地球行き宇宙船はきょうも順調な運航。天気は晴れ。 七月も間近な、日差しが強いくらいの昼どきだった。 ルナは、自分の分を食べるのも忘れて、ぼうぜんとテーブルを眺めていた。 セルゲイたちが引っ越してきた、翌々日の、昼食の時間である。 「ルナ! ハンバーグってうめえな!!」 「ピエトくん、ちっちゃいくせによく食べるね〜」 皿にのっけられた、おおきな三個のハンバーグと目玉焼きふたつをぺろりと平らげたピエトに、ジュリが目を剥く。 「ちっちゃくねえよ! 俺もっと食えるもん!」 「じゃあ、あたしのいっこ、あげるね」 「姉ちゃん、いいやつだな!」 「あたしはジュリだよ」 ルナもアズラエルも止めなかった。じっさい、ピエトはよく食べる。よく動くし、よく食べる。今のところ、食べ過ぎで腹を壊したことはないので、放っておいた。ほんとうにピエトは病気なのだろうかと、ルナはたまに疑わしくなる。 グレンもアズラエルも、無言でガツガツと食べた。食事の間だけは、猛獣二頭のケンカはなかった。ふたりの間でハンバーグの取り合いがなかったのは、真正面にいる閻魔大王が、不気味なほどの威圧感で見張っていたからだ。 「ルナ、ハンバーグ、もうねえのか」 アズラエルが足りない、と不満げな顔をしたが、ルナはぽかっと口を開けたままぷるぷるし、「あたしのいっこあげるよ」と言ってアズラエルの皿に置いたのに、グレンがフォークを突き刺した。 「なにすんだ! これは俺のだ!!」 「早い者勝ち……っで!」 「ケンカしない。半分こにしなさい。ケンカするなら六等分にするよ」 グレンとアズラエルの頭に、パコン! と新聞を丸めた凶器で一発ずつ。セルゲイの笑顔の奥に隠された、どんな怪物も瞬殺しそうな威圧に、ふたりは素直に半分に分けた。ハンバーグを虎視眈々と狙っているのはグレンだけではない。 ハンバーグを成型するのはアズラエルがやったので、けっこうな大きさなのに。おにぎりとハンバーグは、成型する人間の手の大きさを無視できない。彼の掌と同等。 「……セルゲイ、足りた?」 ルナは恐る恐る聞いたが、セルゲイは「うん、ちょうどよかったよ」と笑った。 「ちょうどよかった?」 「腹八分目ってとこかな」 「はちぶんめ!」 ルナはアホ面になった。 絶対、残されると思ったのに、セルゲイの皿にも、みなの皿にも、ハンバーグはもうなかった。ジュリとミシェルはひとつでじゅうぶんだったらしく――ルナもだ――だってハンバーグはけっこうな大きさだ――のこりはカレンたちの皿に乗せられた。セルゲイだって、四個は食べたのに。 「私はちょうどよかった。でも、グレンとアズラエルと、カレンは足りないね、きっと」 「クラウドも足りないよね――うん、足りない顔してる」 ミシェルの分を二個も食べておいてクラウドは、まだ足りないという顔をしている。ルナは遠い目をした。 セルゲイとグレンと、カレンとジュリが、K27区に引っ越してきたのはおとつい。 その日のうちに、向かいのアパートのレイチェルたちに手土産を持って、「引っ越してきました」と挨拶しに行ったセルゲイたちだったが、グレンが向かいに越してきたことに、シナモンが大歓喜していたのは見ないふりをした。 バーベキューパーティーをいっしょにしたので、知らない仲でもない。四人は、歓迎してくれ、そのままマタドール・カフェでともに夕食となった。 次の日は、カレンたちは四人が四人、用事があったのか、ルナたちの部屋に顔を見せることはなかった。アズラエルはしきりに「おかしい、おかしい」と言っていたが、その翌日には、やはり四人そろってルナたちの部屋に押しかけてきた。 そのときの、アズラエルの苦い顔は、歴代の中でも一位か二位かというくらいだ。ルナは日記にそう書いた。 アズラエルの嫌な予感は的中し、カレンとジュリの、「ルナのごはんが食べたい!!」