「神には、神を……」

 ルナが呟いた。

 

 「そのあたりに、マッケランの名が出て来るよね。マッケランもアストロスに行ったんだ」

 カレンが口を挟む。ペリドットは「そうだ」と言った。

 「ドーソンの膠着ぶりに業を煮やした地球首脳陣が、あらたな軍をアストロスに送った」

 カレンが満足げにうなずく。

 「その司令官は、ミカレン・D・マッケラン」

 カレンは酒を噴かなかった。むしろ、自分で嬉々として、その名を口にした。

 「ミカレンはマッケランの英雄だ。あたしの名も、その人から取ったって聞いてる」

 

 ペリドットは何も言わなかったが、ルナにははっきりとわかった。

 そのミカレンの生まれ変わりが――カレンだ。

 

「“マッケラン”は“ドーソン”とともに、アストロス攻略の任についた。だがミカレンも、セルゲイと同じ考えの持ち主で、地球のアストロス征服には、内心では反対していた。だから彼はドーソンの協力者となった」

「そうそうそう!」

カレンが膝とセルゲイを交互に、バシバシと打つ。

「いたいよ、カレン」セルゲイが眉尻を下げた。

 

「さて、神には神を、の話だが――ラグ・ヴァーダも、アストロスと同じ神代の時代。地球の調査団はラグ・ヴァーダに着いた調査団に連絡を取った。ラグ・ヴァーダの調査団は、アストロスで起こっていることなど知らない。ただ、地球人がアストロスの神に何万人も殺された。助けてほしいと頼んだ。アストロスの弟神を止めたい――ラグ・ヴァーダは、その願いに応じて、ラグ・ヴァーダの武神をアストロスに送った。無論、ラグ・ヴァーダも太古の時代だから宇宙船なんてない。“ロナウド”の軍隊が、武神を迎えに行き、アストロスまで運んだ」

「それが、神には神を、の意味か――」

セルゲイが、顎に手を当てて唸った。

 

 「そのあたりが、歌の、

 

“サルーディーバはむかえた ラグ・ヴァーダと同じ青き星よりの使者を

 迷い人を

 彼のねがいを叶えたまえ 迷い人をすくいたまえ”

マーサ・ジャ・ハーナの神はかなえた

 戦士を送り出した

 ラグ・ヴァーダの戦士を もっともつよき武神を“

 

 の部分でありますね」

 ベッタラが軽く調子をつけて歌った。

 

 「そうだ。そして、何も知らないラグ・ヴァーダの武神は、地球の軍隊を守るために、アストロスの弟神と戦った」

 「ドーソンはアストロス側と休戦協定を結んでいたのに?」

 「休戦協定を勝手に結んだのはドーソンだ。ロナウドはそんなことは知らない。ラグ・ヴァーダの武神に、兄弟神を倒して欲しいと言った。ラグ・ヴァーダの武神は、ラグ・ヴァーダにまがつ神を寄越さぬことを条件に、ねがいを叶えた」

 

 “ラグ・ヴァーダの名を持つつよき神よ

 神はアストロイの武神を 弟神を打ち破る

 つよき神よ おお! ラグ・ヴァーダの武神よ“

 

 「歌によると、弟神は、ラグ・ヴァーダの武神に敗れたんだな」

 グレンの苦いため息。グレンのため息は、もっぱら、その次の節のせいだった。

 

“されどラグ・ヴァーダの武神も アストロイの兄神のまえに敗れ去る

 おお! ラグ・ヴァーダの武神よ つよき神よ 偉大なる神よ“

 

 「俺が負けて、アズラエルが勝つってなんだそりゃ……ずるくねえか」

 グレンの不満はもっともだったが、アズラエルの「当然だ」といわんばかりのドヤ顔に、ますますこめかみに青筋が立った。

 「弟神は、地球人の軍隊との戦いで疲弊していた。それだけは言える」

 ペリドットがフォローしてくれた。

 「本来なら、弟神もラグ・ヴァーダの武神に匹敵する力を持っていただろうよ。だが、彼はアストロスの民を爆弾から守り、力が弱まっていた。それに、倒されたとはいえ弟神も善戦したから、疲弊したラグ・ヴァーダの武神を、兄神が倒すことができた」

