(――K33区に来るの、はじめてだな)

 

サルディオネはドキドキしながら、シャイン・システムの扉から一歩、足を踏み出した。K33区の区役所内は、ほかの区の区役所と同じで近代的な建物だが、区役所を一歩出れば、そこには自然そのものの光景がひろがっている。

眼前には山林、舗装もされていない道路、草木生い茂る、原っぱ。

緑ゆたかな畑と果実の木。

 

サルディオネは、サルディオネとしての正装を身に着け、区役所で聞いたペリドットの居場所に向かってぬかるんだ道を歩いた。昨日の雨で、舗装もされていない道はどろどろだったが、編上げのサンダルが汚れても、構いはしなかった。

ペリドットの居場所といっても、「K33区のどこかにいるだろう」という、めちゃくちゃに大ざっぱなこたえだ。だいたい、人が集まっているところにいるだろうから探してみてくださいとのこと。彼らは悪意があって投げたのではなく、基本的にこの地区の者は、大ざっぱなのだ。

区役所の役員は区長に似るといわれているが、まさしくそのとおりだ。

K33区といってもひろい。サルディオネは足が棒になるほど歩き回っても、彼を探し出すつもりでいた。

 

そんなサルディオネの気負いもはかなく、あっさり、彼はいた。

五分も歩かず、みつかった。

区役所を出てすぐの集落の広場で、数人の原住民と火を囲んでいた。七月も近いというのに、この地区は肌寒い。

 

(あの衣装は、――アノールの民)

ということは、ここはアノールの集落か。

アノールの衣装を着た原住民たちの中に、ラグバダ族の衣装をきた男性がひとりいる。半袖のダボッとした衣服に、茶色い袴のようなズボン。紫がかった、ボロボロの長い布を巻きつけ、宝石などの装身具を手首や足首につけている。身体は大柄で、うしろからでもがっちりした肩の筋肉がわかる。金の蓬髪、褐色の肌のご面相には、ラグバダの王族を証する刺青が。

 

――彼が、ペリドットだ。

 

「し――失礼いたします!」

 

K33区は、原住民の巣といえども、皆が温厚で、部族間の争いもないと聞いた。だが、礼儀に反した真似をすれば、追い出される可能性もある。今日はボディガードのひとりも連れてきていない。サルディオネは慎重に――だが怯えた態度を出さぬようはっきりと、声をかけた。

 

アノールの民たちが、いっせいにサルディオネを見た。

蓬髪の男――ペリドットも。

 

「失礼――わたしは、サルディオネと申します。ペリドット様でいらっしゃいますか」

「様ァ?」

 

顔全体をしかめて吐き捨てたペリドットは、サルディオネの想像をこえて野放図だった。星々を転々としてきた――とアントニオが言っていたが、まさしくそれを伺わせる、粗野だった。身なりはラグバダ王族のそれだが、無精ひげだらけの顔は汚れているようにもみえる。

 

だが――威厳がある。

まるで、神官として真砂名神社に君臨したときの、アントニオのように。

 

異相だと、サルディオネはおもった。

いままでたくさんの人間を見てきたサルディオネが、一度も見たことのない類の人間であり――魂だった。

王の威厳と貧者の粗野が混在し、だれをも受け入れるようなふところを見せながら、その懐は、アントニオが持っているような慈愛ではない、むしろきびしさだ。

おだやかな相貌に、笑みがない。

 

サルディオネは圧倒され、こくりと喉を鳴らした。

 

「はい、ペリドット様。わたしはサルディオネと申します。ZOOカードを扱います、サルディオネです。突然で不躾かとは思いましたが、真のZOOの支配者たるあなたさまに、ご教授いただきたく、ここまで参りました」

「……」

 

サルディオネは三度、礼をした。膝をつき、手を羽ばたかせ、深々と頭を下げる。L03で賓客や目上に対しておこなう、正式な礼の作法――。

ペリドットは最初のうち、誰だコイツは、という顔で見ていたが、やがてそれは困った表情にシフトし、ぼりぼりと頭を掻いた。

サルディオネが行くことは、アントニオが事前に話しているはずだ。サルディオネがペリドットに会いに行くと言ったら、「じゃあ、俺が連絡しておいてあげる」と彼は言ったからだ。

 

「ああ――アントニオのやつ、なんか、言ってたっけなあ」

ようやく思い出した顔で、やはり面倒そうに顔をしかめた。

 

もともと彼は、ひとに教える性分ではないと、サルディオネへの指導も断っていた。サルディオネは、無論、追い返されることも覚悟していた。おそらく一度目は、断られるだろうことも。だから今日追い返されても、しつこく通うつもりでいた。

三顧の礼ということばもあるではないか。

だが。

 

「ご教授、ねえ」

ペリドットはほこりだらけの頭をガシガシとかいたのち、

「おまえ、俺になに教えてもらいたいの」

と言った。

 

逆に問われて、サルディオネは返事に窮した。

 

(なにを?)

 

「で――ですから――ZOOの支配者としての、」

心構えとか、秘術とか、と口の中でもごつき――サルディオネは自身でも、はっきりとしたこたえを持たないことに気付いて、うろたえた。

 

――何を教えてほしい?

 

問われてみれば、サルディオネの中でもあまりに漠然としている。今の自分が、不調をきたしているのは分かっている。それが、おのれの未熟から来るということも。

だが、何を教えてほしいのだと問われても、具体的な答えは出てこない。

ZOOカードに異常はない、それはアントニオにもイシュマールにも見てもらったのだからわかっている。

 

地球行き宇宙船に乗ってから、ZOOカードがうまく読めなくなった――ほかの占術もそうなるようで、いままで見えていた象意がまるで見えなくなる、それはもしかしたら、母なる地球に近づくからではないか、とほかの占術師も言っていて、姉のサルーディーバにもそういわれてきた。

サルーディーバもいままで簡単にできていた、離れた場所へ自分の残像をおくる術や、人の心を読む術などが、できなくなってきている。

母なる地球に近づいていくから、いままでのような見方が叶わなくなるのか――サルディオネは、それ以前におのれの力量不足を感じていた。

 

「……ZOOカードが、この宇宙船に乗ってから、調子がおかしいのです」

「はあ」

「いままで見えていた象意が見えなくなっ、」

「だっておまえ、仕事はできてんだろ」

 

たしかに、仕事はできている。L系惑星群の政府高官相手にする占いは、いままでどおり完璧だ。

だが、ちがう。

なにかが、違うのだ。

その不調を説明するすべを、サルディオネは持たなかった。

 

サルディオネは覚悟を決めて、一度、ギュッと目を瞑った。

 

「わ、わたしは、ZOOの支配者として未熟です!」

 

サルディオネは恥も外聞もなく叫んだ。

いまさら体裁をつくろっても仕方ない。ペリドットはアントニオ同様、サルディオネのすべてを見透かしてしまうのだから。