「――え? バリバリ鳥?」 その会話は、夕食時にはじまった。 「うん、この肉バリバリ鳥に似てる。でもちがうってルナが言ってた」 ピエトのバリバリ鳥という言葉に反応したのは、セルゲイだった。 今日の夕飯はカレーライスだ。K12区の食料品売り場で、牛肉が安かったので、ルナは塊で購入してきた。あとは野菜がたくさん入ったマカロニ・サラダとコンソメスープ。そしてアズラエルがつくった、正体不明の鳥の卵と野菜の蒸し物。このあいだ、カザマに教わったばかりのレシピ。 「バリバリ鳥ってなに?」 ピエトとなんだかすごく仲良くなったジュリは、昼と同じく、ピエトの隣にすわっていた。 「バリバリ鳥、知らねえのか。ジュリのいた星にはねえの?」 「あたし知らないなあ。あたしのいた遊郭では魚ばっかりだったもん」 「L85にしか、いねえ鳥なんじゃねえのか」 グレンが口を挟み、ピエトが「そうかもしんねえ」と言った。 「クラスのヤツ、だれもバリバリ鳥のこと知らなかった」 ピエトはスプーンでカレーをすくい、大口をあけて食べた。 「ちょっと辛くて、うめえ!」 ピエトの故郷は、寒い地方であるせいなのか、香辛料のきいた食べ物が多い。ピエトは辛くても平気だというからルナは甘口でなく、辛口のルーをつかったが、辛口カレーが、ピエトは大変お気に召したようだ。 「私は食べたことがあるよ」 意外なことを言ったのはセルゲイだった。 「バリバリ鳥だろ? たしかに牛肉に似てるかも」 「ええ? あたしバリバリ鳥なんて聞いたことない。L5系のレストランとかで出してるの」 カレンが聞いたが、セルゲイは否定した。 「いや。お義父さんがつくってくれたんだ、昔」 「エルドリウスさんがか」 グレンもおどろきを隠さない声で言った。 「うん。お義父さんが家にいるときは、よく振る舞ってくれたものだよ、バリバリ鳥のシチュー。ビーフシチューに似ていてね、バリバリ鳥の肉のほかに、たまねぎと、じゃがいもとセロリ、きのこも入っていたかな――たしか、血も入れて煮込むんだよね」 「ち!!」 そういえば、ピエトが初めてこの家でごはんを食べたとき、そんな話をしていた気がする。ルナだけが飛び上がったが、ピエトは椅子から立ち上がって、スプーンを振り上げた。 「そう! 俺たちの集落のいちばんのごちそうなんだ! 血はすごいいい匂いがするよ。甘いお酒みたいなにおい!」 「そう――そうだ。L19のスーパーでたまに売っているんだけど、スーパーだと肉と血はわけて売られていて、血の方は瓶に入って売られてるんだ。見た目は赤ワインみたいなんだよ」 セルゲイが懐かしいなあ、と言って目を細めた。 「ピエト、座って食え」 パパがピエトの背中をひょいと持ち上げて、椅子に座らせた。 「俺ントコじゃ、祭りのときにおっきい鍋でつくられて、みんなで食うんだ。でも、イモとかきのこは入ってたけど、せろり? ほかのは入ってなかった」 「バリバリ鳥って、宇宙船の中で売ってるのかな?」 ミシェルの素朴な疑問に、ルナが、 「K27区のスーパーでも見たことないし、K37区の市場にいけば、あったりするのかな? 今日、K12区のおっきな食材売り場のぞいてきたけど、バリバリ鳥っていうのはなかったよね」 ミシェルもピエトもおおきく頷いた。 「K33区とか、どうだろう」 クラウドが五分でたいらげたカレーのおかわりをよそいに、席を立ちながら言った。 「K33は、L系惑星群の原住民が暮らす居住区だ。ちかくの商店街に行けば、あるかも」 「……ありそうだな」 アズラエルもおかわりに立った。 「俺のほかにも、ラグバダ族がこの宇宙船に乗ってるの!?」 ピエトは食べるのをやめて叫んだ。思いもしなかったという顔だ。 「そりゃ、ラグバダ族はL85だけじゃないから」 クラウドは言った。 「L4系にも散らばってるし、L03にも多いだろ。タケルの話じゃ、今回L85から乗ったのはピエトたちだけだったとしても、ほかの星から乗ってるってこともある」 ルナは「おいしかったよ!」といって、謎の卵と野菜の蒸し物を、ピエトとグレンの皿にとりわけてあげた。ピエトは違和感なく食べたが、グレンは皿を見たとたん固まった。 「……K33区は、L系の原住民まとめて押し込んでるんだろ。