「それは自覚しています。ですから、私の未熟な部分を、指摘していただきたいのです!」

 

どんな厳しい修行にも耐え抜きます! どんな厳しいお言葉も受け止めます! とサルディオネは闘志を燃やして言い募ったのだが――。

 

「未熟どうこうじゃなく、おまえ、ZOOの支配者じゃねえだろ」

 

かえってきた言葉に、サルディオネは硬直した。

まさか――あまりの未熟さに、真砂名の神に、すでに支配権を取り上げられてしまったのだろうか。

でも、支配権を取り上げられていたなら、占いはできないはずだ。

 

「アントニオから聞いてるよ。ZOOカードに遊ばれてるお嬢ちゃんがいるってな」

ペリドットはおかしげに笑った。

「ZOOコンペもまともに開けやしねえ。他人の介在は許す、カードを弄られても、気づきもしねえ、おまえは、ZOOの支配者じゃなくて、ZOOカードに支配されてるコネズミちゃんだろ?」

「――!」

「おまえは、“仲間の力”でなんとかZOOの支配者の体面を保ってる、あわれなコネズミちゃんだ。ネズミ仲間に感謝するんだな。ネズミはZOOカードの中でも一番数が多い。おまえが仲間のいないペガサスあたりだったら、もっと膠着状態だったろうに」

「――え」

「意味が分からない。それほどおまえは、バカなのか。何も学んでこなかったのか。この宇宙船に乗って何ヶ月たったと思ってるんだ。母なる地球に近づくからZOOカードがおかしくなる? ふざけるな。おかしいのはおまえだよ」

 

彼はゲラゲラと涙を流して下品に笑い――アノールの民も一緒に笑った。彼らは共通語が分からないから、おかしいことがあったのだとおもっていっしょに笑ったのだろうが、サルディオネはその数分間――笑いがおさまるまでの間、屈辱に耐えねばならなかった。

 

(――仰るとおりだ)

 

反論する言葉もない。それほどに未熟だから自分は、こうして彼に頭を下げて、教えを乞いに来たのだ。

 

「どうか! お願いします。この未熟なわたしにご教授を――」

「ZOOの支配者じゃねえやつに、教えることはない」

ペリドットはもう笑ってはいなかったが、厳然と彼は言った。

「なにか教えてほしいんだったら、せめて“ZOOの支配者になってから”来いよ」

さいごは、あきれ果てたような声だった。

 

「わた、わたしは――」

ついに言葉も尽きて、頭を下げたままどもるサルディオネに、ペリドットは心底面倒くさそうに、おおきなため息を吐いた。

「ここまで教えて、何もわからないようなら、とっととサルディオネの地位もZOOの支配者の位も返上しろ」

「……」

「俺は、俺の代わりになるZOOの支配者は、わかいのにできたヤツだと聞いていた。だががっかりだ。ここまでできないやつだとはな」

 

「申し訳――ありません」

サルディオネは項垂れるしかなかった。

 

「おまえが役立たずとなったら、べつのヤツをZOOの支配者に選ぶぞ」

「――!!」

「いざというとき、つかいものにならんのじゃ、困る。メルヴァを相手にするために、ZOOの支配者はふたり必要なんだ――どうしても」

「え?」

 

サルディオネははじめて聞く事実に、目を見開いた。

ZOOの支配者がふたり、必要?

 

「アントニオはおまえに話していないのか――だろうな。今のおまえには話せねえよなァ」

 

サルディオネは唇をかみしめた。アントニオは支配権をふやす、とは言っていたが、ふたり必要だからふやすのだとは、言っていなかった。

あの話の流れでは、やはりサルディオネが頼りないから、ペリドットを呼んだのだと言われているような気がした。

 

「(ほんじゃ俺、ウチ帰るから。今日は午後から客が来るんだ。宴会になると思うから、おまえらも来ていいぞ)」

 

おそらくアノール語とおもわれる言葉で、ペリドットは仲間たちに話しかけ、つどいをあとにした。

サルディオネには一瞥もくれなかった。

 

サルディオネはこの場に残ったアノールの民に礼をし、そのまま区役所まではしった。彼らのひとりが、アノール語でサルディオネを引きとめたような気がしたが、サルディオネは気づかず、その場をあとにした。

 

さんざんに言われたが、不思議と泣きたくもならないし、逆に胸は熱かった。

 

(あのひとは――ペリドット様は、あたしを認めてくださっていたんだ!)

