「そのまがつ神が、地球の軍隊だったと」 「そうだ。地球人は歓喜した。行方不明になったはずの宇宙船は、アストロスに辿りつけたし、もう一基は、偶然の結果といえどもまったく知らない、あたらしい惑星と太陽系を発見した――地球の政府は、おろかなことに、その惑星をすっかりわがものにしようと軍隊を差し向けたんだ」 「ひどい……」 ルナのつぶやきを聞いて、ベッタラがルナの背に手を置いてくれた。 「調査団は、地球に報告した――アストロスもラグ・ヴァーダもおだやかな優しい民族で、地球人の居住区を提供し、共存の道をさぐっていこうとしてくれている。神代の時代だから文明の利器はないが、地球人の文明もおそれず、吸収しようとしている実に優秀な民だと――。調査団は思いもかけなかった。まさか、母星である地球が、アストロスとラグ・ヴァーダを支配するために軍隊を差し向けようなどとは」
「まず、地球人は、近いアストロスのほうへ軍を向けた。三十年も時間が経っていたから、地球人の文明はまた高度に成長していた。今度こそ、宇宙船は、予定どおり一ヶ月でアストロスに着いた。それを追い、軍隊がアストロスへ向かった――アストロスの民の総人口を上回る、百万の軍勢だ。指揮官は“アーズガルド”」 「アーズガルドか……」 グレンもカレンも、おもわずつぶやいた。 「まがつ神――地球の軍隊は、最初からアストロスの民と共存する気などなかった。支配する気でいたんだ。アストロスの民に戦争を吹っ掛けた。おどろいたのはアストロスの民と共存し、子までもうけていた調査団たちだ。彼らは、なんとか軍の横暴を止めようと交渉に入ったが――殺された」 「えっ――」 ルナはおもわず口を押さえ、カレンも苦い表情になった。 「調査団は皆、見せしめのために殺された。メルーヴァ王女の父で、女王と契った男もな。“青き星からきた神”と親しんでいた彼らが殺され、アストロスの民も怒った。戦争が始まった――だが、簡単に戦争に勝ち、アストロスを支配できるとふんでいた地球人のもくろみは、あっさり外れた」 「負けたんだ」 カレンがうんうんと頷いた。 「負けた?」 アズラエルが不思議な顔をした。 「地球人が、アストロスの民にか? 地球人は大軍勢で――大砲や銃もつかったんだろ」 「化学兵器も」 グレンが付け足した。 「――まさか、アストロスじゃつかえない武器があったとか」 ペリドットは首を振り、カレンが笑った。 「そこがさ――想像もできない話なんだよな」 「地球人の乱暴さときたら、表現のしようもない。奴らは、アストロスがぶっ壊れても、ラグ・ヴァーダがあるからいいと思ったのだろう。核爆弾を次々と落とした。アストロスでな」 「――バカなのか」 「バカだな」 この場にいる地球人代表たちは、苦い顔をせずにはいられなかった。自分たちの祖とはいえ、もうすこし穏やかな方法を取れなかったのか。ルナは涙目になり、頬っぺたは、最大限に膨らんでいる。怒っているに違いなかった。 「ア――アストロスは、滅びちゃったの?」 ルナは目に涙をいっぱいためて言ったが、ペリドットは笑った。 「滅びてたら、地球行き宇宙船が立ち寄るはずねえだろう」 それもそうだ、ルナはぽつりと言った。 「地球人は、アストロスの民を甘く見た。アズラエルの言うように、文明人ではない、原始人だとな。武器は刀剣があるくらいで銃や爆弾なんて化学兵器はない。――だが、それが地球人の大いなる誤算だ。なぜなら、アストロスは“神代”の時代だった」 「そうそう!」 話の展開に覚えがあるのだろう、カレンが膝を打った。 「地球人は、アストロスの都市に投げた核弾頭で、自らの軍が七割死滅した。アストロスの都市は無事だ。きずひとつついてはいなかった」 「なんだそりゃ、自爆でもしたのか!?」 アズラエルの叫び。 「なにがあったんです?」 セルゲイも聞いた。 「だから言っただろう、神代の時代だ。いくら人間が科学文明を極めようとも、“神”には勝てない」 「……」 「アストロスは、ふた柱の武神が守っていた。兄弟の武神がな。兄神の“アスラーエル”と弟神の“アルグレン”」 アズラエルとグレンが同時に「ぶっフォ!」と酒を噴き、「アーズラエルとグーレンではないですか!」と興奮状態のベッタラがとどめのひとことを刺した。 