「L20は、おそらく、これから混乱したL18の役目を背負わされることになるでしょう。それは大変困難な道ですが、L19に助けを求めてはなりません。L20がすべてを成し遂げねばなりません。L19に助けを求めれば、L19は引き受けます。それは一見すれば、素晴らしいことのように見える。L19とL20が協力して軍事惑星を支えていく――ですが、後々を見ればよくないのです。L19の抑止力だけでは、新生L18を抑えることはできない。L20の、マッケランの抑止力がすたれてはならぬのです。L20がL18の肩代わりをすることは、それだけで、おそらくじゅうぶんな抑止力となり得る。――それが成し遂げられなければ、マッケランの抑止力は落ちます」

 

ミラは絶句していた。そうしようと思っていたところだったのだ。L19に軍事惑星群の全権を預けることを了承し、L20が補佐にまわる。

辺境の惑星群に弱いL20では、L18の肩代わりは重荷に過ぎた。L19も、移譲されることを構わぬと言っているし、任せきりにするわけではなく、L20も、協力は惜しまない。

 

「それではいけません。L20は、L19の“下”に回ってはならない。L19と同じ、――いいえ、それ以上の力があることを世論に示さねば、抑止力は落ちます」

 

だが、それではダメなのか。L20が全力を持ってL18の役目を果たさねばならない。それだけの軍事力があると世論に示さねば、そうしなければ、L20の面目と、抑止力が成り立たない。

L20に抑止力がなければ、軍事惑星の三つ巴のバランスが崩れ、崩壊する。

 

L18の変化は、我らの想定をも超えたものなのだ。

――おそらく、オトゥールやバラディアの想定すら超えた――。

 

「その改革期に、カレン様のお力が必要なのです」

「でも、一族は、カレンが当主になるのを反対するものが多い」

ミラは、ひとりごとのように呟いた。

「一族会議で8対2だね。カレンの肩を持つのは――」

あたしと、アミザだけ。

 

「はい。ですがミラ様」

小さな顔を覆う薄いベールの向こうで、サルディオネが小さく笑んだ気がした。

「L20は、“白鳥”ばかりではないのですよ」

「――白鳥?」

 

 マッケランの家章は「白鳥」。ミラのカードが「嘆きの白鳥」というカードであることからも、サルディオネの言う白鳥とは、マッケラン家のことを指しているのだろうか。

 L20を支えているのはマッケランだけではない。それはたしかだ。だが、マッケランの一族を無視しては、立ちゆかない。そこがミラの悩みどころなのだ。

 

サルディオネは、さっき出したカードの中から二枚――“残虐なフクロウ”と、“布被りのペガサス”のカードを、ミラのまえに置いた。

ミラは、フクロウのカードを、思わず手に取った。見知っただれかに、相貌が似ていた気がしたからだ。黒い眼帯に、羽根は片方傷ついた、いかめしいフクロウ。

 

「これは――」

「このふたりは、カレン様の一生を支える右腕と、左腕とになるでしょう」

「え?」

 

意外なことだった。ミラの直感に間違いがなければ――これは。

この、フクロウは。

 

「ご心配なく。ミラ様は8対2と仰られましたが」

サルディオネは、ミラのカードの隣にペガサスとフクロウ、二枚のカードを置いた。

「このふたりは、ひとりで五人分の価値があります。ですから12対8で圧勝でございます。――カレン様が当主」

サルディオネのメチャクチャな勘定に、ミラは笑ってしまった。

「五人分の価値、だって?」

「ええ。―― “白鳥たち”は、彼らの意見をのまざるを得ないでしょう。つまり、このふたりがカレン様を当主にと押し上げたら、反対はできない」

「なんだって?」

「彼らは、それだけの功績を果たすのです。カレン様が当主になるかならぬかの決断のころには、“白鳥たち”も悟ります。今まで通りにはゆかぬのだと。このふたりは、カレン様のお味方です。しかし――そうなさるのは、あなたです、ミラ様」

