「そんなことしたら、アストロスが壊れちゃうじゃない!」

ルナは、グレンとアズラエルがケンカしたときを思い出して叫んだ。武神と軍人ではレベルが違うだろうが、周りのものも壊れるのは当たり前だ。

 

「そうだ。ルナの言うとおり、武神同士の対決は、天が割れ、地が跳ね上がるような天変地異だ。メルーヴァは嘆き悲しんだ。争いのために、イシュメルを産んだのではないのに。このままでは、二神の戦いで、アストロイの民まで滅びてしまう。それを憂えたメルーヴァは、ふたりの戦いをとめるために、身を投じて、こなごなに砕け散った」

「――!」

ルナはおもわず、胸元をきゅっとつかんでいた。

 

「平和の女神が粉々に砕け散り、兄神とラグ・ヴァーダの武神は戦いをやめた。みずからのもっとも愛するものを、己の手で砕いてしまったのだから。兄神とラグ・ヴァーダの武神の咆哮は、地を揺らし、涙は海になってアストロイの民を飲み込んだ――」

「なんてはた迷惑な奴らだ……」

アズラエルとの大ゲンカで店を大破させた過去があるグレンにとっては、どうも他人事には思えず、気のせいかルナの視線が痛い。

 

「悲しみのあまり絶望し、力をなくした二神は、ロナウドの軍の一斉射撃を浴びて死んだ。ロナウドは二神が力をなくすそのときを狙っていた」

「くっそ! ロナウド!」

カレンが咆哮し、

「そしてマッケランは、ドーソンの宇宙船がラグ・ヴァーダに行くのを見守りながら、ロナウドの軍と戦ったんだ! ミカレンは、アストロスの民と一緒に戦って、壮絶に討ち死にした! わが一族の英雄だ!!」

カレンは大演説し、酒を呷って、ほうとため息をついた。

自分の代わりにカレンが説明してくれたので、ペリドットは「……続けていいか?」と聞いた。カレンは「どうぞ」と譲った。

「すでにそのとき、イシュメルはアストロスにいなかった。ドーソンが、密かにラグ・ヴァーダに向かっていたんだ。イシュメルを連れて――それは、メルーヴァの願いだった」

 

“イシュメルは守られた 青き星の偉大なる神によって

イシュメルは守られた われらラグ・ヴァーダの王サルーディーバによって

偉大なる王 サルーディーバよ

戦士はアストロスに眠る“

 

 

「ラグ・ヴァーダの女王サルーディーバは、三つの星の絆であるイシュメルを守ることを固く誓った。ラグ・ヴァーダの女王は、いずれ地球の軍勢がラグ・ヴァーダに来ることを予期していた。我々は、地球の民に支配されるだろうと――そして女王サルーディーバは、“ドーソン”にこう告げた」

 

――ラグ・ヴァーダを守ることをお誓いなさい。さすればあなたの一族に、三千年の繁栄を約束しましょう。私があなたの一族に、恵みをもたらすでしょう。そしていずれわたくしが生まれ変わり、地球の大地を踏むときに、あなたの一族の繁栄は終わります――。

 

「ドーソン一族がL系惑星群を守る軍事惑星の要になった裏には、そういう話があったんですね……」

ラグ・ヴァーダの女王、サルーディーバの祝福があった。

セルゲイが、納得したように呟いた。

 

“やがてまがつ神はやってきた ラグ・ヴァーダにも

アストロイを滅ぼしたように

まがつ神はやってきた ラグ・ヴァーダを支配する

されどイシュメルはマーサ・ジャ・ハーナの神が守る

マーサ・ジャ・ハーナの神よ

三つ星を繋ぐまことの神よ!“

 

「“ドーソン”は、イシュメルをラグ・ヴァーダに預けた。イシュメルは、ドーソンがアストロスから連れて来たアストロスの民が代々、守り続けることになる。

セルゲイ・B・ドーソンは、アストロスを征服したのち、ラグ・ヴァーダをも征服しに来た地球の軍隊によってつかまり、すべての責を負って銃殺刑になった。だが“ロナウド”の口入れによって、ドーソンもマッケランも、一族の者はことごとく地位を守られ、年月は要したが、セルゲイとミカレンの名誉回復もなされた。“ロナウド”は、地球首脳陣の命令は果たしたが、決してドーソンとマッケランを貶めたいわけではなかったんだ。むしろ彼らを畏敬していた」

