山の中に冷やされている特別なシャンパン、いろんな果物で飾り付けられたグラス。見たこともない料理。少なくとも、あたしが日常いる世界では、ない。

 クラウドが、「ご招待、ありがとうございます」とか、いつもの不思議ちゃん空気を一掃して挨拶をしている間、あたしはルナを越えるマヌケ顔でそこに突っ立っていた。

 さいごに、ムスタファさんが、あたしに握手を求めてきて、あたしはそれに応じて――その場違いな訪問は、終わった。

 空腹で、倒れそうだった。

 

 そのとき――あたしは。

 

 一分でも早くここを出たい一心で、振り返った先に――クラウドより強烈な、運命の相手を見つけてしまった。

 

 あたしは、その人がそこにいることが信じられなくて、あたしの見間違いかと目を疑って。でもやっぱりその人だと、確信した瞬間には、さっき笑われたことも、ココがどこなのかもすっかり忘れて、立ちつくしてしまった。

 クラウドの呼ぶ声も目に入らない。

 

 あたしの、憧れの人が、あたしから二メートルも離れていないところで、シャンパンを仰いでいる。真っ赤なドレスを着た、女性。

 

 アンジェラ・D・ヒース。

 

 あたしの、ガラスに対する運命を、変えた人。

 L系惑星群最高の、デザイナー。

 

 

 「――ミシェル、ミシェル!」

 

 クラウドがあたしを呼ぶ声に、はっとしてあたしは振り向く。

 「いい部屋だね」と言ったクラウドの声に、おざなりに返事を返していたところだったのだ。

 たしかにここは、良すぎる部屋だった。外に見える大きなプールサイドにライトが見える。夜、アレが点灯されたら、素晴らしくロマンチックだろう。

あたしたちはあのあと、パーティー会場を出て、近くのレストランで昼食をとって、それから、この「グリーン・ガーデン」というリゾート地に辿り着いていた。

 美味しかったパスタも(うん、それは間違いなく美味しかった)。この広くて開放的な、南国っぽい部屋にも、あたしは感動したけど、ずっと頭の中はアンジェラ・D・ヒースのことでいっぱいだったのだ。

 あたしは、カーテンを手の先でいじりながら、クラウドに振り返る。

 そこには拗ねた顔のクラウドと、あたしが見たことのない甘い香りの南国調の花がいっぱい敷き詰められた、天蓋つきのベッドがあった。

 もちろん、そのベッドにも歓声あげたわよあたし。

 冬だけど、この温暖な気候なら、入れそうな部屋の外に煌めいてるプールにも。小さな森の奥に日差しを反射してる湖にも。

 

 「――ミシェル」

 クラウドは、ベッドの花をひとつ抓んで、それからぽいとまたベッドに落とした。

 それから、あたしを手招いた。さすがに、アンジェラのことしか考えてなくて、そのあとの返事がおざなりすぎたのはあたしもわかっていて、悪いと思って、謝ろうとしたのだ。でも、クラウドはべつに怒ってなかった。

 

 「座って」

 あたしたちふたりは、天蓋つきのベッドに座りこんだ。あたしはシルクの質感にビビり、このベッドで今夜することを、考えないことにした。

 

 クラウドは深々とため息をついたのち、

 「――アンジェラって、そんなにすごい芸術家なの?」

 と聞いてきた。あたしは、クラウドが彼女を知っていながら、彼女の芸術家としての側面をなんにもしらないことにびっくりして――そこから、アンジェラおたくのあたしの話は、どれだけものすごいおしゃべりになったかは――想像してください。

 

 「――じゃあ、彼女は、ガラス工芸家でもあるんだね」

 あたしの説明が一時間に達したころ、クラウドは、やっとあたしの言葉を遮った。勢い込んで喋りすぎたあたしに、はちみつ入りレモネードを渡してくれて。

クラウドは、ものすごい忍耐力で(彼の言葉を借りれば愛の力で)あたしの専門的で、あちこちに飛ぶさっぱり分からない話を、ずっと黙って聞き、この一言にまとめ上げた。

 

 「まあね。でも、アンジェラは、もとは彫刻家なのよ。でも、ガラスをデザインもするし、絵も描くわ」




 

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