「――!!」

「このふたりが、カレン様のお味方になるよう、あなたさまがご尽力ください」

「わ、わかった――でも、このふたりは、いったい――」

 

このフクロウは、誰かだいたい見当がついた。意外といえば意外だが――なるほど、彼女ならミラの願いを聞いてくれるだろう。

だが、このペガサスはまったく心当たりがない。

 

「フクロウが、連れてまいります」

サルディオネは、確信を込めて告げた。

「ペガサスは、フクロウのもとに」

 

――心理作戦部に、そんな存在が? ミラは首をかしげたが、それとなく探ってみようと決意した。

 

二時間はあっという間だ。L03の女官が「あと五分です」と告げに来ると、サルディオネは「あと十分延長して!」と叫び返し、急いで、残り二枚のカードをミラに手渡した。

 

「あ、あたしに――?」

「はい。六枚のカードは差し上げます」

 

残り二枚のカードは、“パンダのお医者さん”と、“月を眺める子ウサギ”。

 

「パンダとともに、カレン様を地球行き宇宙船に乗せてください」

早口のサルディオネにつられ、ミラも慌ただしく頷いた。パンダが今のところ誰なのか、まったく予想もつかないのだが、時間に急かされた今、だまってうなずくことしかできなかった。

 

「すべての縁を結ぶのが――“月を眺める子ウサギ”。彼女のもとに導くのが、“パンダのお医者さん”。この子ウサギに導かれた暁には――」

 

女官二人に急かされ、サルディオネは剣呑な声でふたりを叱ったが、共通語ではなかったので、ミラにはなにを言っているか分からなかった。ミラはありがたかった。彼女は、時間を過ぎても、しっかり最後まで伝えようとしてくれている。

 

「カレン様は、生まれ変わって戻って来られる。――どうかそれまで、ミラ様はお待ちください。フクロウとペガサスを見出し、カレン様のためにお育てになって」

 

――二時間は、瞬きのようだった。

 

女官二人にせわしなく追い立てられながら部屋を出ていくサルディオネは、それでも去り際、ミラとしっかり握手を交わした。

ミラを励ますように。

たとえこの占いが外れても、ミラはサルディオネという彼女に会えただけでも良かったと思った。

ミラに希望を与えてくれた。八方ふさがりだったミラに、現実にそうなるかは別としても、希望を見出してくれた。

 

(カレン)

 

ミラは、一縷の望みをかけて、カレンを宇宙船に乗せた。

 地球行き宇宙船のチケットを購入したのは、サルディオネに相談するまえだ。奇しくも、サルディオネにも、宇宙船に乗せるよう勧められたが。

 パンダは、間違いなければセルゲイだろう。彼は医者だ。ミラは自宅に戻ってから気づいたのだ。カレンのために主治医になってもらったカウンセラーを。

 カレンに奇跡が訪れるよう願って、チケットを購入したのではなかった。生まれたときから壮絶な運命をもったあの子を、その運命をもたらすマッケランから離してやりたいと、そう考えたからだった。

 

 (そういう意味なら、あたしも同じだ、バクスター)

 

 バクスターを許す気にはならない。けれどバクスターも同じだ。ミラと同じ気持ちで、グレンとの縁を切ったのだろう。

 

 (一族というものは、あたしたちに重きをもたらしすぎた)

 

 カレンには、宇宙船でしあわせに暮らしていってほしい。あとわずかな命しかないのなら、余計に。

 友達や、愛する人に囲まれて、うつくしいものを見ながら――逝けるように。

 

(カレンは私の娘)

 

ミラは、カレンの写真に口づけた。忙しい合間を縫って、アミザとカレンと、三人で高原に出かけたときに撮った写真だ。ミラの宝物。

 

(姉さんの分まで、もっと、あんたを愛してあげたかったのに、ごめんね――)

 

ミラはひとすじ、涙をこぼした。

ミラのカードである“嘆きの白鳥”は、今もカードの中で、自らの涙の海に浸かっていた。