百四話 孤高のキリン T



 

 ――あたしはキリン。

白鳥じゃなく、キリンなの。なぜなのか考えたこともない。

 あたしはキリン。

 

首が長くておおきいから、遠くの景色までよく見える。

山の向こうに、海が見える、川も見える、花畑も見える。

だけどキリンだから、白鳥のみんなみたいに、軽々と山を越えて飛んでいくことなんてできないの。

みんなが見えているものが、あたしにも見えるのに、みんなのように海まで、川まで、花畑まで飛んでいくことができない。この大きな山を越えるのに、あたしは自分の足で、ゆっくりと歩かなければならないの。

 やさしい白鳥が二羽いて、あたしをいっしょに連れて行ってくれようとするけれど、あたしは重くて、たった二羽きりじゃ、持ちあがらない。

 ほかの白鳥は、キリンなんか放って置きなさいと言っている。あなたとわたしはべつのもの。白鳥とキリンは違うのだからって。

 

 あたしはキリン。孤独なキリン。

 白鳥に囲まれて、仲間のいない孤独なキリン。

 

 ママキリンは、山にぶつかって死んでしまった。

 それをつめたく、白鳥たちは見ていた。

 あたしを連れて行こうと懸命に羽根を羽ばたかせている白鳥は、あたしのママの、妹だった。

 彼女の涙があふれて、あたしは膝上まで浸かっている。

 

 ねえママ、きっと、山はすこしずつ歩いていけば越えて行けたんだわ。

白鳥たちのように、ひと息に飛び越せなくても。

 でもあたしは寂しくて、義母さんの涙につかって、もう身動きが取れないの。

 

 孤高に歩いて行こうとしたけれど、もう一歩も歩けないの。

 

 だれか、義母さんの涙を止めて。

 あたしも、もう一羽の白鳥も溺れそうなの。

 泣かないで、義母さん。

 もうあたしを置いていってもいいんだよ。

 あたしはひとりでもだいじょうぶ。

 少しずつ、歩いていくから。

 

 どうか神さま。

 

 あたしに、孤独でも、一歩ずつ歩いていける力をください――。