カサンドラ




「――ありゃ、本物か」

アズラエルがぼやいた。マスターが、腕を組んでつぶやく。

「本物だろうな。おそらくは」

「おそらくって?」

「L03出身の占い師らしいが、あの気味悪いナリじゃな。たいてい、L4系から来たまがい物と一緒にされて、冷やかし食らって終わりだ。クラウドよ、おめえ、三枚も出したのか?」

「うん」

「アズラエル。この異様にオツムのイイ世間知らずをちゃんと見張っとけ。そのうち、盛大に騙されて、すかんぴんに干されるぞ」

「俺はこいつの保護者じゃねえって」

 

「俺は、いま、財布の中身ぜんぶをあのひとにあげても後悔しないと思う」

クラウドは、美形すぎる顔を紅潮させ、目を輝かせていた。

 

やっと。

やっと会えるんだ、ミシェルに。

俺の大好きな、あのこに。

 

「色ボケってのは、どうしようもねえな……。てか、アズラエル」

「なんだ?」

「俺が用があったのは、てめえのほうなんだ」

コレ渡すの、すっかり忘れてた、と、薄汚れたエプロンのポケットから、マスターは一枚のカードを取り出して、アズラエルに渡した。それは名刺だった。

 

「――ミシェル・K・ベネトリックス。……探偵事務所?」

オイ、クラウド、ミシェルだとよ。アズラエルはふざけたが、クラウドは聞いていなかった。

 

「残念だが、そっちは正真正銘野郎だよ。うちのバーに軍人は来ねえかっていうから、一応、おまえの名前を出してやった。将校はお呼びでないそうなんでな。グレンとカレンの名前は出してねえ」

「バーガスとか、ロビンとか、いそうなもんだけどな」

「おまえと同い年らしいから、話は合うかと思ってな。おまえが傭兵だってことは、言ってねえ」

「言ってねえのか。軍人に何の用だ」

「ボディガードを頼みてえらしい」

「ボディガード? なら傭兵だろ? なんで軍人にこだわるんだ」

「そいつは、L25で探偵事務所をひらいたばかりだ。複雑な事情は本人から聞くんだな。奴はL18にちゃんと、「認定の傭兵」ってのがあるのを知らねえんだ。軍部認定の傭兵ってのが、あるのをな。流しの傭兵は、雇うのが怖いらしい。まあな、ヘタなやつ雇えば、金だけ持ってトンズラってのもあり得る話だからな。だから、ちゃんとしたL18の軍人、を雇いてえんだとよ。アイツは認定の傭兵も軍人だと思ってる」

「ちゃんと教えてやれよ。俺の雇い賃も言ったんだろうな?」

「そっちは勝手に、ネットか何かで調べ上げてるだろうさ。ロビンやバーガスはひとつきで五百万単位だ。百万のおまえが一番安いだろうが」

たしかに。確かにその二人に比べたら自分は安いが、それでも、探偵事務所を開いたばかりのペーペーに雇われるほど、低価格ではない。

「宇宙船割引で、五十パーセントオフにしてやれよ」

「それが、もと傭兵の言うセリフか」

雇い賃をやたらに引けば、舐められる。それは傭兵の間では公認の事実だ。アズラエルは苦笑いした。どうも、厄介な依頼になりそうだ。

受けるも何も、決めてはいないが。

 

 

「やあ。俺はミシェル・K・ベネトリックス」

 

次の日訪れたラガーで、マスターを介して、アズラエルはミシェルと会った。

 

ミシェルはいいスーツを着ていた。アズラエルが上流階級の人妻に会いにいくとき、着ていく仕様のブランド品だ。目の高い女が好みそうなスーツ。もちろん値段も目玉が飛び出るほど高い。オーダーメイドだから。

ミシェルはたしかにペーペーかもしれないが、探偵、といった泥臭さはない。それどころか、その洗練された外見にしろ、立ち居振る舞いにしろ、どちらかというと上流階級の人間だった。

見かけだけなら、むしろ、大企業の社員のようだ。L5系列あたりの。

このバーにいるのも、逆に浮いていると言えば浮いている。

この格好でヤクザものばかり集まるここへきて、よく絡まれなかったものだ。

 

「マスターから話は聞いてる。アズラエル・E・ベッカー。君は優秀な軍人だったって」

 

初対面の相手をファースト・ネームで呼ぶのも、L5系列の人間特有の癖だ。

 

「さっそくだが、聞いておきたいんだ。君は、地球に行こうとしてる?」

 

何を聞くのか、この探偵は。

大抵の人間は、地球に行くから、この宇宙船に乗っているわけだが。

 

「……そりゃまあ、行くだろうな。だまって乗ってりゃ」

「俺は、もしかしたら裁判のために、地球に着くまでこの宇宙船に乗っていられないかもしれないんだ」

ミシェルは、アズラエルのために、氷をグラスに入れ、ウイスキーを注いだ。この店で一番いい酒だ。これはミシェルのサービスらしい。

「だから、君がどうしても地球に行きたいのであれば、この仕事を依頼することはできない。だが、もし君が、俺が宇宙船を降りるときに――」

「一緒に行けるなら、雇うってか?」

アズラエルは、高級なウイスキーを遠慮なく一息で干した。

 

「雇うも雇わねえも、俺はまだ、おまえの依頼を受けるか決めちゃいねえ」

 

ミシェルの、二杯目を作る手が止まった。きろりと、アズラエルをにらみあげる。会社員見てえなナリして、そんな目もできるんじゃねえか。

アズラエルは初めて、ミシェルに興味を持った。

 

「受けるかどうかは、条件次第だ。俺はな。いろんなボディガードの種類はあるが、俺が納得すりゃ、規定の料金後払いでもローンでも、引き受けてやる。殺しはあるのか」

殺し、でミシェルの顔が引き締まった。

「場合によっては」

「場合によっては、か。殺しが入れば、俺の雇い賃は三百万に跳ね上がる。それでもいいか」

「かまわない」

「俺一人ではミッション達成が不可能と思われた場合、俺の判断でもうひとり傭兵を雇う。その雇い賃もおまえ持ちだ。いいのか」

「いいだろう」

「わかった」

アズラエルは、ミシェルの手から瓶を取り上げ、直接口をつけて呷った。ぐびぐびと喉を鳴らして呑む。

「おまえの依頼を受ける。……詳しいことを聞こう」

 

「俺は、L54の大企業、ファッツオーク社相手に訴訟を起こしている。裁判は一年後だ」

アズラエルの手から瓶をひったくり、同じく喉を鳴らして飲んだ。

「俺が裁判に出る一カ月の間、ファッツオーク社から守ってもらいたい。この宇宙船に乗る前、仲間がひとり消された。……俺が助かったのは、ロイドが、俺をこの宇宙船に誘ってくれたからなんだ。そうでなきゃ、俺も今頃海に沈んでいたかもしれない」

 




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