百一話 ラグ・ヴァーダの神話



 

 きのうの豪雨が嘘のように空は晴れ渡っていたが、外に出るとふっと青いにおいがする。軒下にぽつぽつと滴が落ち、地面は濡れていて、のこった水気が、空気をしっとりと潤ませていた。

 

 「お、おいしそ〜!!」

 食卓に並べられた朝食は、カレンの目には朝露にかがやく陽の光そのものであった――すこし大げさ。

魚の干物を焼いたものと卵焼きにおひたし、お漬物とひじきの煮物が添えられ、あつあつのお味噌汁と、ごはんがそこにあり、カレンの目からは感動の涙が。

 

 「ルナ! 愛してる!!」

 カレンはルナに抱きついたが、「うひゃあ!」というルナの悲鳴も聞こえず、今度はルナのまえに並べられた弁当箱にくぎづけになった。

 「何コレ!?」

 

 ルナはカレンに後ろから抱きつかれたまま、なんとか体勢を立て直してタコさんウィンナーを弁当箱に詰めた。

 弁当箱はみっつ。保温型のもので、ひとつは男性用なのか、大きめのラメ入りホワイトの弁当箱。あとふたつは、片方は青い花柄で、もうひとつはオレンジの花柄の、女の子用だ。

 ルナは手早くウィンナーをつめ、温めておいたスープを調理台の方に取りに行った。

弁当の中身は、タコさんウィンナーに、唐揚げに、きのうの残りである、アズラエルのつくった謎の卵料理。エビのフリッターに、アスパラガスのベーコン巻き、プチトマト。

 俵型のひとくちおにぎりが、女の子用はみっつ、男性用は六つはいっていた。

 海苔を巻いたおにぎりは、青菜の緑や梅の赤と、カラフルだ。

 ルナは熱いコンソメスープを水筒型容器に注ぎ、クルトンとパセリを散らして、やっと口をきいた。

 

 「今日ね、ジュリさんが校外学習でしょ? おべんとうだって聞いてたし。ミシェルも絵を描きに行くから、持たせてあげようと思って」

 「その白いのは、だれの?」

 いつのまにかミシェルとジュリもルナのうしろにいて、ジュリが顔を輝かせていた。

 「白い弁当箱はクラウドの、だけど」

 そういったとたんに、ミシェルが「ええ!?」という顔をした。

 

 「ルナちゃん! これ、あたしの!?」

 「うん、ジュリさんの」

 ジュリはこどもみたいに目をキラキラさせて、オレンジ色の弁当箱を持ち上げ、

 「すっごく美味しそう! ありがとうルナちゃん!」

 「あったかいまま食べれるからね」

 ルナが言うと、ジュリは弁当を持ったまま、グレンの方にかけていった。弁当を見せびらかすためだ。

 カレンがうらやましそうにそれを眺めて言った。

 

 「今日、ジュリはその辺のスーパーかコンビニで、弁当買っていく予定だったんだよ」

 「い、いつもできるわけじゃないけど、今日はちょうど、ミシェルの分も作る約束してたから……」

 ミシェルが半分泣きそうな顔で、ルナの肘をひっぱった。

 「(ルナ、あたし一人分でいいっていったじゃん)」

 「(だって、クラウドの分なしって……ペナルティーにしてもかわいそうだよ)」

 「(ちがうって、あたし、クラウド連れて行くつもりないんだって!)」

 「(え!?)」

 ミシェルの言葉には、ルナが飛び上がった。

 「(ぜ、ぜったいクラウド、ついていくつもりでいるよ?)」

 「(だから、弁当がなかったらあきらめるかもしれないでしょ!)」

 「(い、いや〜? 無理だと思う……)」

 

 「ふたりで、なにをこそこそ話してるの」

 クラウドが皿を取りにキッチンにはいってきてしまったので、ルナとミシェルは内緒話をやめた。

 

 「ルナ、俺の分は!?」

 ジュリの弁当を見せびらかされた猛獣二頭は、やはりルナに詰め寄った。

 「なんでジュリに作って、俺にはつくってくれねえんだ!」

 「これ、温かいまま食えるんだろ!? つめたくねえんだろ? 俺の分はどうした」

 つめたい食事がイヤなアズラエルは、そのせいで、いままでルナに弁当をつくってもらえなかった。だが愛妻弁当を食べたかったのは事実だ。それを解決する保温型の弁当箱に、彼は目の色をかえた。

 

 「ふたりはきょう、K33区に行くんだから、おべんとうはいらないでしょ!」

 「――あ、ああ。だけど、だけどだな、ルナ」

 「もっともだ、べつに、おまえに負担をかけたいわけじゃねえ、だがな、ルゥ、」

 ルナは二人の言いたいことが十二分に分かった。張り合いすぎてへんなところで子どもにもどる、このふたりの言いそうなことだ。

 「ふたりのおべんとうばこも、ちゃんと買ってあります!」

 

 ルナは戸棚から、クラウドと同じ大きさのもので、黒茶色の弁当箱と、シルバーの弁当箱を取り出してきた。

 そしてセルゲイとカレンがなにかいうまえに、

 「ふたりのもあるからねっ!」

 と予告して、黒い弁当箱と、エメラルドグリーンの弁当箱も出してきた。

 さいごに、ゼラチンジャーの絵がついた、女の子用とおなじ大きさのものも。

 

 「ゼラチンジャーだ!」

 ピエトが叫んだ。

 さいごのそれは、ピエト以外の誰のものであるはずもないのだが、黒い弁当箱はセルゲイで、グリーンはカレンだ。

 

 「ル、ルナちゃん、おべんとうまで作ってくれるつもりでいたの? あまり、無理はしなくていいんだよ?」

 セルゲイがおどろいて言ったが、ルナはウサ耳をぴこぴこ、揺らしながら言った。

 「いつもは無理。でもね、花見弁当は――時期が過ぎちゃったけど、――これからみんなで、公園でおべんとう、食べたくない――?」

 弁当はいらないと言われたのかと思って、すこししゅんとしたルナに、セルゲイは、たちどころに焦り顔をこのうえない笑顔に戻した。カレンたちもドン引くほどの変わり身の早さだ。

 

 「うん、ルナちゃんのおべんとう、食べたいな♪」

 「ルナの弁当、食べたくないっていうはずないじゃんか!」

 カレンが怒涛の勢いで叫んだ。

 「いらないなんていうやつがいたら、あたしがそいつの分も平らげるから平気だよ!」

 

 「まあ――余計だと思っても、ひとこと言わせてもらえるならな」

 アズラエルが自身の弁当箱を持ち上げて、唸った。

 「「なんで、コイツの分もあるんだ」」

 グレンとアズラエルが同時にたがいを指して言ったので、朝からみんなで爆笑する羽目になった。