「カレンが、アバド病だって?」

 

シャイン・システムという便利な移動手段のおかげで、クラウドとミシェルは、アズラエル一行より早く中央病院に着いていた。病院のロビーで、やっと着いたアズラエルたちをとっつかまえたクラウドは、当然のごとく「なんでおまえら、ここにいるんだ」というグレンのツッコミを受けたが、GPSを印籠のように見せると、皆納得して肩を竦めた。

そうして、知った事実がこれである。クラウドもミシェルも、アズラエルの期待通りおどろいたあと、顔を曇らせた。

 

「ああ。昨夜、宴会の最中に血ィ吐いて、そのままここに搬送だ」

「血……」

ミシェルが不安げな顔をした。

「だいじょうぶなの?」

「アバド病って、いつから? そりゃ、宇宙船に乗る前だろうけど――進行度は? 悪いのかな」

「知らねえよ! 俺たちだって、きのう知ったばかりなんだ。それをこれから、本人たちに聞くところなんだよ」

クラウドとミシェルに質問攻めにされ、アズラエルは鬱陶しげに顔をしかめた。

 

受付でカレンがいる病室を聞くと、一般病棟だったので、皆はひとまず安堵した。意識不明の重体というわけではなく、患者の症状は、落ち着いているらしい。

「ピエト、おまえはカレンの病室に顔出したら、そのまま俺と帰るぞ。ルナのカードでシャインつかって帰る」

「ええっ!? なんで?」

ピエトは口を尖らせた。

「午後の授業だけでも出ろ。学校に行け」

「ええーっ!?」

アズラエルの言葉に、ピエトは本格的に嫌な顔をしたが、アズラエルは譲らない。

「俺との約束、破る気か? 二度とK33区、連れてかねえぞ」

きのうは特別に学校を休んだが、身体の調子を崩しているわけでもないのに、二日連続休暇は、パパは許してくれなかったようだ。ピエトはつまらなそうな顔をしたが、それでも約束は約束。不満げに、「はあい」と返事をした。

 

「――ところで、その格好どうしたの」

ミシェルのツッコミは、だいぶ遅れていた。ミシェルの疑問は当然である。グレンとアズラエルの服装は、どこぞの民族衣装だ。

「聞く順番が違うだろ」

さいしょに、この服装のことを聞けよとグレンは言ったが、「コスプレ?」とクラウドが聞くと、「違ェよ!」と怒鳴った。

救いは、ここが中央病院で、宇宙船いち大きな病院であるため、こういった民族衣装の人間もちらほらと見かけることだった。グレンとアズラエルも、ちらちらと視線を浴びた。「辺境惑星群のひとかなあ」とでも思われているのだろう。

 

「似合わなくはないよ――ほら――アレ――剣とか持ってたら、地面とか割りそうな感じ――ほら、あったじゃん――鎧つけて映画で――グラディエーター!」

「かみさまみたいだよね」

ルナの襟首をひっ捕まえ、グラディエーターと言われた筋肉ムキムキの太もも丸出しの男二人は、さっさとエレベーターに乗り込んだ。

「なんか、あのふたりってほんと体型にてて――白と黒で、兄弟みたいだよね」

真顔でいうミシェルの台詞に、クラウドは噴き出しかけ、カレンの心配で曇っていた顔がすこし晴れた。

 

 

 「生きてるか」

 グラディエーターを筆頭に、ぞろぞろと集団で押しかけた病室は、個室。さすがマッケラン家のお嬢様――もといお坊ちゃまだと突っ込みながら、アズラエルは病室のドアを開けた。

 「おお、グラディエーター」

 「「だれがグラディエーターだ」」

アズラエルとグレンのハモりようが絶妙で、クラウドはついに我慢できずに笑ってしまった。

 「あ、違った。なんつったっけ。アストロスの兄弟神?」

 そこには、いつもどおりのカレンがいた。

 「元気そうじゃねえか、え? 心配して損したな」

グレンがこめかみを震わせながら言い、セルゲイが、「心配かけたね」と言ってパイプいすを取りに立った。

 

「元気だっつの。進行度レベル3の初期段階だから、ほんとはまだ、入院しなくてもいいんだ」

あまり血の気がなかったが、カレンはもともと色白なので目立たない。口調にも張りがある。

「なんであんたまでいるんだよ、クラウド」

クラウドが無言で印籠を出すと、カレンもセルゲイも納得して、それから呆れた。

「あんたに内緒ごとってできないわけ」

「俺だっていつもみんなの動向を監視してるわけじゃない。今日は、アズラエルに用があって、どこまで帰って来てるかなって探知したら、分かっちゃったんだよ」

「あっそ……」

だれかがなにか言うまえに、カレンは肩を竦めて言った。

 「悪かった、先に謝っとく。アバド病のことを内緒にしてたのは、あたしが病人あつかいされたくなかったから。現に、レベル3の初期段階ってのは、薬はちょっと強くなるけど、無茶しなきゃだいじょうぶなレベルなんだよ」

 「無茶しなきゃって、どの程度」

 クラウドが聞くと、

 「ひと晩徹夜くらいは、だいじょうぶ――あたしはね。でも、もう一回軍事教練入れって言われたら、ドクターストップがかかるかも。――つまりさ、日常生活送ってる限りじゃ、そう心配することないわけ」

 

 「てめえは、きのう派手に血を吐いたじゃねえか」

 俺のTシャツ、ジーンズもスニーカーも、まとめてゴミ箱行きだ、と言うグレンの台詞に、カレンはめずらしく素直に謝った。

 「だから、マジで悪かった。――きのうは今までになくごっそり行ったよ。なんであんなに吐いたんだろ」

 「お医者さんも不思議がってたよね……」

 セルゲイが、ぽつりと言った。

 「マジで不思議なんだけどさ、きのう、血と一緒にアバド病の細菌も出てったのかなあ。今朝の検査で、レベル2に下がってんの」

 

 「ええ!?」

 ルナたち女の子組とピエトが、大声を上げた。

 「吐いたら、出ていくものなの?」

 「まさか。そんな話は聞いたことがないよ」

 カレンも首を傾げた。

 「あたし、うつろに覚えてんの。自分と、自分の周りが真っ赤っかになったの。あたし、血をぜんぶなくしちゃうのかなあと思った。そのくらい、出てった。でもまさか、吐いたからって細菌まで、」

 「俺もいっぱい、吐いたら出てくかなあ……」

 ピエトが思いつめた表情で胸を押さえるので、カレンはあわてて言った。

 「あたしのは特別! ピエトはふつうに薬飲んで治しな! 薬のんでりゃ、ふつうは治るんだからさ!」

 

 「よしピエト、時間だ。学校行くぞ」

 「ええっ!? もう!?」

 多少強引ではあったが、アズラエルは話に割って入った。ピエトがここにいると、これ以上ふかい話が聞けない。

 アズラエルは、学校のことなどほんとうはどうでもいいのだが、(学生時代、じゅうぶんにサボり気味だった男である。)これから聞くカレンの病状によっては、ピエトを怯えさせてしまうかもしれないと思ったためだ。

 なんとなく、アズラエルの直感だったが、カレンのそれは、ピエトの病のように、薬を飲めば治るものではない気がしたのだ。

 

 ――アズラエルのいやな予想は、的中したが。