「いいじゃないか。素人は素人で。――しろうとってのもいいかもしれないね。ミシェルという逸材を、一から育てる楽しみってモンがさ……」 アンジーだって、わたしが見出して育てたんだから、と笑い、胸元のポケットから黄金細工のケースを取り出し、葉巻を一本取り出す。ララは、火をつけてもらうためにひょいと葉巻を横に出したが、シグルスの不在に気付いて、当然のようにクラウドのほうへ出した。 クラウドはしぶしぶ、葉巻に火をつけてやった。 「俺は最近吸わないけど」 いつでもタバコとジッポーは持っているクラウドだった。 「まあ、ちょうどいい。あんたにも話すことがあったよ」 ララはクラウドに言った。 そこへ、神主おじいさんが顔を出した。 「早いのう、ミシェル。午後からと言うとらなんだか」 「おはようおじいちゃん! 午後からの約束だったけど、ギャラリー見に来たの!」 「ほうか、ほうか。まあええわ。ギャラリーは今作業中じゃから、あとにしたほうがええ。中はいって茶でも飲め。その大荷物も、いったん下ろさんとな」 「うん! ありがと!」 「なんじゃ、イーゼルまで買うたんか。わしゃ、画版だけ持ってこればいい言うたに」 「いいの! 画材見に行くのも好きだし、自分のが欲しかったし、」 イーゼルはおじいさんが持ってくれたので、ミシェルは画材道具とおべんとうが入ったバッグを持って、彼のあとについていった。 「タバコは、吸い終わってから来いよ」 おじいさんがララに厳命したので、ララとクラウドは、その場に足止めを食わされた。 クラウドは自分も手持無沙汰なので、しかたなくタバコにつきあうことにした。 「話というなら、俺もね――結局、ルナちゃんが君に絵を渡してしまったから、もうペナルティーの話は反故だ。そうでもなくても昨日カレンから聞いたよ。ルナちゃんを守るために、財団動かしたんだって?」 「あたりまえさ! ルーシーのためだからね」 「ルーシーって、ルナちゃんのことか……」 クラウドはやっと腑に落ちた顔をした。 「あれだけミシェルが気に入ったからには、ぜったいアンジェラの嫌がらせからは守ってくれるんだろ」 「守るよ、あたりまえさ。ミシェルにも、工房には入れてあげられないことも伝えたし、なるべくアンジーに近づくなとも警告した。――それに、」 「それに?」 ララはふと、思い悩む表情を見せた。 「――いや、なんでもない。おそらくアンジーは、ミシェルを攻撃することはない、たぶん、しばらくはない」 「――そう」 ララの言葉は断定的だった。クラウドは、ララの真意をさぐろうとしたが、このマフィアの親玉が、そうかんたんに心底をみせるわけもなかった。 葉巻を一本吸い終えたララの手元に、クラウドがすっと携帯灰皿を出す。 ララがにやりと笑った。 「心理作戦部をちゃんと足ヌケしたら失業だろ。わたしの秘書にしてやってもいいよ」 「まあ、考えてみるよ」 クラウドはその言葉に、胸中だけでおどろきながら、苦笑した。 「そうだね――次の就職先も、考えておかなきゃね」 アズラエルの運転する車は、K27区から高速道路をK34区方面へ――そこからまっすぐ北上する道をとおり、中央区から北は高速道路が通っていないので、下道をはしった。 途中のK28区で昼食をとり、道沿いの最北端であるK03区へ。 そこからは西への山道だ。 K03区からK33区にいたる山道の光景は、真砂名神社ちかくの山の風景とは、おもむきが違っていた。木々や道路わきの草花は、ルナが見たことのない形が多い。針葉樹林の中に、白樺のような、白い木肌のまっすぐにそびえたつ木々がまじっていたり、人の顔ほどもある、あざやかな色彩の花の群生があったりした。 ピエトは窓の外を眺めながら、「……俺の住んでたところに、風景がにてる」とつぶやいた。 午後三時ころ、K33区の標識をすぎた。ここからやっと、K33区だ。 「やれやれ、この調子じゃ今日は一泊だな」 グレンが言うと、ルナは、「あたしお泊りの用意してこなかった!」と叫んだ。 「まさか、原住民の宿に泊まるんじゃないよね?」 セルゲイも不安な顔つきだった。アズラエルが言った。 「心配するな。K33区にもホテルはある。コテージタイプだが、ちゃんと綺麗な風呂もトイレもついてるよ。区役所内にもたしか、ホテルがあったはずだ」 やがて、集落の入り口である、K33区の区役所が見えてきた。アズラエルの言ったとおり、ホテルも融合されているのか、十階建てほどの近代的なビルだ。 「あの先は、車では行けねえ」 アズラエルは、役員の誘導に従って、区役所の裏にある広大な駐車場に車を停めた。 近代的なのは区役所と駐車場のあたりだけで、周りは大自然そのものだ。背の高い木々と、草木を編み込まれてつくられたような家がぽつぽつと見える大草原。 つると木でできた橋が森の方にかかっているところを見ると、川があるのだろうか。 ルナは車を降り、ぐるっとあたりを見渡した。 「ここは、L85のピエトが住んでいた場所がモデルなのかなあ?」 「俺の住んでたところに似てるよ!」 ピエトが叫ぶと、誘導してくれた役員――オレンジのダウンパーカと、トレーナーとジーンズ姿だった――彼が、 「見ない顔だね。どこの出だい? 俺はケトゥインだ」 と話しかけてきた。 「ケトゥイン……」 ピエトの顔がさっと蒼ざめて、アズラエルの後ろに隠れる。それを見て、駐車場誘導係の彼は眉をへの字に曲げた。 「おっと、何もしやしないさ。俺はL47のケトゥインの出だ。過激派とは無縁の、平和主義者さ。君はどこの子? 顔だちからいってアノールかな? ラグバダかな」 「……お、おれは、ラグバダだ!」 ピエトがアズラエルの腰につかまりながら叫ぶと、「そうか。俺にもラグバダの友達がいる。――ついでに言うと、ここはL03区のラグバダ居住区をモデルにつくられてる。だが、それぞれの居住区にいけば、独自の文化が見られるよ」 と、教えてくれた。 アズラエルはついでに聞くことにした。 「俺たちは、バリバリ鳥を買いに来たんだ。このあたりで、売ってるところはねえか」 「バリバリ鳥か! なら、明日の朝市にするんだな。新鮮な肉と、血が手に入る」 「朝市か――おまえらがふだん食ってる、めずらしい食材もあるのか」 「ああ。この先のアノールの集落に、K33区に住んでいるすべての部族の食材がそろう。うまい朝飯もあるぜ。ケトゥインの辛い朝粥をぜひ食ってくれ」 「そうか。たすかった」 「エデメットラ!」 車を誘導してくれた彼は、そう言ってルナたちを見送り、自分は駐車場の入口へもどっていった。 「あのひと、なんて言ったの?」 ルナの質問にアズラエルは、 「ケトゥインの言葉で、“どうぞ、ごゆっくり”って意味だ」 |