エレナと暮らしていた四人は、あのころの食事を思い出して、しばし沈黙した。さすがのジュリも、エレナの手料理を思い出すと、気が遠くなるらしい。

エレナが病院に搬送された後は、ルナがはじめてセルゲイと出会ったときに連れて行ってもらった店で、ほぼ三食とっていた、以前の生活にもどったそうだ。

食卓は一時、シーンと沈黙したが、ピエトの元気良い「おかわり!」の声に、おとなたちははっと正気にかえった。

 

「あ、おかわりね、はいはい。ごはんならまだあるよ、いっぱい炊いたから……」

 ルナがそう言って立つと、

 「おかわり!」

 「おかわり!」

 「あたしもおかわりー!」

 「おかわり」

 グレンとアズラエルと、ジュリとカレンがごはん茶碗をルナに差し出した。

 

 「そんなに一斉に手を出したら、ルナちゃんが困るだろ」

 セルゲイが、自分のごはん茶碗と、カレンとジュリのを持って立った。ルナはクラウドとピエトの分を。遅れてミシェルが、アズラエルとグレンの分の茶碗を持って、炊飯ジャーに殺到する。

 ルナがみんなの分をこんもりと茶碗に盛りつけていると、カレンがみずから立ってキッチンに来て、味噌汁のおかわりを椀によそう。

 

 「ルナ、マジ美味い味噌汁。最高、マジ最高。塩加減もちょうどいい。しょっぱくない、出汁きいてて、マジうまい。涙でそう。いやむしろ出てる」

 「あ、ありがと……」

 「カレンー、あたしにもおみそしるちょうだいー」

 「俺も」

 「自分でやりなさい。セルフサービスだよ」

 セルゲイが窘めるのに、グレンとジュリも仕方なく立った。アズラエルとピエトも並んだ。味噌汁のなべの前に順番待ち。一般庶民のキッチンで順番待ちの列ができるとは。ルナは、口をぽっかりとあけた。

 

 「ルナちゃん、私の分ある?」

セルゲイの質問には、ルナが口をぽっかり空けたまま、ぷるぷる首を振るのがこたえだった。

ごはんは辛うじて、全員分間に合ったが、さいごのアズラエルで、味噌汁は消えた。すっからかんに消えた。

 「やれやれ……味噌汁も全滅か……」

 セルゲイの呆れ声のあとに、「ルナちゃん、味噌汁残ってる?」とクラウドがなべを覗いたが、肩を落としてテーブルに戻って行くことになった。

 

 「ごはんは一升炊いたんだよ? おみそしるも、一番おっきななべでつくった! ハンバーグはひとり三個! めだまやきも欲しい人には二個! サラダは大皿! ……なんでたりなくなったんだろう」

 「需要に対して、供給が追い付かなかっただけさ」

 ルナの叫びに、グレンが物足りなさそうに言った。デザートには、ミシェルがK05区でおみやげに買ってきた餡菓子が、ひとり一個配られたが、トラは一口でのみこんでしまった。

 

 「一升炊きの炊飯ジャーが、二個いるよね」

 カレンが指を二本たててみせた。

 「今日はウチの持ってきたけど、ルナのも、ミシェルのも、最大五合だろ?」

 「クラウド、けっこう食べるんだよね」

 ミシェルもお茶を飲みながら嘆息した。

「あと、でかいなべ。さっき味噌汁入ってたなべの倍のおおきさはいるよね。午後から、買ってくるか」

 「食材の買い出しもね」

 クラウドも、物足りなさそうな顔だ。

 「これからは、ルナちゃん一人じゃ買い出しは無理だな。毎回、荷物持ちがふたりはついていかないと」

 「まかせろ!」

 ピエトが元気よく言ったが、大人たちは換算していた。ピエトプラス二人だ。

 

