カサンドラ




クラウドは、すっかり泣いていた。大粒の涙をこぼして。

「アズは変わった。ガルダ砂漠から帰ってきてから変わったよ。まえは、俺が夢の話をしても、そんなに怒ることなんてなかったのに」

「ガルダ砂漠の話はするな!!」

アズラエルの怒鳴り声に、道行く人々が振り返っていく。

 

一度叫んで冷静になったアズラエルは、クラウドが泣いているのを見て、痴話げんかみてえだ、と思い、舌打ちした。深呼吸して、怒りを鎮める。

 

「怒鳴って悪かったよ」

クラウドが泣きべそをかきながら目を上げた。

「アズ、「だけどな、もう、あのうさんくせえ女に関わるのはやめろ。アイツの言ったことに惑わされるのもな。おまえにはアイツは毒だ。ほだされるな。いずれ泣く羽目になるぞ」

「アズ……」

クラウドが、本格的に泣きだした。

 

ったく、この年になってもエンエンガキみてえに泣きやがる。

こんなに涙もろい分際で、あの女に関わろうってンだから、懲りねえ野郎だ。

 

「もう泣くな。おまえの夢で言うと、ミシェルってのは年下なんだろ? そんなに泣いてばっかいると振られんぞ」

 

クラウドが、ぐず、と鼻水をすすりあげて泣きやんだ。

 

もう二十七なのに、よく泣くし、小さいころから夢で見てきたからと言って、この宇宙船にホントにアタマのなかの女がいると思っていやがる。

実際、ミシェルとやらがいたところで、コイツに惚れるかどうかは別問題だな。

顔が良すぎるのがまだ救いだとしてもだ。こんなめそめそ泣く野郎に、年下の女がなびくかっていうんだ。コイツには、年上の女が合うと俺は思ってるんだがな。

 

「俺が、そのミシェルとやらを探してきてやるよ。ホントにいるならな」

「でも……アズ……」

「なんだ」

「俺、一張羅のスーツ、L18に忘れてきちゃった……」

 

「てめえが泣いてんのはそのせいか?」

 

 

泣きはらした目の、クラウドがバーに入ってくると、心配そうな顔のロイドが駆け寄ってきた。

「アズラエル、すごく怒ってたね」

「うん。アズはすぐ怒るから、いいんだ」

それより、一張羅のスーツ、どうしよう、と、そっちのほうで泣きかけているクラウドに、少し眠って酔いが醒めたミシェルが、ネクタイを外しながらぼやいた。

「グレーのストライプスーツなら、おれも持ってきてるから貸すよ?」

「ほんとに!?」

クラウドはミシェルを、神様でも見るような目で見た。

 

「アズラエルはどこ行ったんだよ」

「うん……たぶん、アンジェラのとこかな」

「アンジェラって?」

「アズラエルがボディガードしてる、石油王ムスタファさんの知り合い」

「セレブか」

「セレブだね」

「うん。人妻らしいんだけど。すごいMで、マッチョな男が大好きなの。アズラエル、パートナー候補でセックスパートナーなの」

「ふうん。アズラエルはもうパートナー決まってるのか。だいじょうぶかな。俺が途中で宇宙船降りるときに、悶着起きない?」

「それはだいじょうぶだと思う。ちゃんと契約したわけじゃないし。アズラエルは、執着のない、軽い関係しか結ばないんだ。女の人とは」

 

いっつも、そんな関係ばっかり。

恋をしてると本人は言ってても、アレは恋じゃないと思う。

 

「それって、マトモな恋したことないってことか?」

「そう。だから、俺は、アズラエルが本気になれる子がいてほしいと願ってる」

 

俺はきっと、ミシェルに会えるよ。

だから、アズラエルも、きっと好きな子が見つかる。

 

 

 

 

「やあ♪ 異世界へようこそ♪」

 

マーチかワルツでもバックに流れてそうな、能天気な顔に、アズラエルはがっくりと肩を落とした。

「リズンの店長て、おまえかアントニオ……」

 

次の日だ。

クラウドに、ミシェルを連れてくると言った手前、仕方なくアズラエルはK27に赴いた。

 

――その、居心地のサイアクなコト。

 

アズラエルは、宇宙船の中で、もっとも住みたくない場所にK27をインプットした。

羊の群れにライオンが紛れ込んだら、避けられるのは当たり前だ。

アズラエルは、コソコソとした羊たちの視線に、だんだん苛立ちを覚えながらも、あの女占い師の言っていたリズンに立ち寄った。ぐるりと見渡したところで、ミシェルらしい顔はない。聞くのが一番か、とかすみ草とガーベラでコーティングされた、ファンシーな扉を開け、アズラエルはリズンに入る。

 

「悪いが、店長を呼んでくれないか」

チェック地のカワイイ制服の、カワイイ女性店員は、黒いスーツ姿のアズラエルに言われて、なにか調査でも入られたのかというくらい固い面持ちで店長を呼びに行った。

そんなに怯えなくても。

そうして、やってきた店長のおめでたい顔を見て、ほっとしたのか、ムカついたのか、よくわからない感情に襲われることになった。

 

「悪目立ちナンバーワンだなアズラエル。噂には聞いてたけど実際見るとほんとに強面だね。俺チビっちゃいそうだよ。なにか用でもあるの? はやく帰んないと、このK27じゃ、歩いてるだけで通報されるかもよ」

「てめえはなにか、俺に恨みでもあるのか」

 

アズラエルは――というよりアズラエルの一家がL18では有名だった。この男も、自分の顔と名前だけは知っていただろう。そして、この男もL05――坊主の星からL20にきて傭兵になったやつだ。あまりのおかしな経歴に、アズラエルも知っていた。顔と名前だけは。

しかしまさか、今度は宇宙船の中でこんなファンシーな店の店長やっているとは。

ほんとうにわけのわからない男だ。

 

「まさか。互いに名前は知ってたけど初対面なのに、なんで恨みがあるんだよ? てゆうか、注文しないの? カフェに来て、話だけ聞いて帰ってくつもり?」

アズラエルは、投げやりにコーヒーを注文した。

「今週のオススメは、サーモンとオニオンのクリームチーズベーグルです」

アズラエルは勝手にアントニオが出したベーグルを、三口で平らげて、言った。

 

「なんで、行くとこ行くとこ、軍事惑星のやつらがいるんだ。ラガーはアイツがマスターだし、石油王のとこ行きゃ、バーガスにロビンにカレン」

「とどめは俺ってわけね」

おまえが、軍事惑星のやつらがいるところに行くのが悪いんじゃないの、と言いながら、アントニオは、イチゴのショートケーキを出した。

「頼んでねえぞ」

 「……アズラエルとイチゴショート。ぷっ。すげえ似あわねえ……!」

 アズラエルが、スーツの裾のほうからコンバットナイフを出しかけると、さすがにアントニオはおふざけはやめた。

 

 「こういう子、この辺にいねえか」

 ラガーのバーにいた、人相がきが得意なやつに描かせた、ミシェルの絵を見せた。

 「ああ、ミシェルちゃん」

 





*|| BACK || FRAME/P || TOP || NEXT ||*


background by 戦場に猫