カサンドラ
カッサンドラー。 予言は予言、見えぬものなど何もない。 アズラエルとクラウドが、ミシェルとロイドとつるむ様になるまでには、そう時間はかからなかった。 ミシェルと仕事上の契約は交わしたが、仕事上の関わりを抜かしても、ミシェルは気のいいやつだった。ミシェルを連れてきたロイドも、やはり地味には見えるが、L5系列の人間で間違いなかった。初対面でロイドは、さすがにアズラエルを見て怯えたが、いったん気が合えば、なぜかロイドとアズラエルは妙に気があった。 ふたりとも、この宇宙船にのるまえの様々な事情を、ぽつり、ぽつりとアズラエルに話すことが多かった。アズラエルが感情を交えず、答えもせず、だまって聞くからかもしれない。 最近は、四人でラガーに集まって、男だけで話すことが多かった。ミシェルもナンパはしたが、この店では上流階級の男は空振りだったし、アズラエルも、まえみたいに変なのにくっつかれてもイヤだったから、この店でナンパするのはやめていた。 「あ――またいる」 クラウドが、ラガーの隅の席で水晶玉をまえに、亡霊のように座り込んでいる女を見て言った。 「すごい占い師だよ。ミシェルの居場所が分かったんだ」 クラウドが目を輝かせて言うのに、「ミシェルって俺のこと?」酔っ払ったミシェルが突っ伏しながらつぶやいた。「……アズラエルと飲み比べなんてするんじゃなかったよ」 吐きそう、とミシェルがうめいた。 「ざるかよおまえ」「どっちかいうとわっかだな」 まだ飲み続けるアズラエルに、ミシェルは本気で吐きそうな顔をした。 「ミシェルって、クラウドの好きな子だよね」 ロイドが、ミルクセーキを飲みながら言う。 「うん。どうやって会いに行ったらいいかなあ……」 「いつも夢で見てましたって、挨拶すりゃいいんじゃねえか」 アズラエルがからかったそのとき。 「てめえこのババア!!」 隅のほうで、あの占い師が椅子から転げ落ちていた。若い男の集団が、女をけり上げている。周囲は一瞬ざわついたが、この程度の騒ぎは日常茶飯事だ。あまりひどければラガーのマスターが出てくる。だから誰も手出しはしない。女は身体を丸めて、椅子の下でうずくまっていた。 「何するの」 一番女をけり上げていた男は、急に体が動かなくなって戸惑った。後ろを見ると、自分より頭一つも高い、彫刻みたいに綺麗な男が、自分をにらんでいた。手首が折れそうな勢いで握りしめられ、「いてえよ!」と怒鳴ったが。 「女の人を蹴るなんて、最低だよ」 綺麗な顔をして、男の手は、ビクともしない。少年たちは、男の胸に下げられたドッグタグに驚いて、「行こうぜ」と、その手を振り払って出ていく。 「……だいじょうぶ?」 クラウドが、女を助け起こすと、女はひしゃげた笑い声をあげた。その声を聞いてロイドはぞっとしたのか、アズラエルの陰に隠れた。クラウドがテーブルといすを戻し、女の水晶玉を拾ってテーブルに乗せる。 「あんたは、親切だねえ」 女は、弱った足をかばいながら身を起こした。げほげほとせき込み、喉をひゅうと鳴らした。 「――足が悪いの」 クラウドが聞くと、女はまた、ぞっとするような声で笑う。 「腐っているのさ。もうそろそろダメになる」 クラウドは、ちょっと辛そうな顔をしていった。 「さっきの子たちに何を言ったの。怒らせるようなことを?」 「俺は地球に行けるかなんぞと馬鹿げたことを聞くもんだからね。地球の女とバカンスを楽しみたいだけのくせに。アイツの頭の中は、豊満な女たちとのセックスでいっぱいだ。だから、言ってやったのさ。アンタは一カ月もたたないうちにこの宇宙船を降ろされて、母星に帰されて、そこで五年後に、いまみたいな喧嘩沙汰になって飲み屋で刺されて死ぬってね」 「そんなこと言われたら、だれだって怒るよ」 「アンタはだいじょうぶさ」 女は、クラウドに媚びるような声を出した。 「アンタのイイ子は、アンタを愛してる。すぐにものにできるさ。こうしよう。あたしが手伝ってあげる」 「なにを?」 「あのことゆっくり話ができるのは、K27のマタドール・カフェという店さ。そこに行く時は、あんた、必ず一張羅を着て行くんだよ? そう、アンタが持ってるグレーのストライプのスーツだよ」 「どうして知ってるの。俺のお気に入りのスーツ」 「そりゃあたしは……」 「やめろ」 アズラエルが、険しい顔で遮っていた。 「悪いが、俺の連れを惑わすのはやめてくれ」 アズラエルが問答無用でクラウドを連れて行こうとするのに、クラウドがアズラエルの手を振り払った。 「ねえ、君は、名前なんて言うの」 「あたしかい? あたしはカサンドラ。L03の予言師だよ」 予言師と聞いて、アズラエルの顔色が変わった。ポケットから数枚の紙幣をひっつかむと、カサンドラに向かって投げつける。 「そいつをやる。もう、俺たちに構うな」 アズラエルの本気を出した力に、クラウドが叶うわけもない。抱えられるようにして、クラウドは外に連れて行かれた。 「アズ」 クラウドは叫んだ。 「アズラエルはおかしいよ。俺の知ってるアズは、そんなふうに人を見る奴じゃなかった」 「おかしいのはてめえだ」 アズラエルも吠えた。 「なにが予言師だ。夢だ、運命の恋人だ! そんなくだらねえもんに惑わされるな! いいか、」 アズラエルは、クラウドを雪の上に放り出して、言った。 「そんなわけわかんねえもんにウツツ抜かしてるくらいならな、てめえの足でK27に行きゃいいだろ! 行って、そのミシェルとやらを俺の目の前に連れてきてみろ!」 「アズ……」 クラウドが泣きそうな顔をする。 「おまえだって不安なんだろ。あの女の言ったことを心底信じてねえ証拠だ。ほんとうにミシェルなんて女がいるとは思ってねえ。だから、行かねえんだろK27に」 「そうじゃない」 |