「たしかにアズは、L18の男性だから、なかなかしつこいところはあると思う。でも、基本的に来る者拒まず去る者追わずだから、あれほどウジウジと諦められなかったことははじめてなんだ」 「ウジウジしてて悪かったな」 アズラエルは気分を害した。 「アズは、ルナちゃんのことはどうしても諦められなかった。これを運命の相手と、単純に片付けられるかい? アズはルナちゃんが好みには違いなかったが、つきあって上手くいくとは決して思っていなかった。それはそうだ。あまりに価値観の違う相手は、一緒に暮らしてみればうまくいかないことのほうが多い。だけど、ルナちゃんとアズはいまのところ上手くいってる」 「今のところだろ」 いつか破綻するさ、と笑ったグレンの後頭部を殴ったアズラエルの後ろの窓で、稲光が光った気がしたので、ふたりは睨みあうだけにとどめた。 「サルーディーバがふつうの子に話しかけるかい? 食事に誘う? 星賓にもなるサルディオネがルナちゃんをともだち扱いする、その現状をカレンはどう説明する? セルゲイのルナちゃんセンサーを、理屈で説明できるかい? ルナちゃんに、サルーディーバ記念館から絵が送られてきた理由は? ――ルナちゃんの周囲には、つねに理解しがたい現象が起こる」 「だから?」 カレンがイライラと足を踏み鳴らした。 「だから俺たちは、ルナちゃんがメルヴァに命を狙われているということは、まるっきり信じてもいないけど、うたがうこともできない、というわけさ」 「最初から結論を言えよ!」 「おまえはほんとにせっかちだな」 カレンの怒鳴り声に、アズラエルの呆れ声が飛んだ。 「でもまあ、クラウドの説明が回りくどいことは俺も認めるが、だいたい、そうだ。俺もすべてを信じちゃいねえが、聞き流せる話でもねえってことだ」 「回りくどくて悪かったね」 クラウドは非常に気分を害した。 「まあ――分かったよ。とにかく、あんたらが盲信してるわけじゃないってことは分かった」 カレンは手をぶらぶら振り、長くなった話に打ち止めのサインを示した。 「ようするに、とっととメルヴァを逮捕できればいいってわけなんだろ」 「そうだな。単純に考えりゃ、そうだ」 アズラエルがうなずき、 「……L20の軍隊も、L25の特殊捜索隊も、やっぱりまだ、メルヴァを見つけられねえのか?」 と聞いた。 「ああ――見つからない」 カレンは、肩を落としてエスプレッソの残りを飲み干した。 「こんなに探しても見つからないんだからって、S系惑星群の方にも足をのばしてるけどね。ダメだね。そもそも、L03の研究家と王宮護衛官たちと、軍と捜索隊のトップが衝突してんだ」 「なんでまた」 「さっきのクラウドの話じゃないけど、理屈に合わないことと、合うこととの衝突さ。研究家とL03の王宮の人間は、メルヴァは特別な予言師だから、普通に探したって見つかるわけがない、捜索隊の行くところはぜんぶお見通しだって譲らない。じゃあどうすればいいんだっていう捜索隊に、メルヴァが出てくるまで待て、かならず姿を現すから、の一点張りで。おたがいにバカなこと言ってるって協力し合わない。泥沼なんだ」 「――あいだを取り持てる人物は、いないの」 クラウドの問いに、カレンは首を振った。 「いないって言ったほうが、いいね。……L20はこのあいだのエラドラシスの戦で、L03に根本的な恐怖を植え付けられちまって、L03に対する悪感情はうなぎのぼり。メルヴァの捜索の件でも、L03の言い分も理解して、軍事的観点からL03に、L20の立場や、やりかたを納得させられる指揮官が――逆も然り、だけどね――いればいいんだけど、なかなか、いないんだ」 「……」 「クラウドが言うように、あいだを取り持てる人間がいない。それってけっこう致命的だよ。L20にはL20のプライドがあって、L03にはL03のやり方がある。両方のことを熟知して、まとめられる人間がいないってのはね……、」 クラウドたちは押し黙り、テーブルには重い沈黙が流れたが、カレンがため息交じりに沈黙を破った。 「ここだけの話だよ。ほんとうかどうか、確信はないし、証拠はない」 と前置きして言った。 