「おまえたちも知っている。――すでに、会っている」 ペリドットはそう言ったが、だれにも、心当たりなどない。ペリドットは、名を教えてはくれなかった。 「真砂名神社のおじいちゃんは?」 ルナが聞いた。 「アイツは、イシュメルを守るためにいっしょにラグ・ヴァーダにきた、アストロスの民の末裔だ。イシュマールは、共通語読みで、アストロスの言葉に直すとイシュメルになる」 「あの――これは、かなり――かなりぶっ飛んだ推測なんですけど、」 セルゲイが、恐る恐る言った。 「もしかして、“イシュメルを守る者”が代々、真砂名神社の神主になるんですか……?」 「ああ、そうだ」 ペリドットは、あっけらかんと頷いた。 「まさか――この地球行き宇宙船が――イシュメルを守るために作られたなんてことは――」 「お、おいおい、まさか。それは言いすぎだろ」 カレンがセルゲイの背中を叩いた。 「それも、創設の理由のひとつではあるんじゃねえかなあ」 ペリドットは、否定はしなかった。彼は火を見つめながらつぶやいた。 「イシュメルが、アストロスとラグ・ヴァーダと地球を繋ぐ、平和の象徴だってことはたしかなんだ。だから、代々、真砂名神社の神主は、イシュメルの名を持ち、“イシュメルを守る一族”の長がつとめる。そして地球行き宇宙船は、ラグ・ヴァーダから旅立ち、アストロスに立ち寄って、地球に着く」 パチッと火が爆ぜた。ベッタラが、木をたき火に継ぎ足したのだった。 「――待て」 アズラエルがさえぎった。 「俺はアントニオから聞いた――千年前のメルーヴァの話をな。そいつは、いったいなんなんだ」 「辺境の惑星群から、軍事惑星までも巻き込んだ、大きな戦争のことか?」 「そうだ」 「それも実際にあった話だ。それも、“おまえたちの物語”だ」 アズラエルは息を呑んだ。 「地球人が歴史を歪めて残したために、ラグ・ヴァーダの神は、“革命家メルーヴァ”となって生まれ変わり、L系惑星群にいる地球人を滅ぼそうとする。二千年前、千年前――ことごとく、メルーヴァは平和の象徴“イシュメル”のまえに敗れ去った。だが千年ごとに、メルーヴァの名を冠したラグ・ヴァーダの武神は蘇る」 「――終わらせる方法は、ないんですか」 ルナが、必死の形相で聞いた。 「ラグ・ヴァーダの武神の、よみがえりを終わらせる方法は」 「ある」 ペリドットは力強く告げた。 「メルーヴァ姫がふたたびラグ・ヴァーダの武神の胸に抱かれるか――アストロスの武神が、ラグ・ヴァーダの神を倒すか、だ」 「――!」 「妻と子を奪われ、地球人にだまし討ちされたラグ・ヴァーダの神の怒りはふかい。二千年前も千年前も、地球の軍隊が“メルーヴァ”を倒した。それゆえに、メルーヴァは蘇る。蘇ってしまう。終わらないんだ」 「地球人ではなく、アストロスの神が倒さねばならないんですね」 セルゲイが念を押した。ペリドットはうなずいた。 「――神には神を、といっただろう」 「アスラーエルとアルグレン、そしてメルーヴァ姫が、彼を止めなきゃいけないんだ……」 ルナが、うつむいたまま呟いた。 「じゃあ、あのメルヴァは――今の“革命家メルヴァ”も、そうなのか」 「そうだ」 ペリドットの言葉に、グレンもだいたい予想がついていたのか、大きなため息を吐いて肩を揺らせた。 「だとしたら――」 「そうだ。来るぞ、兄弟神」 ペリドットは、にやりと笑い、アズラエルとグレンは全身がざわついた。――それは戦慄だったか、武者震いだったか。 「メルーヴァ姫を、奪いにか?」 冷や汗に気付かないふりをして、グレンは冗談を言ったが、ペリドットは、それに対しては、うんとも違うとも言わなかった。 