 

ほんとうは。

けれども、その信頼を裏切ってしまったのは自分だ。

いざというそのときに、ZOOの支配者がふたりいなければならないその瞬間が来たとき、ペリドットはサルディオネを、背を預けるものとして認めてくれていた。

なのに、今の自分の、このていたらくはなんだ。

 

(あたしは、アントニオに甘えすぎていたのかもしれない)

 

サルディオネは、猛省した。さいきん、アントニオに頼り過ぎていた自分を。

 

 (――三晩でも一週間でも――一ヶ月でも、ZOOカードと向き合ってやる)

 

そう鼻息を荒くし、リズンの二階のサルディオネの部屋でZOOカードをひろげはじめたサルディオネを見たら、「分かってねえなあ」と呆れ顔をするペリドットと、アントニオがいたはずである。

このうえないやる気に満ち溢れて、ZOOカードに向かったサルディオネの決意と気負いが崩落するのは、五分とかからなかった。

 

「――え?」

 

ZOOカードが、ぴくりとも動かなくなってしまったのである。

 

 

 

 

ルナはくちゅん! とくしゃみをした。

ルナがキョロキョロしだしたので、「どうしたの、ルナ」と隣のピエトが聞いてきた。

「うん――なんか――」

(だれか、うわさしてるよ?)

だからといって、車内をキョロキョロ見回しても、うわさをしている人物などいない。

 

「どうしたの、ルナちゃん」

とつぜん挙動不審になったルナに、セルゲイも声をかけたが、

「だれかあたしのうわさをしてた!」

ルナが叫んだので、セルゲイは自分のカーディガンを、ルナの膝にかけてやった。

 

自動車は七人乗りのワンボックスカー。セルゲイの車だ。彼はせんじつ、車検がきたので、車検まえに車を電気自動車に買い替えた。

運転手はアズラエル、助手席にはセルゲイ。いちばん後ろの席にカレンとグレンが乗っている。

 

「だれかがうわさすると、くしゃみが出るの?」

ピエトが不思議そうに聞いたが、ルナは「うん。風邪ひいたときも出るよね」といった。

だが、風邪ではなさそうな気もした。熱っぽくもないし、ルナは元気だ。

 

「ミシェルたち、いまごろギャラリーかな」

「あ? 無理だろ。午後になればつくだろうけどよ」

グレンの台詞に、ルナは、バッグからゴールドカードを取り出した。

「シャインがあるよ?」

「はあっ!?」

ピエト以外の大人たちは、みな驚いてルナの手元に集中した。

「たぶん、ミシェルたちはシャインで行ったよ?」

「ちょ、ルナ、それどこで手に入れたの!」

カレンが叫んだ。

「ララさんにもらった!」

ルナは正直に告白したのだが、運転手はじめ、車内のおとなたちはいっせいに叫んだ。

 

「なんで出発する前に言わねえんだそれを!」

「それ、最初に言おうね? ルナちゃん」

「ルナはボケウサギだとわかってはいたが――わざとか? わざとなのか?」

「ルナあ……あんたって子は……。もう、どっからツッコもう……」

K33区はヘタをしたらK05区よりとおいのだ。ルナは頬っぺたをぷっくりと膨らませ――、

「シャインもいいけど……ドライブは楽しいのです……」

シャインを使わずにいられないせわしない人は、一ヶ月で宇宙船を降りるのです……とぶつぶつ言いだしたルナに、おとなたちはあきらめた。シャインは元からなかったものとして、ルナのバッグに収納された。