「だからこれは、ルナがメルヴァに命を狙われてるっていうのと同じくらい、信憑性の不確かな話だと思ってほしい」 「なにか、目新しい情報が?」 クラウドが身を乗り出した。 「これは、L20の心理作戦部と軍部のトップ、首相付近でしか周知されていない話だ」 カレンは、グレンを横目で見つつ、ためらいがちに口にした。 「――メルヴァの逃亡支援に、ドーソン一族が一枚噛んでるって話」 「なんだと!?」 ちょうどその一族の嫡男がこの場にいた。 「シエハザール・A・マハーバート。メルヴァの側近で、懸賞金三十億デルのもと王宮護衛官」 「知ってる。メルヴァの側近中の側近で、乳兄弟だって――」 「ヤツが、心理作戦部A班に出入りしていたって情報がある」 「なんだって?」 「考えてもみなよ。メルヴァがL系惑星群の指名手配犯になってから、メルヴァの顔写真は全土にちらばって、ふつうの革命家だったら、もうとっくにつかまってる。メルヴァの不思議な力どうこうより、L20は、メルヴァのバックに有力な組織がついているとみてる。最初から、その線で追っていた。出て来たのがこれだ」 「なんでドーソンが、メルヴァを支援する……?」 理解しがたい顔で唸ったのは、当の嫡男であるグレンだ。 「それは知らない。だけど、そうでなければ説明がつかない部分も多々あるのさ。たとえば、メルヴァが惑星間を移動するための宇宙船――」 「――そうだね。民間の宇宙船には当然乗れないし、モグリのそれも、危険といえば危険だ。すでにメルヴァ達には法外な懸賞金がかかっている」 モグリの宇宙船を運行しているのは、原住民の一部や傭兵組織、マフィアなどだ。メルヴァ達にかけられた懸賞金を目当てに、警察に引き渡さないとも限らない。モグリの業者をつかうのは危険だろう。 だとすれば、やはりカレンの言うように、おおきな組織がメルヴァを匿い、支援していると見ていい。 「ドーソンが裏で手をひいている、か。考えなくはなかったけど……」 「おまえ、そんなこと考えてたのか!?」 グレンが心外だと言う顔で叫んだが、クラウドはそれを無視して言った。 「ああ、それはひとつの可能性に入れていた。なぜなら、L系惑星群の各地で戦火がひろがれば、その分、L11の監獄星にいるドーソン一族のトップたちを、呼び戻せとの世論も大きくなるからさ」 「――あ」 カレンが、ほんとうに「あ」という顔でクラウドを指さしたまま固まった。 「メルヴァがL4系やL8系の原住民過激派を先導して、戦争の火種を大きくした――メルヴァが戦火をあおればあおるほど、L系惑星群の民の危機感はつよくなる。すなわち、監獄星に捕らえられているドーソンの幹部たちを呼び戻さなければならなくなる。――彼らを更迭したために、今L18は大混乱をきたして、L4系や8系の戦乱を抑えきれなくなっているわけだからね。L18にのこったドーソンの者たちが、それを謀ったとしてもおかしくはない。メルヴァにどんどん戦火をあおらせ、世論をつよくする。ドーソンの幹部たちを呼び戻せという方向に」 「……」 「監獄星の幹部たちが戻される、か。……L系惑星群の危機だからね。その可能性もなくはないよね」 カレンの深刻な呟き。グレンは唸ったまま腕を組んでだまってしまった。 「それに、ドーソンがバックについているなら、メルヴァはもうL系惑星群にはいないということも考えられるんじゃないのかな」 「うん――そうも、考えられるよね」 同意はしたが、カレンはその先を続けなかった。クラウドの言葉を、神妙に考え込んでしまったのだ。 セルゲイが、椅子に貼りついてしまった腰を上げる。 「むずかしい話はそのくらいにしておいて、買い物にいこう。雨が降ってきてしまうよ」 さっきの稲光はまぼろしでもなく、セルゲイのいたずらでもなかったようだ。ゴロゴロと不穏な音がし、こころなしか曇ってきたように見える。 「ほんとだ。早くいかなきゃ、ミシェルたちが帰って来ちゃうな。どうする? 食材を先に買いに行く? それとも米?」 クラウドの言葉に、グレンが「……そのことだけどよ」と小さく言った。 「米って、電話すれば届けてもらえるんじゃねえか?」 「「「「あ」」」」 グレンをのぞく四人は、間抜けな声をあげて固まった。 |