「そうそう! その名前!! 覚えてる、覚えてる!」 いつもなら、一番の現実主義者で、このテの話は片っ端から突っ込んでくれるはずのカレンがノリノリで肯定するので、急にアズラエルとグレンは肩身がせまくなった。 ペリドットはマイペースに話を続ける。 「弟神がアストロスの都市を守った。言い伝えによると、まがつ神の放った黒い悪魔は、弟神の手によってことごとく燃え尽き、最後の一つはまがつ神の頭上に落とされたとある。さらに弟神が神剣を振るえば、まがつ神は一人も残さず消え失せたと」 「……なんなんだ。その化け物染みた強さの神は」 「武神だからな。――まとめるとな、地球人の百万人の軍隊は、アストロスに傷さえつけられずに、弟神たったひとりに敗れ去った。地球に逃げ帰りたくてもアーズガルドは逃げられなかった。残ったのは十人ほど。宇宙船を動かすことすらできなくなっていた。アーズガルドは、現状を地球に報告した。すると、また援軍が送られてきた。次に来た援軍が“ドーソン”」 嫡男は、しかめっ面をした。 「いよいよ出たか。ロクなことしやがらねえのが分かりきってるぜ」 「それはどうかな」 ペリドットは言った。 「少なくとも、“ドーソン”は、地球の司令部の言うことをきくばかりの“アーズガルド”とは違った」 「なんだと?」 「このとき来たドーソンの代表は、まずアストロスと休戦協定を結んだ。そして、アストロスに礼を尽くし、アストロスのことを綿密に調べるという行動に出た。――グレン、今のドーソンからは考えられないかもしれないが、この“ドーソン”は、長い時間をかけて、アストロスと地球の和平を締結させようとしていたんだ。彼らと戦争をすることも、支配することも愚かなことだと分かっていた」 「……」 グレンは、信じられないという顔をした。 「地球首脳部は、アストロスとラグ・ヴァーダを支配するアタマしかない。計画性のない核爆弾投下で、アストロスの民は、すっかり地球の軍隊を“まがつ神”として疎んでいる。この“ドーソン”は、地球の首脳部をごまかしつつ、アストロスの民も刺激しないよう、なんとか戦争が起こらないように気を配っていた」 「ドーソンにも、そんなひとがいたんだなあ」 セルゲイが感心して言うのに、「おまえだからな」というペリドットの言葉が被って、今度はセルゲイが酒を噴いた。 「は? ――え?」 「アストロス太陽系攻略総司令官の名は、“セルゲイ・B・ドーソン”。法螺吹きと思ってくれるなよ? この名は、ラグ・ヴァーダ創世記だとか、おまえら地球人の記録を調べれば、すぐ出てくる名だ」 「……」 微妙な顔になってしまったセルゲイだったが、カレンが呆然とセルゲイの顔を見つめ、 「ペリドットの言うことは嘘じゃないよ……あたし、ばあさんからその名前、聞いたよ……なんで忘れてたんだろ」 と呟くので、ますます微妙な顔つきになってしまった。 「地球に残った調査団も本当はドーソンと同じ気持ちだった。侵略などしたくはない、だが、地球首脳部はあいかわらず支配の路線をくつがえさなかったし、政府がばらまいた根も葉もないウワサで、地球の一般市民は、アストロスの民は蛮人だという意識を強くしていった。先に戦争を仕掛けたのは地球人だが、弟神に百万余の軍人たちが一気に消されてしまったのも事実だ。世論は次第に、アストロスを支配しろ、の声が強くなっていく。 そして、地球に残った調査団の一人は、いわゆるアストロスの最初の戦争で、兄を失っていた。いわゆる見せしめとして殺された地球人のひとりで、それをしたのはアーズガルドの軍隊だったんだが、地球首脳陣は、それもアストロスの残虐行為として事実を捻じ曲げた」 「なんて奴らだ……」 身内の汚さをこれでもかと思い知ってきているグレンだが、地球首脳陣の汚さといったらそれ以上のような気がした。かつてなかったことだが、今だけはドーソンの味方をしたいグレンだった。 「地球の首脳陣は、とにかくアストロスの兄神と弟神を始末したくて仕方がなかった。だが、どんな爆弾も化学兵器も、神にはかなわない。幾ら大軍をつぎ込んでも、アストロスの武神の剣一振りで全滅だ。どうしたらいいかと頭を悩ませているときに――例の、兄をうしなった調査団のひとりが案を提示した。 ――神には、神を」 |