という猛烈なラブコールに負け、ルナは昼食をつくることになった。 ジュリのリクエストはハンバーグ。セルゲイは「ルナちゃんの作ったものならなんでもいい」で、グレンは「肉」。カレンは、「おいしい味噌汁とごはん。ハンバーグも付けてくれるなら、あたし一生ルナのそばで皿洗いしてもいい」という切実そのものの顔で言ったので、ルナは朝から大量のひき肉をこねることになった。 あまりに大人数なので――しかも、よく食べる人間ばかりなので、量も多い。 さすがにルナ一人では手が回らず、途中からアズラエルとカレンも手伝ってくれた。 だが、一同の食欲は、ルナの想像を絶していた。 カレンがお椀を両手で持ち、「至福……こんなうまい味噌汁、久しぶりに食べた……」と目を潤ませる。カレンは味噌汁ばかり、三杯もおかわりしていた。 「ほんと、引っ越してきてよかったわ……」 「焼き鮭と卵焼きのあさごはんとか、最高だよ。あとぬかづけとか浅漬けとか、」 向かいのミシェルの台詞に、カレンがテーブルに両手をついて身を乗り出した。 「あんたたち、いつもそんな朝食食べてんの!?」 「うん。パンと卵とスープのときもあるけど」 「味噌汁もしみるぜ!」 ピエトも、このあいだ覚えたばかりの言葉を叫ぶ。 「う、うらやましすぎる……」 カレンのボヤキに、「ふりかけとごはんだけの朝食ばっかりだったよね。あたしたち」とジュリが口をとがらせて言った。 「――食パン大量に焼いて、あとはコーヒーだけ、とか。破裂していたけれども、ゆでたまごがあれば最高と言ったところか」 セルゲイもこころなしか遠い目だった。 「あとはたまに、エレナの焼いた、真っ黒焦げの卵焼きがついたな……」 グレンの黄昏じみたつぶやき。 「エレナのつくるごはんは、すごくしょっぱくて、すごく甘いの。なんでだろうね」 ジュリが首を傾げた。 「それでも、いつも作ってくれていたんだから、感謝しなきゃダメだよ」 閻魔大王の声も、なんだか力がなかった。 「……エレナの料理は、そんなにヤバかったのか」 たしかにあいつは、料理が下手だったなとアズラエルが口を挟むと、カレンが弱々しく首を振った。 「ちがうよ。エレナはね、砂糖と塩を、入れずにはいられないんだよ……」 「ああ。いきなり血圧があがって、病院に運ばれてもな」 「びょういん!?」 ルナが叫んだ。 グレンの解説によると、エレナは一度、みずからの塩分糖分過多の食事のために、調子を悪くして病院に搬送されたことがあるという。 「エレナじゃなくても、だれかが倒れてたよ。あんな食事続けてたら」 「だれか止めなかったの」 クラウドの当然の疑問には、セルゲイが答えた。 「止めたよ? でもね、エレナちゃんは、カレンが言うように、砂糖と塩を入れずにはいられないんだよ」 カレンが横で、重々しくうなずいている。 「もうほんとに、味付け濃〜くしないと気がすまないの。不思議だよね」 「エレナは、『栄養とらなきゃ、栄養とらなきゃ』っていってたからな。味付けが濃ければ、栄養が取れてると思ってたんだろうな」 「グレンは、びんぼうしょう? ってゆってたよね」 「余計なこというんじゃねえよジュリ」 「産婦人科の女医さんに注意されて、やっとやめたよね。それからは、エレナちゃんもあまりつくらなくなって。『あたしが作ると、味付け濃くなっちゃうから』っていって」 「そう、あかちゃんにわるいよってゆわれて、やっとやめた……」 「エレナ、魚焼こうとして、あやうく火事にしかけたしね……」 「ゆでたまご破裂させるのって、ルーイだけじゃなかったんだな……」 「煮物はぐちゃぐちゃだったね」 「L53に行けばきっと大丈夫だよ。ルーイのお母さんは料理上手だという話だから、きっとエレナちゃんも覚えるよ。いままでの失敗は、エレナちゃんにただしい料理を教えられる人が、周りにいなかったせいだからね……」 |