「椿の宿」旅館の食堂で、ミシェルは朝定食とわかめうどん、親子丼とデザートに白玉あんみつまで食べてクラウドを怯ませたあと、またふたりそろって真砂名神社の階段を、わき腹を押さえながら上がり、ギャラリーに来ていた。 「なんだかやたら、おなかが減るのよ」 ミシェルが困ったように言った。 「あたし、あとわかめうどん三杯食えるかも」 「それは食べ過ぎだな――でも、ミシェルが百キロになっても、俺は君を愛するよ」 「シャレじゃなく、クラウドの体重越したらどうしよう」 ミシェルは、待望だったギャラリーの絵を見て回りながら、そうぼやいた。ひとつひとつの絵を、じっくり眺めては満足のためいきを吐き、やがてミシェルはふたたび――例の、予言の絵のまえに到達した。 ミシェルは直視しないように気を付けながら、隣に並んだクラウドに聞いた。 「クラウドはなんともないの――よね」 「なにが?」 「この絵を長い間見ていても」 クラウドは、昨夜、この絵とにらめっこして夜を明かしたのだ。 「そうだね、俺はなんともない。――ところでミシェル、これは、マーサ・ジャ・ハーナの絵でもあり、予言の絵でもあるっていったけど、どういう意味?」 「そういう意味だよ」 ミシェルはきっぱりと言った。 「でも、地球の神話の神まで描かれてる。それはなぜ?」 「だから、予言の絵だからなのよ」 ミシェルの解説は短すぎて、要領を得ない。クラウドは質問を変えようと思ったが、ミシェルが告げた。 「クラウドはね、この絵のことは、あんまり考えなくていいの」 「――え?」 「クラウドの“真実をもたらすライオン”は、こっちの役目じゃない。――『クラウド、君は、L18の滅びを見届ける役目を追っている。こちらの絵は、“真実をもたらすトラ”にまかせたまえ。ふたつのできごとは繋がるが、君はL18、こちらはL03。役割が違うのだよ、君。でも、一度“真実をもたらすトラ”には会いに行った方がいい。そうすれば、君の役割がおのずと分かるはずだから――』」 ミシェルの声は、だんだん男性の声になっていった。クラウドも聞き覚えのある、百五十六代目サルーディーバの声――。 「“真実をもたらすトラ”? それはどこの誰?」 クラウドはあわてて聞いたが。 「イデデデ……」 ミシェルは頭を抱えてうずくまってしまった。 「だ、だいじょうぶ――ミシェル?」 クラウドもしゃがんで、ミシェルの肩を抱いたが、ミシェルははっと気づいたように顔を上げた。 「――分かった! 大食いなのはコイツだ! 青い猫!!」 「あおいねこ?」 「コイツが出てくるまえは、あたし大食いになるんだ! アンジェラの講習会行った日も、あたし、なんだかおなかすいておなかすいて……」 クラウドは、あの日、ミシェルが普段にはないくらい朝ごはんをがっついていたことを思い出した。 「勘弁してよぅ! あたし、百キロになったらどうすんのよ!!」 ミシェルの絶叫に、さらりと風が吹いた。ちりん、ちりんと灯篭の鈴が鳴った。ネコの鈴の様だ。 “偉大なる青い猫”が、笑っているような気がした。 「ダメだ。今日はもうやめよ」 ミシェルはくるりと絵に背を向けた。 「また来るわ。あたし、まだまだこの絵には秘密がかくされてると思う」 ミシェルはそう言って、ギャラリーを下りてスニーカーを履いた。 「きのう、おじいちゃんからアストロスのマーサ・ジャ・ハーナの神話を聞いたんでしょ」 ギャラリーからの帰り道、ミシェルはその話をクラウドから聞いた。 「うん。――ラグ・ヴァーダのほうもあるらしいんだ。そっちも知りたいところだけどね」 どこに、知っている人間がいるのか――。 「イシュマールは、『K33区に行ったらどうじゃ』と言っていたけれども。俺にラグバダ族の知り合いなんていないし、ピエトの故郷の誰かか、今K33区に行っているアズラエルに、誰か知っている人がいないか聞いてもらおうと思っていたところ」 クラウドが言うと、 「ピエトが知ってるのよ、それ」 とミシェルはあっさり、クラウドの悩みを解決した。 「ええ!?」 クラウドの絶叫。 「ピエトが!?」 「あたしも忘れてたんだけど、そういやこないだ、K12区に行く途中でそんな話になって。ラグ・ヴァーダっていわゆるラグバダ族のことでしょ? ピエトが、あたしたちの知らないマーサ・ジャ・ハーナの神話を知ってたの。あとで教えるって言って――そう、ルナが、クラウドがいるときに教えてっていってさ。でも、ゼラチンジャーの変身キットのせいで、たぶん忘れたんだよピエト」 「……!! じゃあ、うちに帰れば、それが聞ける……!」 クラウドは拳をぎゅっと握った。 「そうと決まれば、家に帰って待とう!」 クラウドとミシェルは、シャインをつかってすぐにK27区に戻り、自宅に帰った。ルナたちは、まだ帰っていない。 やはりシャインではなく、自動車で行ったのか。ミシェルは腰を落ち着けて待とうと言ったが、おちつかないクラウドが、今頃、どのあたりまで来ているかと、GPSでアズラエルたちの居場所を検索した。――すると。 「え? 病院?」 アズラエルとルナと、グレンとピエトが中央区の病院に向かっていることが判明した。自動車に乗っているのは、この四人。――セルゲイと、カレンがいない。 「病院って――ピエトがどうかしたの」 病院という言葉から真っ先に連想されるのは、ピエトのアバド病だ。ほかに、大病を患っている人間はいない――はずだった。 車に乗っていないセルゲイとカレンはどこに。クラウドがさがすと、やはり四人が向かっている中央区の病院にいた。画面を見つめていると、動いているのはセルゲイ。カレンのカラーは、一ヶ所に留まったまま、動かない。 「カレンが――どうかしたのか」 クラウドはおもわず呟いた。 「え? カレンさん」 ミシェルも驚いて、GPSをのぞき込んだ。 「まさか、K33区でひと悶着あって、怪我でもしたのか」 K33区は原住民の地域だ。なにかあっても、おかしくはない。 「ミシェル、病院へ行こう! アズたちももうすぐ病院に着くから、事情を聞こう」 「う、うん……!」 帰ってきたばかりだったが、ミシェルもバッグを持って、クラウドとともに部屋を飛び出した。 |