「ボディガードだと?」 「あたしに話をしてきた時点では、ララはルナのこと、そう、よく知らなかったよ。メルヴァの件にうごいたのは、サルディオネやカザマさんに頼まれたから、みたいだけど、きのうの夜、血相変えて電話してきたんだ。なんだか知らんけど、ララ、ルナに会ったのかな? 急に話がおおげさになった。ルナを守るためにL20の特殊部隊派遣しろだとか、とんでもないこと言ってきやがったよあのオッサン」 「……」 「つかむしろアズラエルとグレン、ルナをあのオッサンから守れよ?」 「はァ?」 猛獣二頭は、何言ってやがるという顔をした。だが、次にカレンの発した言葉は、猛獣二頭の闘争本能に、みごと着火した。 「ララのやつ、相当ルナにイカれてるよ。あと、ミシェルちゃんにも。ふたりが可愛い可愛いって、電話口でうるさいのなんのって。――クラウド、ララってじっさいのところ、オス? メス?」 なんて聞きようだとセルゲイは思ったが、いまさらだ。クラウドは顔を覆ったまま、 「完全なる――オスです」 と告白した。 ララの素っ裸を見たことがあるのは、あいにくとこの中ではクラウドだけだ。 今この時ほど、クラウドが気の毒におもったことはないと、アズラエルは後ほど語った。 「じゃあ、やっぱヤバいよ。ララ、完全にあのふたりに惚れてるよ。――ララが髪切ったって、セレブ連中の間で大騒ぎでさ、」 「髪を切った?」 あの、足元まで擦るような長い髪をか。 「ああ――そっか、アズラエル、あんたしばらくムスタファのとこ行ってないもんね。きのうバーガスから届いた写メ、見る?」 カレンが携帯電話をいじって、写真を探す。 「もうララ様かっこいい、素敵だって、女どもがすごい騒ぎだって。バーガスも最初見たとき、ララだって分かんなかったって、――ほら」 男三人は――セルゲイ以外――携帯画面に殺到した。 「だれだコイツ!?」 アズラエルの叫びは無理もなかった――画面には、とてもララとは似つかない、ふつうの男――ふつうというよりイケメン寄り――がいたからだ。 あの、足元まであったような長の黒髪はあとかたもなく短い髪にセットされ、いかにも御曹司然としたすがた。シャツの襟元が緩んではいるが、茶褐色のスーツ姿で、ドレスではない。五十すぎのジジイには見えなかったが、ただの三十代後半の美男子だ。化粧もしていないララの素顔など、クラウドもアズラエルも初めて見た。 「――意外と、普通の顔だね」 クラウドの感想は、化け物が人間の姿をしていたことに驚いたという類のものだ。 「ララの変貌ぶりにはみんなびっくりしてさ――話によると、願掛けがかなったから髪は切った、とか言ってるそうで」 「……」 「本名は公表してなくて、ララのままだけど――男に戻ったのって、ルナとミシェルちゃんに会ったせいなんじゃない? つかあいつもともと男――え? いや、どっちなの? 生誕時はどっち? まあ、どっちでもいいや。とにかくもう、この話題で持ちきりらしいよ。あのセレブ住宅地あたりじゃあ――」 「だから俺、言ったじゃないかアズ!!」 クラウドが悲鳴のような声を上げた。 「ミシェルもルナちゃんも――ララに会わせるのは反対だって!!」 「――完全な盲点だったぜ」 アズラエルも絶句した。 ララは美しい若者も可愛らしいお嬢様も好むが、そこに芸術的才能がひとかけらもなければ、興味は示さない。クラウドがララのベッドに上がれたのは、もと心理作戦部という役職の特異性にララが興味をしめしたのと、クラウドが、美男の中でもとりわけ美しい容姿をしていたからだ。 まさか、まさか。 芸術的才能もなく、アズラエルにとっては可愛いが、容姿も平凡の域を出ないルナが、ララのおめがねにかなってしまうなんていうことは――。 「冗談じゃねえぞ!!」 アズラエルも吠えた。 「ララなんぞに手を出されてたまるか! あいつにルナを食われるくらいなら、おまえらに食われた方がまだマシだ!」 