さて、カレン曰く、神々しいまでにまばゆく、旨い朝食を平らげた後――だった。

昨日同様、四つの冷蔵庫――今朝はクラウドとカレンがチェンジした――がキッチンで皿洗いにいそしんでいる間、ミシェルが弁当箱をもったまま、口をとがらせてルナに催促していた。

 

「ルナ! たまごやきが入ってないよう!」

「あ、うん。だって、アズの卵料理入れたから、卵焼きはいらないかなって思って」

「ええー? あたしたまごやき欲しい。このアヤシイ青いたまごはクラウドの弁当に詰めちゃって! いつものあれ作って! 出汁入りのたまごやき!」

「しょ、しょうがないなあ……」

言いつつもルナは、冷蔵庫にストックしてあった、今朝つくったばかりの出汁に卵を割って、かきまぜはじめた。

 

「……やってくれるよね、ミシェル」

自分の弁当箱から、クラウドの弁当箱にむりやり青い卵の料理を移動させているミシェルを遠い目で見つめながらクラウドは、昨夜ぜったいに手をつけまいとしていた料理の外観に思いをはせた。

 

「気味が悪いなら、食うなっていっただろうが」

気分を害しているのは、その青とピンクと緑と黒が混在した料理をつくったアズラエル張本人である。

「見た目はアレだけど、おいしかったんだよ? この青い卵もチーズみたいな味して」

「見た目がアレすぎても、食欲は失せるものなんだよ」

ルナがフォローしたが、ミシェルは青い卵を全否定した。色の組み合わせがだいたい、よくなかったらしい。アズラエルも最初に見たときはひいたが、味は悪くなかったので、自分でもつくってみたのだが、評判はさんざんだ。

 

フライパンの上で卵生地をくるくると巻き、出汁巻卵を成型したルナは、まな板の上で均等に切り分けて、ミシェルのお弁当箱に入れた。

「もっといれて。いっぱい」

「ちょ、ぎゅうぎゅうになっちゃうよ?」

ミシェルは詰められるだけ詰めたいらしい。ルナは苦心して、なんとか三つ詰めたが、ミシェルはまだ詰めようとしている。

 

「う、……うまい!」

横からひょいと手をだし、つまみ食いしたカレンが立ちすくんだ。

「美味いけど、俺はもうすこし甘いのがいい」

グレンも言い、ジュリが、「ルナちゃん、あたしのにもいれて!」とすでにバッグに入れた弁当箱を持ち出してきた。

「あ、あたしの分なくなっちゃうよ!」

ミシェルはあわてて自分の弁当箱を保護した。ジュリは、卵焼きがもうないことを知ると、泣きそうな顔をしたが、次回はかならずたまごやきを入れた弁当をつくるとルナが約束し、その場はおさまった。

食べ物のうらみは、恐ろしいのである。

 

 

ルナがクラウドの弁当もつくってしまったがために、ミシェルの「クラウドは連れて行かない」作戦は水泡に帰したので、ミシェルは渋々、謎の卵料理をクラウドに押しつけ、画材道具のいっさいを持たせ、玄関先でスニーカーをはいた。

ミシェルの下僕と化したクラウドは、それでもこぼれるような笑顔だ。ひさびさに、ミシェルと二人ででかけられるから。

「いい? あたしが絵を描くの一秒でも邪魔したら、帰れっていうからね!」

「分かってる、分かってる。俺はミシェルの邪魔はしない」

「どうだか……」

それでも、弁当があるのでご機嫌なミシェルは、「いってきまーす!」と、元気よく出かけて行った。

 

「ジュリ、今日、いっしょにいかねえのか?」

「うん……今日は、学校で科学センターに行く日だから、遊べないの、ごめんね?」

きのう、ゼラチンジャーごっこに付き合ってくれたジュリは、今日は校外学習でいっしょにでかけられないし、遊べない。ピエトはがっかり顔を隠そうともせず、ジュリのTシャツの裾をつかんでいた。

「学校がない日に、また遊ぼうよ」

「……」

「ほらピエト、ジュリさんもでかけなきゃならないから、ね?」

「……」

こういうピエトの拗ねた顔を見ていると、やはり年相応なのだなとルナは思い、なんとなく微笑ましかった。

 

「ごめんね、ピエト、また今度ね」

カレンに、「また遅れるよ!」とせっつかれて、ジュリはあわてて玄関に向かった。今日は、学校からバスでK29区にむかう。学校に遅れてしまうことも多いジュリだが、今日は遅れたらみんなに迷惑がかかるから、ぜったいに遅れてはいけない日なのだ。

ジュリはおおあわてにあわて、弁当の入ったバッグをひっつかむと、行ってきますも言わず、飛び出していった。

 

「だ、だいじょうぶかな、あんなに慌てて……」

ルナは心配そうにつぶやいたが、カレンが、

「だいじょうぶだよ。最近はああやって、ひとりで学校に行けるようにもなったしね」

地図もある程度読めるし、バスの時刻表も見られるようになったよとカレンは笑った。

「あのジュリが、団体行動できるようになったってだけでも、感動ものだよ……」

カレンは目を潤ませていた。いや〜、ここに来てから、あたし、泣いてばっかりだよ、とルナに頬ずりしながら。

「ルナ、あたしにもお弁当つくってね! いっしょに公園で食べようね!」

「う、うん!」

カレンに力任せに頬ずりされて、ルナはもみくちゃになった。

 

「俺たちも出かけるぞ、K33区はけっこう遠いからな」

アズラエルが、すっかり片付いたキッチンからリビングに顔を出して言った。

K33区は、K05区と同じく北方面の、山のふもとだ。タブレットの地図を見ながら、アズラエルたち冷蔵庫は算段した。

「――K27区からなら、高速のって中央区はいって、そのまま北上だな、まっすぐ。で、K03からK33区に入るか」

道順で、猛獣二頭の対決は起きなかった。ふたりとも、同意見だったようだ。

「ルゥ、用意はいいのか、もうでかけるぞ」

ルナは言われて、あたふたしながらエプロンを外し、バッグを取りにぺぺぺっと部屋に向かった。

 

ルナたちがでかけて、三十分ほどしたころだ。

レイチェルは、いっしょにスーパーに行こうと、ルナの家のベルを鳴らした。だが、鳴らせど鳴らせど、返事はない。

ミシェルの部屋のベルも押してみた。こちらも、返事はなかった。

「今日もいないのね……ルナもミシェルも」

肩を落として、ドアを背にするレイチェルは、いつになくさみしげに戻って行った。