「当分のメシ代、四人分、これだけで足りるか」

 「……私たち、食べるからねえ」

 食費用の財布に、グレンが札束を詰め込もうとしているのを見てルナがあわてて止めたが、子ウサギの手が届かないところでそれは決行された。

 「アズ! アズ、なんかいっぱい入ったの! いっぱい!」

 「いいから、金持ち坊ちゃんには貢がせとけ」

 アズラエルは取り合わない。

 「騒がせ賃だと思っとけ。迷惑の度合いを考えたら、それじゃ足りねえよ」

 「ンだとコラ……」

 「グレンとアズラエル、ごはんマイナス二膳ね。それともふたりの頭上に雷落とせば、すこしはおとなしくなるのかな」

 セルゲイの笑顔にもだんだん黒雲が差してきたので、ふたりはケンカを正式にやめることにした。

 

 「そんじゃ、ルナ、ごちそうさま! 買い物に行ってきます!」

 カレンたちがバタバタと立ち、食費用の財布を受け取って、部屋を出て行った。

 ルナとミシェルとピエトは、「いってらっしゃーい!」と声を揃えて見送った。

 

 「よし、じゃあ、片付けるかな」

 残ったセルゲイが腕まくりし、グレンとアズラエルもいがみあいながら皿をキッチンに運び出す。

 「え? いいよ、あたしやるよ」

 ルナがあわてて言ったが、

 「料理は作れなくても、片付けくらいできるさ。ルナちゃんたちは座っていて」

 セルゲイがいい、クラウドも目配せしたので、ミシェルがルナの袖を引っ張った。

 「じゃあ、買い物行ってこようよ」

 「いいよ、行ってきても。四人いれば、すぐすむさ」

 クラウドの言葉にシンクのほうを見ると、グレンが袖を捲ったたくましい腕をシンクに突っ込んで、皿洗いをはじめていた。

 「じゃ、じゃあよろしく! 行ってきます!」

 ルナはピエトを連れて、ミシェルといっしょに部屋を出た。

 

 

 

 「なんかさ、あの四人がキッチンに立ってるのって」

 「うん、冷蔵庫がよっつあるみたいだったね」

 ルナとミシェルとピエトは、でかい図体が四人もキッチンにひしめいていた光景を思い出して、笑いあった。広いキッチンが、妙に狭く感じた。

 「俺もあれだけ大きくなる!」

 セルゲイくらいおっきくなるんだ! とピエトは主張した。

 「ピエトはなるかもね。よく食うもん」

 ミシェルは、「ほんとにあんた、病気なの」と呆れた声できいた。

 

 「たぶん俺、病気なんだよな」

 ピエトも、よく分からない顔で言った。

 「でもよ、ルナのところに来てから、ぜんぜん胸がいたくならねえし、咳もあんまりでなくなった。まえは、腹が減らねえこともあったけど、今はへる。ルナのメシが美味いから!」

 ピエトはまた母親泣かせの台詞を吐いたが。

 ピエトの病気がよくなっているのはたしかだと、ルナも思った。顔色もいいし、だんだん肉付きも良くなってきた。太ったというのではなくて、やせて骨と皮だったからだが、通常の体躯にもどりつつあるのだ。

ルナたちと暮らすようになってから、ルナが見張っているので、薬も一日三回、決められた時間に飲むし、毎日遅くなっても十時には就寝の、規則正しい生活もさせている。お風呂も毎日入らせて、清潔にし、完璧にとはいかないが、ルナもなるべく栄養バランスをかんがえて食事を作っていた。

 ピピが亡くなったころや、ルナたちと出会うまえは、さみしかったせいで、食欲も落ちていたのだろう。でも今は、ピエトの笑顔を見ることが多くなった。友達もできたそうだし、ルナが心配した、学校生活もわるくはなさそうだ。

 

 「そういえば、もうすぐ定期健診だね」

 「うん」

 ピエトは道端の石を蹴りながらつまらなそうに言った。

 「俺、もう病気治ったんじゃねえかなあ」

 「よくなってるとは思うよ。でも、お医者さんには診てもらわなきゃね」

 「だいじょうぶだよ。あんたは、どう見ても病気には見えないから」

 ミシェルの言葉はもっともだった。

 

