――アラン・G・マッケランを、懲役三十年の実刑に処す――

 

 『ふざけるな!!』

 ミラは、昔からおとなしいと言われることが多かった。万座のまえで、怒りのままに罵声を口にすることなど、自分自身でもないと思っていた。

 だが、耐えられなかった。心神喪失の状態で、裁判には出られない姉の代わりに、ミラに突きつけられた現実に――ほんの先日まで姉を持ち上げ、褒め称えるだけ褒め称えて矢面に立たせておいて、いざ法廷に出されたら、自分は無関係だとでもいうように、最終的にはすべての責任を姉一人に被せてこの裁判所を出て行こうとする人間たちが許せなかった。

 そのなかには、姉の恋人も交じっていた。

 『ユージィン!!』

 ミラは叫んだ。一族の者に両手両足を絡め取られ、ミラは信じられない力で彼らを払いのけながら、憎しみの籠った声で叫んだ。

 『ユージィン!! おまえもか! おまえも姉さんを裏切るのか!!』

 ユージィンは、ミラを振り返ることもしなかった。

 『卑怯者め!! 貴様らを、あたしは絶対許さない!!』

 

 ――ドーソン一族を、あんたたちを、あたしは絶対、許さない――!!

 

 

 ミラは悲鳴をあげて飛び起きた。

 隣室に控えていた秘書が、ドアを開けて「どうしました!?」と駆け寄ろうとするのを、ミラは息を弾ませながら制した。

 

 「なんでもない――怖い夢を見ただけ――」

 秘書は、ミラの背を二、三度さすり、大丈夫なことを確かめてから、ドアの向こうに戻った。もう一度ドアをあけた彼女は、水と安定剤をトレーに乗せていた。ミラはだまって用意されたそれを飲むと、時刻を確認した。午前九時。――三時間も眠っただろうか。

 「今夜は、比較的ゆっくりお休みいただけますから」

 最近のミラの不調を慮ってか、秘書は今日の仕事を調整し、十九時には自宅に戻れるようにしてくれたようだ。

 最近、寝ただけでは疲れが取れなくなってきた――年だろうか。

 「悪いね。あと一時間で支度する。今朝は果物と水だけにしておくれ。報告も、一時間後。会議には出るから。昼食は、ペルテのレストランで十一時半からだったね、大臣と――あ、会議のコーヒーはカフェインなしにして」

 「かしこまりました」

 ミラはさっとベッドから下りて、シャツを手に取った。

 

 ――身体がくたびれているせいか、夢見がわるい。今日は極め付けに嫌な夢だった。

 

 ドーソンや、姉に罪をかぶせた連中への憎しみだけで、がむしゃらに頑張れたのは、たった十年だ。でも、それでよかったとミラは思える。憎しみはながく、糧にすることはできない。やがて自分の心も歪んでくる。

 十年で、糧を憎しみから、身内への愛情に転換させてがんばってこられたのは、アミザとカレンがいたからだ。ミラは、母になれて、ほんとうに良かったと思っている。

 愛したひとは、夫にはなれなかったけれども。

 

 ミラは着替えを終え、剥いたばかりのみずみずしい桃のかけらを口に運びながら、ふと思い立って机の引き出しを開けた。鍵つきのその引き出しを開けたのは久しぶりだ。

 中には、トランプ程度のおおきさのカードが、丁寧に絹のハンカチにつつまれて眠っている。ミラは、ハンカチを広げた。

 

 (――あれ?)

 

 ミラは、違和を感じた。一枚のカード――それは、ミラのカードである“嘆きの白鳥”ではなかったが、様子がおかしい。

 (このペガサスのカードは、布を被っていなかったかな)

 かつて、サルディオネという占い師からもらったカード。そのなかにペガサスのカードがあった。

「布被りのペガサス」という、不思議な名前のペガサスは、ミラがこのカードをもらったときは、文字通り、おおきな麻の布を被っていたのだ。それこそ、ペガサスだということすら分からないくらい、身体をほとんど覆ってしまうくらいの大きな布を。

 なのに、いまではこのカードをくるんでいるような、小さなレースのハンカチを頭にちょこんと乗せているだけだ。美しいペガサスの姿形が、はっきりとわかる。

 (あたしの、勘違いだったかしら)

 ミラは首を傾げた。カードを引き出しから出したのは、本当に久しぶりで、もらった以来だと言っても過言ではないので、記憶も怪しい。

 

 ミラはゆっくり、反芻した。カードをもらったときに聞いた、サルディオネの言葉を。

 マッケランの、不確かな未来への、メッセージ。

――今となっては、それだけがミラの支えだった。

 

本来なら、マッケランの当主は、長女であるアランであって、ミラではなかった。だから、アランの娘であるカレンが当主を継ぐ。それが正当だ。

ミラは、カレンを当主にするつもりで育ててきた。アミザもそれは弁えている。カレンとアミザを実の姉妹のように育ててきたから、アミザはカレンを慕っている。そしてアミザはおのれの性質も弁えている。アミザはミラとおなじ――本来ならトップを支えていくことに手腕を発揮する性質である。

 

そしてカレンは、紛れもなくトップの器。

姉アランもそうだったと、ミラは確信していた。そのあふれるばかりの才気が、若さゆえに誤った方向へ進んだのだとしても、アランにカリスマがあったから、人々はアランについていったのだ。

 

アランの死の顛末を、カレンに教えるべきではなかった。だが自分が教えずとも、考えなしのだれかが、カレンに漏らす恐れはあった。全然関係ないところから、無神経な説明で教えられるより、自分が教えた方がマシだとミラは思った。だから教えた、カレンの十五歳の誕生日に。

激情家だった姉の性格を受け継ぎ、カレンもまた激しい気性の持ち主だ。一度崩壊すれば、あとは止められない。カレンの不安定さは、実の母の死の真相を知ったことによって、輪をかけてひどくなった。

あれでは、当主にはなれない。当主の激務と重責は、カレンを押しつぶすだろう。カレンの繊細な神経が、今度は本当に崩壊してしまうかもしれない。

だが、そんなミラの心労に、さらなる重しが乗せられた。

カレンの心が崩壊するまえに、寿命がカウントダウンを刻み始めた。

 

(どうして神は、あの子にばかり、過酷な運命を科すの)

 

本来なら治るはずのアバド病は、カレンの身体の中で不治の病と化した。

――地球行き宇宙船のチケットを落札したのは、最後の頼みの綱が切れたあとだった。カレンを見せていた、難病を専門とする主治医に、「カレンさんは、あと四年ほどしか生きられないでしょう」と言われた、その日。

 

ミラは悩み、迷いあぐねた末に、サルーディーバのことを思いだした。

折りしも、アリシアから椋鳥の紋章の話を聞いたあとだった。なにかアドバイスがもらえないかと、まるで藁にもすがる気持ちで、サルーディーバに謁見を申し込んだ。だが、今のサルーディーバは、アリシアの話に出てきた大昔のサルーディーバとは違った。ミラの願いは長老会にすらたどり着くことなく、拒絶された。