きのうの豪雨が嘘のように空は晴れ渡っていたが、外に出るとふっと青いにおいがする。軒下にぽつぽつと滴が落ち、地面は濡れていて、のこった水気が、空気をしっとりと潤ませていた。 「お、おいしそ〜!!」 食卓に並べられた朝食は、カレンの目には朝露にかがやく陽の光そのものであった――すこし大げさ。 魚の干物を焼いたものと卵焼きにおひたし、お漬物とひじきの煮物が添えられ、あつあつのお味噌汁と、ごはんがそこにあり、カレンの目からは感動の涙が。 「ルナ! 愛してる!!」 カレンはルナに抱きついたが、「うひゃあ!」というルナの悲鳴も聞こえず、今度はルナのまえに並べられた弁当箱にくぎづけになった。 「何コレ!?」 ルナはカレンに後ろから抱きつかれたまま、なんとか体勢を立て直してタコさんウィンナーを弁当箱に詰めた。 弁当箱はみっつ。保温型のもので、ひとつは男性用なのか、大きめのラメ入りホワイトの弁当箱。あとふたつは、片方は青い花柄で、もうひとつはオレンジの花柄の、女の子用だ。 ルナは手早くウィンナーをつめ、温めておいたスープを調理台の方に取りに行った。 弁当の中身は、タコさんウィンナーに、唐揚げに、きのうの残りである、アズラエルのつくった謎の卵料理。エビのフリッターに、アスパラガスのベーコン巻き、プチトマト。 俵型のひとくちおにぎりが、女の子用はみっつ、男性用は六つはいっていた。 海苔を巻いたおにぎりは、青菜の緑や梅の赤と、カラフルだ。 ルナは熱いコンソメスープを水筒型容器に注ぎ、クルトンとパセリを散らして、やっと口をきいた。 「今日ね、ジュリさんが校外学習でしょ? おべんとうだって聞いてたし。ミシェルも絵を描きに行くから、持たせてあげようと思って」 「その白いのは、だれの?」 いつのまにかミシェルとジュリもルナのうしろにいて、ジュリが顔を輝かせていた。 「白い弁当箱はクラウドの、だけど」 そういったとたんに、ミシェルが「ええ!?」という顔をした。 「ルナちゃん! これ、あたしの!?」 「うん、ジュリさんの」 ジュリはこどもみたいに目をキラキラさせて、オレンジ色の弁当箱を持ち上げ、 「すっごく美味しそう! ありがとうルナちゃん!」 「あったかいまま食べれるからね」 ルナが言うと、ジュリは弁当を持ったまま、グレンの方にかけていった。弁当を見せびらかすためだ。 カレンがうらやましそうにそれを眺めて言った。 「今日、ジュリはその辺のスーパーかコンビニで、弁当買っていく予定だったんだよ」 「い、いつもできるわけじゃないけど、今日はちょうど、ミシェルの分も作る約束してたから……」 ミシェルが半分泣きそうな顔で、ルナの肘をひっぱった。 「(ルナ、あたし一人分でいいっていったじゃん)」 「(だって、クラウドの分なしって……ペナルティーにしてもかわいそうだよ)」 「(ちがうって、あたし、クラウド連れて行くつもりないんだって!)」 「(え!?)」 ミシェルの言葉には、ルナが飛び上がった。 「(ぜ、ぜったいクラウド、ついていくつもりでいるよ?)」 「(だから、弁当がなかったらあきらめるかもしれないでしょ!)」 「(い、いや〜? 無理だと思う……)」 「ふたりで、なにをこそこそ話してるの」 クラウドが皿を取りにキッチンにはいってきてしまったので、ルナとミシェルは内緒話をやめた。 「ルナ、俺の分は!?」 ジュリの弁当を見せびらかされた猛獣二頭は、やはりルナに詰め寄った。 「なんでジュリに作って、俺にはつくってくれねえんだ!」 「これ、温かいまま食えるんだろ!? つめたくねえんだろ? 俺の分はどうした」 つめたい食事がイヤなアズラエルは、そのせいで、いままでルナに弁当をつくってもらえなかった。だが愛妻弁当を食べたかったのは事実だ。それを解決する保温型の弁当箱に、彼は目の色をかえた。 「ふたりはきょう、K33区に行くんだから、おべんとうはいらないでしょ!」 「――あ、ああ。だけど、だけどだな、ルナ」 「もっともだ、べつに、おまえに負担をかけたいわけじゃねえ、だがな、ルゥ、」 ルナは二人の言いたいことが十二分に分かった。張り合いすぎてへんなところで子どもにもどる、このふたりの言いそうなことだ。 「ふたりのおべんとうばこも、ちゃんと買ってあります!」 ルナは戸棚から、クラウドと同じ大きさのもので、黒茶色の弁当箱と、シルバーの弁当箱を取り出してきた。 そしてセルゲイとカレンがなにかいうまえに、 「ふたりのもあるからねっ!」 と予告して、黒い弁当箱と、エメラルドグリーンの弁当箱も出してきた。 さいごに、ゼラチンジャーの絵がついた、女の子用とおなじ大きさのものも。 「ゼラチンジャーだ!」 ピエトが叫んだ。 さいごのそれは、ピエト以外の誰のものであるはずもないのだが、黒い弁当箱はセルゲイで、グリーンはカレンだ。 「ル、ルナちゃん、おべんとうまで作ってくれるつもりでいたの? あまり、無理はしなくていいんだよ?」 セルゲイがおどろいて言ったが、ルナはウサ耳をぴこぴこ、揺らしながら言った。 「いつもは無理。でもね、花見弁当は――時期が過ぎちゃったけど、――これからみんなで、公園でおべんとう、食べたくない――?」 弁当はいらないと言われたのかと思って、すこししゅんとしたルナに、セルゲイは、たちどころに焦り顔をこのうえない笑顔に戻した。カレンたちもドン引くほどの変わり身の早さだ。 「うん、ルナちゃんのおべんとう、食べたいな♪」 「ルナの弁当、食べたくないっていうはずないじゃんか!」 カレンが怒涛の勢いで叫んだ。 「いらないなんていうやつがいたら、あたしがそいつの分も平らげるから平気だよ!」 「まあ――余計だと思っても、ひとこと言わせてもらえるならな」 アズラエルが自身の弁当箱を持ち上げて、唸った。 「「なんで、コイツの分もあるんだ」」 グレンとアズラエルが同時にたがいを指して言ったので、朝からみんなで爆笑する羽目になった。 |