「あれ、どうしたのカレン」

買い物に行くと言ってでかけ、五分も経たずにカレンは一人で帰ってきた。

「ダメだ。人手足りねえ」

カレンはメモをセルゲイの前に突きつけた。

「こんな量、どう考えてもあたしとジュリ二人じゃ無理だ。セルゲイも来て」

「わかった、じゃあ、お米はあとで行こう。食材を買った後に――ジュリちゃんは?」

「リズンで、学校の友達みつけて、そっちに一目散に走ってった。……ジュリの手助けは、今日はないと見ていいね」

「仕方ないな」

セルゲイは嘆息した。

 

カレンも食器を片づけるのを手伝い、休憩とばかりに、おとなたちは五人そろってエスプレッソを片手に、テーブルに着いた。

 「あんたたち、ずいぶん優雅な生活してたんだね」

 おいしいエスプレッソに舌鼓をうちながら、カレンがうらやましげにぼやく。

 「美味しいごはんが黙ってても出てきてさ、食後にのんびり、コーヒーブレイクだなんて」

 「エスプレッソマシンくらい、どこにでも売ってるだろ」

 アズラエルの台詞に、カレンが食って掛かる。

 「分かってねえなあ! エスプレッソマシンはついで! ついでだよ! あたしが言いたいのは主においしい食事がってことで!」

 「私たちは、どことなく、毎日の食事は栄養補給の手段って感じで。ほとんど外食か、あるもの食べてすませるって感じだったからね」

 セルゲイも言った。

 「そうだな。エレナとジュリが住むようになってからだな。一緒に食卓囲むようになったのは。それまでは、メシは好き勝手に食ってた」

 

 「そうだよね。……でも、なんだか」

 カレンが俯いた。

 「なんだか……楽しかったな」

 

 皆が、おどろいた顔でカレンの横顔を見たが、セルゲイだけはふっと相好を崩してカップに口をつけた。

 「ところで、やっぱりここに引っ越してきたのは、ルナちゃんが理由なの?」

 クラウドが、微妙な空気を感じ取って、話題を変えた。カレンの様子は変わらない。さみしそうな顔でうつむいたのは、錯覚だったかのようだ。

 

 「そうだよ、ほんとうは一ヶ月前あたりから、計画してたんだ」

 「一ヶ月前?」

 アズラエルの問いに、セルゲイがこたえた。

 「うん――というよりも、マルカに行ったときからね。グレンと話はしていたんだ。やはり、私たちもルナちゃんのそばにいたほうがいいねって」

 「……」

 「アズラエルには邪魔に思われるかもしれないけど」

 「邪魔だけどな、実際」

 アズラエルの言葉に苦笑しつつ、セルゲイは続けた。

 

「ルナちゃんがマルカに降りたとき、連絡を貰えたのは、事前にカザマさんたちに、ルナちゃんがほかの惑星に寄るときは教えてくださいって言っておいたからだ。そうでなければ、ルナちゃんがマルカに降りたことすら知らずにいたわけだよ。私の担当役員のタケルにとっても、グレンのほうの、チャンさんにとっても、我々は基本的にはお客様だから、ルナちゃんのことに、関わらせるわけにはいかないわけだ。――本当のところは」

「――ま、それは当然だろうね」

クラウドは頷いた。

「わたしのルナちゃんセンサーとやらは、ほんとにアテになるかどうかなんて分からないし、ルナちゃんに危機が迫ったとき、すぐ駆けつけられないのは嫌だから、」

 「ちょ、ちょっと待ってセルゲイ――」

 メルヴァ関連のことは、カレンには話していない。クラウドがあわてて止めたが、カレンが呆れ声で遮った。

 

 「知ってるよ、もう。ルナがメルヴァに命を狙われてるとかいうことだろ」

 

 「おまえら、コイツに言ったのか!?」

 かん口令が敷かれるほど信憑性のある話ではないが、簡単に話していいことではないだろう。アズラエルがグレンとセルゲイを睨んだが、

 「ったく、水くせえよなあ。あたしだけ仲間外れだなんて。グレンからもセルゲイからも聞いていないよ。この話は、ララ経由で入ってきたの」

 「ララだって?」

 クラウドが聞きかえした。

 「クラウドあんた、ララのそばに侍ってたっていうわりには、アイツのこと何も知らないんだね」

 カレンの笑いに、クラウドは顔を覆った。

 「やめて……! 俺の黒歴史をほじくり返さないで……!」

 クラウドにとっては、よほどダメージの大きい過去らしい。おなじくほじくり返されたくない過去を持つカレンとしては、そのネタでいじるのはやめてやることにした。

 

 「……ララってのは、実のところ、何者なんだ?」

 

 グレンの、実に率直な質問だった。カレンは「どこから聞きたい?」と焦らした。

 クラウドもアズラエルも、ララと関わりを持っていたが、その実、なにも彼のことを知らないらしい。

 だが、それももっともなことだとカレンは感じていた。

 

 「ララ――本名は、アイザック・D・ヴォバール。E.C.Pの有力株主の一人で、ヴォバール財団の、実質上トップだ」

 

 「ヴォバール財団だって!?」

 意味が分かり、おどろいたのはクラウドだけで、ほかの三人は無反応だった。

 「ほかに、表向きの肩書で有名なのは、世界遺産保護団体と、芸術協会の理事――L44で、高級娼館“ローレライ”を経営してる。本人もそこの高級娼婦だった。ララって名は、そのときのふたつ名だよ」

 「前身がマフィアの財団か――」

 「マフィアだと?」

 クラウドのつぶやきに、アズラエルが反応する。

 「ヴォバール財団は、かつてマフィアだったんだ。その名残で、傭兵斡旋仲介業もやってる。――あの、白龍グループ」

 「白龍グループがどうした」

 グレンも興味を示した。

 「白龍グループがヴォバール財団の前身か、それともヴォバール財団が白龍グループの前身か――とにかく、昔からふかいかかわりがあるって話だ」

 「白龍グループと関わってる財団か……」

 アズラエルが苦い顔をした。うさんくせえな、と吐き捨てたアズラエルだったが、ルナがここにいたなら、「アズがつくったマフィアじゃない!」とぷんすかうさこたんになっていたことは明らかだ。

 

 「ああ。白龍グループとヴォバール財団はつながってる」

 カレンも頷いた。

 「ララ本人は、L20の軍部高官にもしりあいがいる。あたしの母さんである、ミラ首相とも、知己だ」

 「ララがルナちゃんのために財団を動かしたって、こと?」

 カレンがあいまいに首を傾げた。

 「う、う〜ん……そんなおおげさな話じゃないだろうけど、メルヴァの逮捕に向けて、軍隊や調査隊をうごかすのに、財団がバックについたことは確かだよ。ララがあたしに話しをしてきたってのはね、ルナにボディガードつけてくれないかって話でね、」