 「チッ」とアズラエルの舌打ち。グレンはペリドットのフォローがまんざらでもなかったのか、機嫌を直して続きを聞いた。

 「弟神は、死んだのか。ラグ・ヴァーダの神はどうなった」

 「弟神は死んだ。残念ながらな。弟を殺された兄神の悲憤は、天地を揺るがすほどだった」

 「でも、歌によると、兄神はラグ・ヴァーダの武神を打ち破っても、死なせはしなかったんですね」

 「ラグ・ヴァーダの神が死ねば、今度はラグ・ヴァーダの星と戦になる。そう考えた“ドーソン”は、殺さずに捕らえるよう説得した。ドーソンが、ラグ・ヴァーダの武神を、ラグ・ヴァーダにもどすことを約束して」

 「……」

 

 “捕らえられたラグ・ヴァーダの戦士 偉大なる戦士

 アストロイの姫メルーヴァが救いたもう 青き星の民とアストロイの女王の子よ

 平和をもたらす姫よ うるわしき姫メルーヴァ“

 

 「ここでやっと、メルーヴァが出てくるんだね」

 カレンの言葉に、ルナの喉がこくりと鳴った。

 

“メルーヴァはラグ・ヴァーダの戦士の子を産む

 その名はイシュメル

 三つ星に平和をもたらす子ども

 ラグ・ヴァーダの戦士は散った 青き星のまがつ神のために

 アストロイの兄神は散った 青き星のまがつ神のために

 メルーヴァは散った 散り散りに砕けた 

ラグ・ヴァーダの戦士とアストロイの兄神のたたかいによって“

 

「メルーヴァ姫は、ほんとうは、アストロスの兄神の婚約者だった」

グレンが何か言いたげな顔をしたが、邪魔をせずに続きを待った。

「だが、メルーヴァは、平和を望む娘だった」

 

「アストロスの民は、敬愛する弟神を殺され、ラグ・ヴァーダの武神を殺せと息巻いている。だが、ラグ・ヴァーダの武神を殺せば、アストロスとラグ・ヴァーダの戦争になる。互いがつぶし合い、そうなれば、喜ぶのはだれだ? 地球の首脳たちだ。ドーソンもマッケランも、その最悪の事態を避けたかった。平和の女神であるメルーヴァもだ。だからメルーヴァ姫は、ラグ・ヴァーダの武神と交わって、子を産んだ――地球と、アストロスと、ラグ・ヴァーダの血を引く子供をな。それが、イシュメルだ」

 

「――兄神が、よく引き下がったな」

アズラエルの素直な感想だ。ペリドットは苦笑した。

「平和のため、星のため、姫の幸せのためと説得されて最初は引き下がった。兄神は、メルーヴァ姫を愛していた。彼女が幸せになるなら――彼女が選んだことなら、とつらい思いをおさめて、そのときは引き下がった」

「……」

「ラグ・ヴァーダの武神も、美しく優しい姫を心から愛した。だが、ここで終わっていればハッピーエンドだったかもしれないが、事態は急変した」

「急変?」

「ああ、そうだ、そこで、この、ロナウドの野郎が!」

カレンがバシバシバシと膝を打ち、セルゲイも身を乗り出した。

 

「ドーソンもマッケランも、常に和平工作ばかり。ロナウドはさすがにおかしいことに気付いた。ドーソンもマッケランもロナウドの上司だったので言うことを聞いていたが、彼らのなすことはすべて地球の首脳陣の命令とは正反対だ。ロナウドは悩んだ。だが、ロナウドも自分が命令違反で更迭されるわけにはいかなかった。このことを――地球に報告した」

「だからロナウドは信用できねえんだ!」

カレンは膝の代わりにセルゲイを叩き、「い、いたい、いたいよカレン!」とまた悲鳴をあげさせた。

「ドーソンとマッケランに、地球に戻れという指令が下った。ドーソンもマッケランも覚悟を決めた――アストロスの味方をし、地球側と敵対することを。――ドーソンは、イシュメルとメルーヴァの安全を願い、また、できうるかぎりのアストロスの民をラグ・ヴァーダに避難させようと思った。ラグ・ヴァーダの武神も、ふたりをラグ・ヴァーダに連れて行くと言いだした。それに怒ったのが、兄神と、アストロスの民だ」

 

「なぜ怒ったんです」

セルゲイが問うた。

「安全のためだったのでしょう?」

 

「故郷の地を離れ、遠い惑星に向かうことなど、彼らには理解しがたい話だった。それにメルーヴァは、アストロスの平和の象徴。それがアストロスから連れ去られるということは、アストロスから平和がなくなるということだ。兄神も、一生そばに仕えて見守ることを条件に、姫がラグ・ヴァーダの武神に嫁すことを許したのに、これでは話が違う。怒った兄神とラグ・ヴァーダの武神との間で一騎打ちが起こった」