部族関係なく」 「そのようだね」 グレンが、あざやかに蛍光ブルーの卵と、ピンクと緑と黒の野菜の蒸し物を、恐々と、フォークでつつきながら言った。カレンもクラウドも、その皿には手を付けていない。 「部族間の抗争とか、ねえのかな。過激派同士がぶち当たったら、ヤバいだろ」 「そこは、だいじょうぶなんじゃねえか」 アズラエルが「気味が悪いなら食うな」とグレンから皿を取り上げた。 「この宇宙船内の規則ってヤツはK33区にも平等だろうし、しずかなとこだったぜ」 「あんた、行ったことあんの」 カレンの質問にはイエスのこたえ。 「ああ。宇宙船に乗ったばかりのころ、ヒマ持て余して、あちこち周ってたんだ。で、K33区でひと晩泊まってきたこともある」 グレンが噴いた。カレーではなくビールを。カレーを噴き零してテーブルクロスにシミを作らなかったことだけでも勲章ものだ。 「傭兵が、よく原住民の巣に入り込んだよ……」 「いや、意外と気のいいやつばかりでな。俺も最初は用心してたんだが、部族間のあらそいもまったくないみてえだし。『ここはペリドット様がいるから、平和なんだ』って、皆、口をそろえて言ってた」 「ペリドット?」 「K33区の区長なんだと。なんでも、放浪癖のあるやつらしくて、滅多にもどってこねえんだが、やつの祈りが、区の平和を維持しているらしい。K33区じゃ、ラグバダもアノールもケトゥインも、ありとあらゆる部族が争うことはないって、」 「……そんなこと、あんのかよ」 ピエトがスプーンを持ったまま、ぼうぜんと言った。 「ケトゥインと、ラグバダが仲良くするだなんて、信じられねえよ……」 「まあすくなくとも、俺はアノールの野郎とラグバダの爺さんと、ケトゥインのおっさんと仲良く酒は呑んできたけどな」 「女っ気がないとこであんたが酒を呑んできたってことのほうが、あたしは驚きだわ……」 「うるせえよ、女もいたよ。マレの女に俺はモテモテだった」 ロビンと一緒にするなとアズラエルは吐き捨て、 「明日、行ってみるか、K33」 ルナとピエトに向かって言った。 「え?」 「お、おれ、行きてえ!」 ルナがいつもどおりワンテンポ遅れている間に、ピエトが返事をしていた。 「あたしも行きたい!」 ジュリが叫んだが、「あんたは明日、学校でしょ」とカレンに言われて、すごすごと引き下がった。ジュリは明日、校外学習で、K29区の科学センターを見に行くのだ。ジュリは科学センターを見に行くのもたのしみにしていたので、今日はゴネなかった。 「あたしも行きたいけど……明日から、おじいちゃんと絵を描くから」 ミシェルもうらやましそうに言ったが、真砂名神社のふもとで絵を描くことをたのしみにしていたのもたしかだ。せっかく今日、画材を買いそろえて来たのだ。 「私は行こうかな、ヒマだし」 「俺も」 「あたしも行く」 「てめえら、仕事入れろよ」 今、この場で言った時点で、この三人がついてくることは明白だったのだが、アズラエルはひとこと、嫌みを言わずにはいられないのである。 「うきゃあ!」 ルナの悲鳴。とつぜん、腹に響くような轟音が鳴って、またピカリと窓の外が光った。ルナがウサ耳を跳ね上げたまま、カチコチにかたまっている。 「すごい雷! びっくりしたあ」 ジュリも胸を押さえるしぐさをした。 雨がぽつぽつというリズムから、シャワーのコックを最大限に捻ったような降りになってきて、あっというまにスコールのような大雨になった。 「昼間から天気はわるかったからね」 セルゲイが、すごい雷だ、どこかに落ちたのかな、と他人事のようにつぶやいた。 「あした、だいじょうぶかな……」 川原で絵を描くのに、雨天決行はありえない。ミシェルは心配そうに窓の外を眺めた。 「今夜中には晴れるって言ってたよ、ニュースではね」 カレンがミシェルをはげますように笑った。 「明日雨降ってたら、あたしたちと一緒に行こうよ」 「うん……」 雨は一晩中降っていた。雷も明け方まで止むことはなく、その夜、ルナとピエトとアズラエルは、一番大きなベッドで、川の字で寝た。 ピエトは寝ているあいだもおもちゃを離さなかった。 梅雨の終わりを告げるかのような、盛大なひとばんだった。 |