ベッタラは、なんでもアノール族最強の戦士(いまのところ自称)らしい。 アズラエルが以前K33区にあそびに来たときに、いの一番に声をかけ、宴会に誘ってくれた友人だという。アズラエルはアノールの民の集落で、一晩じゅう語り合い、酒を呑んで、そのままふたりで原っぱに寝っころがって朝を迎えた――というベッタラの話。 ニュアンスで理解すれば。 「アーズラエルは酒がおおいに進みます! またいっしょに呑んで寝ます! 夜明けのコーヒーはおいしいでしたね!」 「ベッタラ、そのセリフは誤解されるからやめてくれ」 「ベッタラは誤解を恐れません!」 「だから、違うんだよ! 理解しろ! 俺の言ってることを!」 グレンたちは、この話が妙に通じない相手と、アズラエルが何を話してひと晩飲んだか、それが気になってしかたがなかった。 「そして、アーズラエル」 いきなりベッタラは、でかい図体をもじもじとさせて、アズラエルの隣で囁いた。ルナをちらちらと見ながら。 「この、ちいさくて、ちいさなお姫さまは、いったい何者でありましょうか!? ワタシは自己紹介をもとめます」 「あ?」 頬を染めた髭面の男は、気持ちが悪い。グレンとアズラエルの意見が合致しためずらしい瞬間だった。 アズラエルは、「俺の女房だ」ときっぱり言った。 グレンがアズラエルにつかみかかろうとするのを、なんとかセルゲイとカレンふたりがかりで止めた。原住民ばかりの地で仲間割れなどもってのほかだ。 ルナとアズラエルはまだ結婚してはいないが、ピエトはルナとアズラエルは夫婦だと思い込んでいる。したがって、ピエトはなにも言わなかった。 だがベッタラは違った。 「女房!? ――つまり、」 「ああ、俺の妻。奥さん。ワイフ。――意味わかるか?」 「アーズラエルの妻ですか!?」 ショックをかくせない顔だ。だいたい、毎度のごとく娘か妹だと思われていたのだろうとみんな思ったが、違った。 ベッタラは急にショボンとし、高すぎたテンションは急速に落ちた。 「アーズラエルの、女房ですか……」 膝をかかえてうずくまった筋骨たくましい男は、かなしげにつぶやいた。 「てっきり、アーズラエルがワタシにお嫁さんを連れてきてくれたのだと……」 「どんだけ都合のいい思考回路なんだてめえは」 アズラエルのツッコミは無理もなかった。 「だってアーズラエル、ワタシがお嫁さんをもとめますと言ったら、お嫁さんをつれてくると決意したではありませんか……!」 「え? ――え? そんなこといったっけ」 「言いました! アーズラエルは嘘を決意しますか!?」 「いや、あ、いや……決意はしねえよ。ま、あれだ、そのうち紹介してやるよ。アノールの女じゃなくていいんだろ?」 「そうです。そうです。ワタシは、イルカのように元気なお姫様がいいです」 「イルカな……」 アズラエルは元より、イルカのようなお姫様の図を、誰も想像できなかった。 アノールの脳筋オトコは、すっかり元気をなくして、最初とはずいぶんテンションが変わったが、やがて立ちあがってふつうの声量でアズラエルに聞いてきた。 「そもそも、皆さま方はウーマに乗ることが叶いますか?」 「うーま?」 ルナが聞くと、ほころぶような笑みを見せてベッタラが言った。 「ウーマです。アーズラエルの女房は、ウーマに乗って、でかけられますか?」 「馬に乗れるか、だとよ」 アズラエルが通訳したが、聞くまでもない。ルナとピエト以外の全員は、乗馬ができる。 「皆さま方は、それが叶いますか。では、この先はウーマで走ります。ミンナ、ワタシについてきてください」 「あ、ちょっと待てベッタラ。俺たちはまだホテルの手配が、」 アズラエルが言いかけたが、ベッタラはセルゲイとグレンと自己紹介しつつ抱き合っていて、アズラエルの話は聞いていなかった。セルゲイだけはなんとかにこやかに抱擁を交わしていたが、グレンの腕に鳥肌が立っていたのをみんなは見逃さなかった。 「アーズラエルの女房はワタシが運びます」 ベッタラがエスコートしようとルナの手を取るので、「ちょっと待て」とアズラエルとグレンの両方が止めた。 