 「あんたもだけど、グレンたちの食欲もはんぱないよ」

 「このあいだララさんからもらった五億デルが、食費で消えそうだね」

 ルナのつぶやきに、ミシェルが驚き顔で言った。

 「いや、消えそうだけどさ。まさかアレ、食費につかおうと思ってんじゃないよね?」

 ルナのつぶやきがあまりに深刻だったのでミシェルはあわてて聞いたが、ルナもあわてて首を振った。今のは冗談だ。あの五億デルを今つかう気はない。

 

 「まさか! あれは、よくよく考えてから……。第一、あれはあたしだけがもらったものじゃなくて、ミシェルにもくれたものでしょ。あたしが勝手に使えないよ」

 「え? べつにあたし、いらないよ?」

 「ミシェルはそういうと思ったよ。でも、たぶん、きっといつか、必要になる日が来るんだよね」

 「必要になる日かあ」

 「あたしね、一瞬だけ」

 ルナはぼそぼそと言った。

 「真砂名神社にあげようとおもったのもほんとだけど、――ちょっぴり、ツキヨおばーちゃんに、宇宙船のチケット買ってあげようかと、そうおもったの」

 ミシェルが、手を叩いた。それだ! とでもいうように。

 「それいいわ! それ、いい考えじゃない?」

 

 「ツキヨおばーちゃんって誰?」

 ピエトの質問は当然だった。ピエトは、ツキヨのことを知らない。

 「えっとね。あたしの家の近所に住んでるおばーちゃん」

 「ルナのばーちゃん?」

 「ううん。あたしのほんとうのおばあちゃんではないけど、ほんとのおばあちゃんくらい、仲がいいおばあちゃんなのはたしかだよ。ツキヨおばあちゃんは、地球生まれなの。一度地球を出ちゃって、この宇宙船に乗らないと帰れなくなっちゃったから、チケットを……」

 「じゃあ、そのツキヨばーちゃんっていうのは、純粋な地球人なんだ」

 「え?」

 思いもかけないことを言われて、ルナとミシェルは顔を見合わせた。

 「L系惑星群にいる地球人は、もう純粋な地球人は一部にしか残ってねえってじっちゃんが言ってた! ルナたちは、だいたい地球人とラグバダと、アストロイのミックスなんだろ」

 「アストロイ?」

 「ルナたちって知らねえこと多いんだな。ルナたちの先祖は、メルーヴァがラグバダの戦士と結婚したから、イシュメルはみっつの惑星ぜんぶの血を引いて……」

 

 「ちょ!? ピエト、なにその話!?」

 ルナがピエトの肩をつかんで身を乗り出したので、ピエトはびっくりしたが、得意げに胸を張った。

 「マーサ・ジャ・ハーナの神話、知らねえの? ルナ。知らねえなら、俺が教えてやるぜ?」

 

 「マーサ・ジャ・ハーナの神話?」

 ミシェルが不思議そうにつぶやいた。

 「あたし、マーサ・ジャ・ハーナの神話読んだことあるけど、メルーヴァとか、イシュメルなんて神様が出てくる話は、読んだことないよ」

 メルーヴァって、あのメルーヴァ? とミシェルが不可解な顔をする。

 ルナはわたわたと落ち着きなくぺたぺたし、手をぱたぱたさせてミシェルとピエトを交互に見つめ――やっと身動きをやめた。

 「ちょ、ま、うん――ピエト。あとでその話教えて。ピエトが知ってるやつ、ぜんぶ教えて。できれば、クラウドもいるときに」

 「え? クラウドも知らねえの?」

 あの、ものすごく頭が良くて、物知りのクラウドも知らないことを、自分だけが知っている。ピエトは、とてもうれしげな顔になった。

 「いいぜ! 俺、ちゃんと覚えてるからな、教えてやる!」

 「う、うん――お願いね!」

 「そうと決まったら、はやく買い物行こうぜ! はやく帰って、お話しするんだ!」

 「そうしよう!」

 

ルナとピエトとミシェルは、リズン公園入口のシャイン・システムで、一気にK12区に飛んだ。ピエトもシャインには初乗りであり、一瞬でついたK12区のビル群を見て、口をぽかっとあけたことは、言うまでもない。