 「まあ、私たち六人で一升炊きを空にしていたからね。アズラエルたちもくわえて一升じゃ、足りなかったわけだ」

 「一升!? 消えてたの!?」

 セルゲイの言葉にルナが絶叫すると、カレンが笑った。

 「消えてたな。でもまあ、家で食べるときは、おかずが少なかったからね」

 「なっとうと、おみそしるばっかり! あとふりかけ!」

 ジュリが、それがかたきの名でもあるかのように叫んだ。

 「……味噌汁、ルナが作ってくれたみたいに、手製の出汁なんか入ってなかったなあ……」

 カレンはふたたび目を潤ませた。

 

 「……おまえら、ルナのメシ目当てに来たんじゃねえだろうな」

 アズラエルの唸り声に、ジュリは正直に頷き、セルゲイとカレンとグレンは、

 「まあ、それもある」

 と声をそろえた。

 

 それにしても、まあたいした食欲だ。

 カレンが持ってきた一升炊き炊飯ジャーで炊いた米がひとつぶ残らず消え、大鍋でつくった味噌汁も消え、ハンバーグは一個も残らず、サラダも野菜くずひとつ残らず消えた。

 ルナはあきれてボケウサギだ。

 

 アズラエルが突っ込んだとおり、彼らの本来の目的はルナのメシ――ではなかったかもしれないが、おそらくこの流れでは、これから食卓をいっしょに囲むことになるのだろう。

 アズラエルはいろいろとあきらめた。

 おそらく、グレンも夜間のバイトや付き合いがあればこの席にはいないだろうし、アズラエルたちも、外食と半々で生活してきた。これからもそうなることは違いない。

 ルナの負担にならないのだったら、目を瞑ってやろうと、このライオンにしては、おおらかにものを考えていた。

 なんとなく、彼らが引っ越してきた意図も、分かっていたからである。

 

 「それじゃあ、グレンとセルゲイがお米買ってくる。カレンとジュリとアズが、食材調達ね。ルナちゃんがメモ用紙に書いたものを買ってくること。で、俺とミシェルと、ピエトで、炊飯ジャーとなべを買ってくる。異存は?」

クラウドの指示に、ルナ以外、誰も反対意見はなかった。

 

 「あたしは?」

 「ルナちゃんは自由時間でいいよ。それとも、俺たちといっしょに行く?」

 クラウドが言った。

 ルナがご飯を作ってくれたので、あとの用事は皆に割り振ったのだろう。

 「ルゥ、おまえは休んでろ」

 アズラエルも言った。午前中の、ルナのパニック状態を見ていたからだ。さすがに、この人数分の食事を作るのは大労働だ。皆が皆、けっこうな量を食べるとなればよけいに。

 

 「買い物はあたしたちに任せといて、ルナはレイチェルちゃんたちとお茶にでも行ってきなよ」

今日はいい天気だよ、とカレンも言う。

「ええ〜、ルナちゃん、いっしょに買い物いこうよ」

「ジュリ、ルナに休憩ぐらいあげなよ」

「じゃあ、俺と行くかルナ」

「てめえといっしょに行かせるくらいなら俺が連れて行く」

「なんだと……」

「グレン、アズラエル。ケンカするごとにおかわりが一膳ずつ減るっていう罰則はどう」

閻魔大王の容赦ない裁きに、猛獣二匹は口をつぐんだ。

ルナはぽかっと口を開けてボケウサギ面をしたが。

 「あ、ううん。じゃあ、あたしはあたしで、おかいものにいってくる」

 と同行を断った。

 

 「じゃあ、俺、ルナと一緒にいく!」

 「あたしも!」

 ピエトとミシェルが手を挙げたので、クラウドが抗議した。

 「そうしたら、俺がひとりになっちゃうけど……」

 クラウド一人で炊飯ジャーとなべいくつかは、大変だ。

 「しょうがねえな。俺が一緒に行ってやるか」

 グレンの言葉に、セルゲイが、

 「私ひとりで、米俵五つ担いで来いって言うの」

 

 皆の視線は、アズラエルに集まった。おもにアズラエルの筋肉にだ。

 「わかったよ! 俺が米買いに行けばいいんだろ!」

 

 結局、米担当はセルゲイとアズラエル、食材はカレンとジュリ、炊飯ジャーはクラウドとグレンになった。