「なんでおまえが、」 ベッタラは不思議そうな顔をして、 「トモダチの女房をもてなすのは、アノールの男のたいせつな決まりです。ワタシはアーズラエルの女房を歓迎します」 と言った。その顔に邪気はなかったので、しぶしぶふたりは手を離した。 「あっもしかして!」 ベッタラは急に顔を真っ赤にした。 「もしかして、アーズラエルもグーレンもワタシをあやしみましたか!? ワタシは、だれかの女房をひどい盗みはしません! ひどい盗みは!!」 「わ。わかった、わかったすまん!」 唾が飛ぶほど顔を近づけられて、グレンはあわてて謝った。 「たしかに! アーズラエルの女房は、ちいさくてちいさくて、ちいさくて、ちいさな花の様です! でもベッタラは、アノールのベッタラはアノールの誇りにかけてひどい、ずるい真似には至りません! ちいさな、ちいさなこの花は、」 「ベッタラ。その辺にしてやってくれ。ルナは小柄なの、けっこう気にしてるんだ」 「はい?」 そんなにルナは小さな方ではないと思うのだが、ここまでちいさな、を連呼されては。 ベッタラが視線を下げると、ウサ耳をぺったりと垂らして「ちいさい……」とお口をとがらせているアーズラエルの女房がいた。 「なかなか、いい馬だな」 「そうでしょう、ウーマを調教したいがうまい、ダルダの民が育てています」 アズラエルはピエトを前に乗せて、馬の毛並みを撫でた。 軍事惑星でも乗馬の訓練はあった。ベッタラがひいてきた馬は、名馬ばかりあてがわれてきたカレンやグレンお坊ちゃまたちも感嘆するほど大きく、美しい馬たちだった。 アズラエル一行は、ルナを乗せたベッタラを先頭に、山道をパッカパッカと進んでいた。 「結局、ホテルの予約をしないで来てしまったんだけれども」 最後尾のセルゲイのつぶやきを、どんな耳をしているのか、先頭のベッタラがひろった。 「心配はなくしますセールゲイ! 今夜は、眠らせません! 泊まらせません!」 「……夜通し宴会をやるって意味にとっていいのかな……?」 セルゲイは微妙な表情で了承した。 結局、ベッタラのペースに巻き込まれたアズラエル一行は、ベッタラの言うままに馬に乗り、行先も分からずあとをついていく羽目になっていた。どうやらベッタラは、今夜ひらかれる盛大な宴に、アズラエルたちを招待したいと思っているらしいのだが、なにぶん彼のアヤシイ共通語、そのままの意味にとっていいものかどうか。肝心の通訳のアズラエルもあまり訳してはくれないので、皆は油断せぬよう、気を引き締めながらも馬に乗って、パカラパカラと山道を進んでいた。 「ベッタラさん」 「なんでありますか」 ベッタラは、ルナに随分好意的だ。ベッタラの馬にルナが乗るとき、アズラエルとピエト以外の皆――特にセルゲイがハラハラした顔をしていたが、ルナはみんなが思っているほどベッタラは怖くないと思った。 「ベッタラさんは、イルカみたいなおんなのひとがいいの?」 「はい! イルカは元気で美しくて賢くて、素直です」 ベッタラはうれしそうに言った。 「ワタシは海の民です。ペリドット区長がいうには、ワタシはシャチだそうです。ですから、妻も海の民がいいと言いました」 「――え?」 まるでZOOカードの話をしているようだ。 「ベッタラさんは――シャチなの?」 「はい。ワタシは、“強きを食らうシャチ”と申します」 ベッタラの言葉は、ZOOカードの名称であることを確定づけた。 まさかベッタラの口からZOOカードの名が出てくるとは思わなくて、ルナは驚いた。アノール族にも、ZOOカードをあつかう人間がいるのだろうか、まさか。 (アンジェだけだよね? ZOOカードの占いをするのは) しかし、ずいぶん怖そうな名前のZOOカードだ。めのまえの無邪気なベッタラの笑顔からは想像もできない。 「ルーナさんは、キラキラと輝く、イワシのようですね。ちいさくて」 「いわし!」 ルナは青魚に例えられたことははじめてだ。 「あたしはうさぎだよ。月を眺める子うさぎ」 |