百三話 ルナの決意



 

 ルナたちは、それぞれの思いを抱えたまま、黙りこくっていた。

グレンは、すでに頭の中でメルヴァの軍を迎えうつ編成をシミュレーションしていたし、アズラエルは最近まったく使っていなくて、錆びついたコンバットナイフと自身の腕をもういちど研ぐ必要性を認識し、ロビンかバーガスあたりに練習相手を頼もうか、ラガーの店長に聞けば、警察星あたりでもいい、役員で、いい練習相手になるやつはいないか、チャンの仲間の白龍グループ出で誰かいないか、延々と考え続けていた。

セルゲイはセルゲイで、ただの医者である自分がどうしたらいいのかまったく分からず、途方に暮れていた。

頼りになるのはルナセンサーだけ。だがそれも、ルナに危機が迫ったら分かるくらいのもので、メルヴァ相手に剣を持って立ちまわれと言われても、できるわけがない。セルゲイにやっと考えることができたのは、この宇宙船にスナイパーの講師はいないかなということだった。軍学時代、狙撃手コースにいたセルゲイの、昔取った杵柄――だが、セルゲイがもう一度練習し直したところで、セルゲイより腕の立つスナイパーはこの世にごまんといて、そっちを雇ったほうがいいことは知れている。

そもそも、メルヴァの居場所すらわからないのにスナイパーなんて役に立つのか。

セルゲイは嘆息した。いい考えなど、まるで思いつかない。

 

ルナもまた、思いつめた顔をして、みんなの考え込んだ様子を見つめていた。ルナの言いたいことは、まとまった言葉にならずに喉の奥にかたまりとなって残った。

だれも、何も言わない。

ベッタラも、ペリドットも。ふたりは考えている様子はなかったが、口も開かなかった。

ただひとつ――ルナにさえわかったのは、アズラエルもグレンもカレンもセルゲイも、恐怖に怯えているのではない。どうしたらルナを守れるか――そのことだけに思いをはせて、頭を悩ませているのだった。

一秒が、一分にも感じられた――ルナには。

 

「……やはりあたしは、L20に帰るべきだ」

沈黙を破ったのはカレンだ。カレンが思い切ったように、顔を上げた。

「カレン――」

ルナが何か言うまえに、セルゲイが驚いた声でカレンの名を呼んだ。カレンは眉間に皺をよせ、真剣な面持ちで言った。

 

「今までの話――あたしは、信じる」

まっすぐに、ペリドットを見つめた。

「メルヴァがL系惑星群のテロリストで、指名手配犯なのは、ほんとだ。もしメルヴァがアストロスにいたなら、あんたの話はほんとだってことが証明される」

「そりゃ、ありがたい」

「あたしは軍人だ――ミカレンと同じ。現実的な考え方しかできないけど、L03やあの辺に、不思議が多いことは認めるよ――神話とか何とか、ほんとは知ったこっちゃないけど、あたしだって、ルナを危険な目に遭わせたくない。――メルヴァは、ルナを奪いに来るんだね? アストロスで待ち構えて――ルナを」

「――ああ」

わずかな間を置いて、ペリドットはしっかりとうなずいた。

 

「クラウドがこのあいだ言ってた意味がやっと分かったよ。まるっきり信じちゃいないけど、疑うことも、できない」

カレンは重々しく、言った。

「あたしにだって、アズラエルやグレンみたいな神様染みたことはできないけど、できることはある」

「おいちょっと待て。俺が強いことはたしかだが、コンバットナイフで十万人吹っ飛ばすことはできねえぞ」

「核爆弾ふせげって言うのか、無茶言うな」

アズラエルとグレンの文句は、カレンは聞いていなかった。

 

「メルヴァがアストロスにいると分かったなら、L20が押さえる。どうせ、L18は動けない。今回の地球行き宇宙船を護衛しているのもL20だし、メルヴァ軍の掃討をまかされているのもL20だ。だとしたら、あたしが戻ってなんとかする。あたしがメルヴァ討伐の総司令官になる」