「……」

カレンが、鼻を啜った。

「そして、アストロスも、ラグ・ヴァーダも、地球人に支配され、戦争は終わった――」

 

長い長い話だった。

だれともなく、ふかいため息が、終了の合図のように、口から洩れた。

 

 「サルーディーバ女王様が生まれ変わって、地球に着いたとき、ドーソン一族の繁栄は終わる……」

 ルナの言葉に、グレンたちは、はっとしたようにルナを見た。

 

 「サルーディーバ女王様の生まれ変わりって――?」

 

 ペリドットは名を口に出す代わりに、ZOOカードをルナのほうへ差し出した。――ZOOカード? いや、これはきっとZOOカードだ。トランプのように小さなカードで、宝石のついた杖を手に、L03の衣装を着た青い猫の絵が――。

 

 「“偉大なる青い猫”」

 ルナはカードを見つめて、つぶやいた。

 

 「――ミシェルだ」

 

 

 

 

 「素敵……!」

 

 ルナたちが、ラグ・ヴァーダに伝わるマーサ・ジャ・ハーナの神話に喜怒哀楽しているころ、ミシェルは奥殿ギャラリーに灯る灯篭に目を輝かせていた。

 すっかり暗くなった宵闇に、ともる小さな灯りたち。

 ギャラリーの美しく整えられた庭には、草木のかげ、黒漆で形づくられた灯篭が、あちこちで光を零していた。絵画を浮かび上がらせる、廊下に飾られた朱塗りの灯篭細工も、これまた闇に映えていた。

 

ギャラリーの改装は、午前中で終わらなかったのだ。

ララのこだわりは常軌を逸しているので、絵画を飾る位置一センチのずれにも妥協を許さない。思いのほか時間がかかって、結局ギャラリーの訪問は、七時を過ぎたころになってしまった。

ミシェルは午後から神主おじいさんと絵を描き、邪魔だと言われたクラウドはしかたなくララに付き合い、ギャラリーの改装作業をながめながら時間を潰した。

暗くなりかけ、ミシェルたちが絵の道具を片付けてギャラリーに来てもまだ作業は終わっていず、夕食を先に取ることに決めた。おじいさんとミシェルと、クラウドは一緒に料亭まさなで夕食をとった。

 

 「昼じゃなくてもよかったね! 待ったかいがあったよ〜! 夜の風情も素敵!」

 昼間じゃ、灯篭なんて見られないもん! とミシェルは、絵にたどり着くまえから、大興奮だった。

 「やれやれ……ド派手にしおってからに」

 おじいさんは不満げだ。もともと朱塗りだったのは欄干くらいのものだったのに、灯篭に加え、軒下の飾りも増え、ずいぶん派手になっている。

漆を塗り直した個所があるのか、ほのかに匂いが漂った。

 ミシェルは十二分に灯篭を堪能してから、ていねいに靴を脱いで、「おじゃまします」といってギャラリーの廊下へ上がった。

 

 「さ、こっちだよ。一枚目から、わたしが解説してあげる」

 「ほどほどにしてね」

 昼間、これでもかと絵への熱い情熱を聞かされたクラウドとしては、正直もうおなかいっぱいだ。

 三人は、ギャラリーの奥殿側へ向かおうとしたが、ミシェルがついてこないことに気付いて、立ち止まった。

 

 「どうしたんだい、ミシェル」

 ミシェルは、一枚の絵の前で立ちつくしていた。

 

 「あ――コレ」

 クラウドがミシェルの後ろから両肩に手を置き、言った。

 「まえ、ギャラリーに来たとき、ミシェルはこの絵を見て卒倒したんだよ」

 「え? これって、あたしが卒倒したヤツ?」

 「卒倒?」

 聞いたのはララだけだ。おじいさんは黙ってミシェルのほうを見ている。

 「うん、あたしね、はじめてギャラリーに来たとき、この絵を見て、気絶したの」

 

 ミシェルが見ていたのは、このギャラリーにある絵の中で唯一、百五十六代目サルーディーバが描いたとされる、予言の絵だった。

 写実的なほかの絵と違い、子どもが描いたような大ざっぱな絵といえば言い方が悪いが――絵本の挿絵とでもいえば、可愛らしくみえるかもしれない。

 

 お姫様を守る二匹のライオンに、真っ白なライオンが向かってくる様子を描いた絵画だった。絵の左端に太陽の神とおぼしき存在があって、夜の神と昼の神も、お姫様のうしろで両手を広げている。