アズラエルとしては、おもわず口から出た言葉だった。 「え? ならくれよ。俺に、」 「私がもらうよ」 グレンとセルゲイは聞き流さなかった。アズラエルは失言を後悔した。 「だれがやるか!!」 「とーにーかーく!!」 カレンがどうどう、と両手を広げた。 「ルナがメルヴァに狙われてるだなんて――あんたたちも、マジで信じてるわけじゃないんだろ?」 とたんにアズラエルたちは沈黙した。揃いもそろって、全員。 「――え? まさか、信じてるわけ? あんたたちが?」 カレンは、ルナがメルヴァに命を狙われているという話より、そんな話を、大の男が四人も集まって信じているということに驚いたのだった。 「だって、それってL03の予言師とやらが予言しただけって話で、メルヴァがルナを名指しで暗殺予告したとか、そういうのじゃないんだろ?」 「……」 アズラエルですら無言で、あっちのほうを向いている。 「メルヴァのいる場所すらつかめてない今だよ? メルヴァの部下がこの宇宙船に乗り込んできたりとか、ルナが一度でも命の危機にあったとか、そういうわけでもなく――」 「命の危機に遭ってからじゃ、遅いだろうが」 グレンが苦すぎる顔でぼやいた。 「そりゃそうだ。だけど、そんな信憑性のない話、あんたたちが――」 「信憑性はない、たしかにない」 クラウドが嘆息しつつ、言った。 「だけどね――カレンも、ルナちゃんとしばらく暮らしてみればわかるよ。彼女の身の周りに起きることは、信憑性がない、そのひとことで片付けられるような、単純な様相ではないってことさ」 アズラエルは、無言でクラウドを睨んでいた。カレンに説明する言葉を持たない彼は、押し黙るしかない。 「ルナちゃんが真砂名神社で、サルーディーバやサルディオネと出会ったこと、セルゲイのルナちゃんセンサー、どれもが理屈では説明のつかないことばかりだ。本来ならルナちゃんは、レイチェルたちのように、平和な星で生まれ育った平凡な子で、ここに来たって平和な生活を過ごしているはずなんだよ。いくら恋人がアズラエルだからって、――いや、俺は、ルナちゃんの恋人がアズラエルってことも、ルナちゃんのカオスを説明できる一要因だとおもう」 「クラウド、あんたの説明、難しすぎる」 カレンが顔をしかめた。 「つまりはさ、カレン、君自身の、ルナちゃんとの不思議な縁も否定するのかってこと」 「え?」 「ふつうは、無理なんだ。どんなにルナちゃんが可愛くても、アズラエルの好みでも、いつものアズなら、たぶんルナちゃんに避けられた時点で諦めてた」 「――それは、否定できねえな」 やっとアズラエルは、ひとこと言えた。 「何度も言うけど、ルナちゃんは、レイチェルとおなじ平和な惑星の子だ。……いくら、この宇宙船がL系惑星群のすべての星から人間が集まるのだといっても、ルナちゃんみたいに家とスーパーの往復で日々を暮している子が、軍人と出会う確率が、どれだけあるとおもう。ルナちゃんは、K27区内をほとんど出たことがない。俺たちも、ふつうなら、このK27区なんて、用はない。おそらく、通り過ぎるか、宇宙船の中にいても来ることのない区画のひとつだったんじゃないかな?」 「そうだね。わたしもデレクがマタドール・カフェにいなければ、K27区に来ることはなかったと思う」 セルゲイも頷いた。 「日常というものは、一種、閉鎖的でワンパターンだよ。だれだって、生活パターンというものが決まってくる。ルナちゃんとアズの生活パターン、それはよほどのことがなければ交差しない――アズとルナちゃんの出会いは、いわばこれは、非常に特異な現象なんだ」 「出会いって、たいがい、そんなもんだろ……」 カレンの口を尖らせたぼやきは、フェードアウトした。 「カレン、君は?」 「え?」 「君がこの宇宙船に乗って、ふつうに暮らしていて、ルナちゃんと出会う可能性。出会ったとしても、友達になれる可能性――どれだけレアな確立だとおもう?」 「……」 カレンは、黙った。 |