そのころ、ルナの予測どおり、ミシェルとクラウドは真砂名神社の拝殿にいた。シャインをつかってふもとの商店街に出、真砂名神社の長い階段を上がったところにある拝殿までたどりついたところだった。

ミシェルは柏手を打ち、おまいりし――クラウドもそれにならい――大荷物をベンチに置いたところで、ふたりは休憩した。

 

「この荷物、ここに置いてギャラリーに行くわけには行かないかな」

ミシェルは言ったが、「この宇宙船は安全だと言われているけど、ここに放置していくのは危ないよ」とクラウドは言った。

彼は、この荷物を抱えたまま、ギャラリーまで歩くつもりだった。

クラウドもそれなりに鍛えてはいるが、アズラエルのように筋肉ダルマではない。この大荷物を抱えて長い階段を上がってきただけでも、ほめてやらねばならない。

 

「じゃああたし、イーゼルだけでも持つね」

ミシェルが手を出したが、クラウドは譲らない。

「だって、重いでしょ」

「重くない」

「すっごいぜえはあいってたじゃん、階段」

「心配しないでミシェル、俺はだいじょうぶ」

無駄にさわやかな笑みが、クラウドの顔をきらめかせた。

 

「――あんた、さっきいったこと気にしてるの」

「……」

ミシェルはさっき、何気なく言った。「この階段、アズラエルだったら、この荷物持って、さらにルナを肩車しても、かるがる上がれそうだね」と。

その瞬間から、クラウドの目に炎が灯った気がする。

「俺は、君の前でアズに負けるわけにはいかないんだ!」

「……どっから出てきた!? その意地」

 

「ミシェルううううう!!!」

ミシェルが、理解不能なクラウドのマッスル・コンプレックスにつっこみを浴びせていると、このあいだ聞いたばかりの声がした。

「?」

けれど、声からミシェルが想像した人物像と、ミシェルの視覚がとらえた人物の姿は、脳内で合致しなかった。

 

「――だれ!?」

 

ミシェルの台詞はとうぜんだ。ミシェルに向かって全力で手を振って奥の参道から走ってくるのは、ただのかっこいいおじさんだった。

 

でも、声だけはララ。

なぜか、ララ。

 

「わたしだよ! ララだよ〜!!」

 

満面の笑顔で駆けてくるのは、やはりララだった。だが、いつものドレス姿ではなく、髪も長くはなく、スーツ姿の、イケメンよりの、おっさん。

 

ララは息もきらさずミシェルのところまで来、苦い顔のクラウドには一瞥もくれずにミシェルを抱きしめた。

「ひさしぶりだねえミシェル! もう一ヶ月も会ってなかった気がするよ!」

「うきゃっ!!」

猫が飛び上がる。クラウドが、「ミシェルに触らないで!!」と叫んで引き剥がしにかかった。ララはあいさつがしたかっただけのようで、あっさり身体を離した。

 

「よけいなペットを連れて来たもんだねえ、ミシェル」

「うん、マジよけい」

「……!!」

恋人のつめたい視線にクラウドは胸をおさえる思いだったが、かろうじて耐え抜き、ララを睨んだ。

「君がここにいる可能性もなくはないとおもったから、いっしょに来たんだよ」

「わたしはミシェルに何もしないさ――敬意は表するけれども」

そういってミシェルの手を取り、甲にくちづけたので、クラウドはララの手を叩き落とさねばならなかった。ミシェルの手もたたかないように。

「手なんて出せるもんかい、わたしにとっての神に」

「わからないよ? 君のことだからね」

美しいミューズは愛でるべきものだと言いかねないからね、とクラウドは言って、ミシェルのまえに立つ。ララも不敵に笑う。クラウド相手に、一歩も引く気はないようだ。

 

「ララさん――イメチェン?」

ミシェルにはクラウドの意地も、ララの敬愛も関係ない。ミシェルが気になって仕方がないのは、ララの男装(?)だ。

ララは「ん?」と首を傾げ、自分の装いにぺたぺた、と手をやり、「ああ――そういや、今日はこっちで来たんだった」といま気づいたような言い方をした。

道理で、気づいてもらえないはずだとララは言い、

「イメチェンっていえばそうかもね。願がかなったから、髪は切ったんだよ」

「あの長い髪は、願掛けだったの?」

「そうだよ」

ララはミシェルをみつめて、微笑んだ。

「あなたに会えたからね」

クラウドが割って入る。

「俺たちは、奥殿のギャラリーを見に来たんだ。立ち話はもういいだろ。行こう、ミシェル」

 

「ああ――ギャラリーね」

ララはそのギャラリーから歩いてきたのだ。真砂名神社の神主おじいさんに用があって。

ミシェルを見つけてしまったばっかりに、肝心な用を忘れてしまったララだった。

「ギャラリーはいつ入ってもいいけど……どうせなら、午後からにしなよ」

「どうして?」

ミシェルが聞いた。

「ルーシーがくれた船大工の兄弟の絵を、運び込んでいるところなんだ。ついでに修復がおわった絵も展示し直しているから、今は作業中でバタバタしているからね。午後からなら、さわがしいのがないから、ゆっくり見れる。わたしが案内してあげよう」

「ルーシー?」

クラウドが不思議そうな顔で言ったが、ミシェルもララも説明してくれない。クラウドは負けるもんかと涙を呑んだ。

 

「午後からだと、船大工の兄弟の絵も展示された状態で見れるんだ!」

ミシェルの顔が輝いた。

「じゃあ、そうしよう! おじいちゃんにも言っておいて、」

「おじいちゃんって――イシュマールのことかい?」

ララが尋ねるとミシェルはおおきくうなずいた。

「そう! あたし、今日おじいちゃんに油絵教えてもらいに来たんです!」

「――え?」

ララは、おもいもかけないという顔で言った。

「ミシェル――あなた、油彩をやったことがなかったの――?」

「ないです。はじめて」

ミシェルの言葉に、ララは愕然とした。

 

伝説の絵師の生まれ変わりであり、百五十六代目サルーディーバの生まれ変わりである彼女のことだから、てっきり、今世も油彩も嗜んでいるのだと思っていた。それはララの、完全なる思い込みだったが――。

まさか、まったくの素人か。

 

「アンジェは――燃えた神話の絵も――彼女がまえより素敵な状態にもどして、わたしにくれるって――」

「?」

ララのぼやきは、ミシェルには聞こえない。地獄耳のクラウドだけが、その言葉を拾って、フフンと笑った。

「いいんだよ? いつでも、ミシェルに興味をなくしてくれて」

「うるせえよガキが。運命の相手をわたしがそんな簡単に見限るとおもうのかい」

一皮むけば、すぐマフィアの本性が出る。ミシェルに見えないところでギロリとクラウドを睨みあげたララは、女性の姿であれば不気味さもくわえた迫力だが、男の姿でもこわさは変わりなかった。