カレンの宣言に、皆言葉を失って、固まった。

「L20が、なんとしてもメルヴァを押さえる。捕まえたらこっちのモンだ。――それができたら、グレン、アズラエル、あんたたちが始末すればいい。そうすれば――」

カレンは、ルナに笑顔を向けた。

「ルナに危険は及ばない――ね!」

「……!」

ルナは泣きそうな顔をした。そして、俯いてしまった。

 

「それは、ダメだ」

厳めしい声がしたので、誰の声かとおもったら、それはセルゲイからだった。

「それは、ぜったい、ダメ」

いつもおだやかで、柔らかな口調のセルゲイが、地面とにらめっこしたまま厳しい声で言ったので、ルナもカレンも、言葉を詰まらせてしまった。

 

「ダ、ダメって、何が――」

聞いたことのないセルゲイの重い声に、一瞬詰まったカレンだったが、すぐに我にかえって、あわてて聞いた。

セルゲイはカレンのほうを向かずに、気難しい顔のまま、言った。

「それは絶対だめだ。君は、地球に行くんだ。私は、そうするように、君のお義母さんに頼まれたんだから」

急にカレンの顔から、表情がなくなった。

 

 「やっぱり義母さんは――あたしが邪魔なんだ、」

 「それは違う、カレン」

 セルゲイがやっとカレンのほうを向いた。カレンは、険しい顔でぽつり、

 「――やっぱり、みんな、あたしじゃ不安なんだな」

 とつぶやいた。

 

 「カレン、」

「“かあさん”と同じ、気が短くて考えが浅いあたしは、当主にはふさわしくない。――でもそれでいい、それでもいい。あたしは、次期当主になんてならなくていい! 次期当主はアミザでいいよ。でもあたしは、ルナのためにメルヴァ征討軍の司令官になる! そのぐらい許されるだろ、あたしだってマッケランの人間なんだ!!」

 「カレン!!」

 乾いた音がした――ルナはびっくりして目を見開いた。セルゲイがカレンを殴ったのだ。

 

 「聞いて。聞きなさい、カレン」

 セルゲイは、いつもの、柔らかいテノールにもどった。悲しみをにじませた声で彼は言った。

 「ミラさんもアミザさんも、君を愛してる。君が当主にふさわしくない人間だなんて思っていない」

 カレンの頬が紅潮した。急激に血が上ったようだった。興奮のために。

 「じゃあなんで――地球行き宇宙船なんかに乗せたんだ! なぜ! この、大事なときに――軍事惑星が、たいへん、な、とき、に、」

 

 ルナは、条件反射で手を差し出していた。

カレンがごほっ、と咳き込んだかと思ったら、口から真っ赤な鮮血が噴き出したからだ。ルナの手はカレンに届かず、グレンが背後からカレンを支えた。グレンの右腕が、カレンの血で真っ赤に染まった。

 「タオルを――」

 セルゲイの声が聞こえて、ベッタラがビリビリと自分の衣装を破いているのを、どこか遠い目でルナは見ていた。

 

 「ルナ」

 ルナは、どこから声がするのか分からなかった。

 「ルナ、ピエトの薬を持っているか?」

 

 ルナは最初、何を言われたかわからず、無意識にバッグを探った。

薬――ピエトの薬――ある。念のためと、薬用のポーチに、二、三日分が――。

 「おいベッタラ、水――。ルナ、セルゲイに渡せ、薬だ――そうだ。アバド病の薬だ」

 

 ルナの混乱した頭は、やっと現状に追いついた。ルナを呼んだのはペリドットだ。

 

 「カレンは、アバド病だ」

 ペリドットは、もう一度、ルナに言い聞かせるかのように言った。

 

 アズラエルとグレンがおどろいた顔をし――セルゲイが苦い顔をしたのを、ルナは見た。

 カレンが口から血を噴きながら、ルナを見た。

 微笑んでいるような気もしたし、泣いているような気もした。ルナはカレンの手を一度握ったが、セルゲイが抱きかかえ、連れていくのをだまって見ていることしかできなかった。