紅葉庵の茶店で、おじいさんに茶菓子を奢って、アストロスのマーサ・ジャ・ハーナの神話とやらを聞きだした後、クラウドはひとり、ミシェルが卒倒した絵画のまえに佇んでいた。 めずらしくクラウドは、ララにミシェルを任せた。いまごろ、ララが椿の宿に宿泊手配をしてくれていることだろう。それとも、あのまめな、シグルスとかいう秘書がやってくれているのだろうか。 (――神話の絵にして、予言の絵) たしかに、神話の絵だ。 これがアストロスのマーサ・ジャ・ハーナの神話の絵であるならば。 大きな白いネズミが、ラグ・ヴァーダの武神、そして、この茶色い二頭の動物は、アストロスの兄弟神。守られている姫は、メルーヴァ姫。 アストロスの守護神である、アスラーエルとアルグレンの兄弟神と、ラグ・ヴァーダの武神の戦いをあらわした絵なのだろう。 (アズラエルとグレンが聞いたら、卒倒しそうだな) クラウドは苦笑いした。あのふたりはぜったい、認めないだろう。クラウドはいまのところ、アズラエルとグレンもすでにこの話を聞いていて、卒倒はせずとも酒を噴き巻いていたことなど知らない。 (だとしたら、下のライオンがアズラエル。ミシェルがライオンじゃないといった上の動物はおそらくトラで、グレンだ) 明日、クラウドはこの絵をララに頼んでスキャンしてもらうことにした。もしかしたら、トラの模様が浮かび上がるかもしれない。この絵に人の手を触れさせるのを、ララは嫌がるだろうが、そうもいってはいられない。 謎なのは、太陽の神と夜の神、真昼の神までもが絵に描かれていることだ。イシュマールは、それらの神は、アストロスの神話にもラグ・ヴァーダの神話にも存在しないと言った。すなわち、これらの神は地球の神話の神なのだ。 この絵は、地球のマーサ・ジャ・ハーナの神話と、アストロスの神話が一緒くたになっている。 ミシェルに――いや、これをかいた“百五十六代目サルーディーバ”に聞かなければ、ほんとうの意味は分からない。 (メルヴァのZOOカードは、革命家のライオン――だがミシェルは何と言った?) ネズミ。 (ライオンに化けた、ネズミね……) そうなれば、話がだいぶ違ってくる。そしてミシェルは、この絵は予言の絵でもあるといった。つまり、この先、もう一度この戦いが起きると、予言したのだ。 (マリー、君が残したパスとIDは、このことに関係あることなの? それとも、全く別のことだろうか。メルヴァ、君の正体はいったいなんなんだい。ライオンなの? それともネズミ? ライオンに化けなければならなかったの。どうやって化けたの。ネズミがライオンに?) クラウドは、頭をガシガシとかきまわした。絹糸のような金髪が、爆発した。 (メルヴァ――君はルナちゃんを奪いにくるの? 本当は、殺すためではなく、奪いに?) クラウドは、その考えを打ち払っては消し、消しては考え直した。メルヴァがルナを殺しにくるのか、奪いにくるのか、それだけで、対策の仕方がずいぶん変わるからだ。 メルヴァの目的が分からない。だが、彼は、確実に来ることだけは確信できた。 メルーヴァ王女の生まれ変わりである、ルナのもとに――。 そして、この戦いの舞台は、アストロス――。 クラウドは、頭が痺れるほどの速さで計算した。この推測を軍事惑星に告げて、受け入れられても、対策が講じられ、特別な軍編成を整え、実際にアストロスに軍が派遣されるのは、どう早く見積もっても、来年末だ。 それは、この地球行き宇宙船がアストロスに立ち寄る時期と、奇しくも重なった。 (しっかり考えろ、“真実をもたらすライオン”) クラウドは、空が白むまで、絵に挑むかのように、立ち続けていた。 |