「夜はバリバリ鳥のシチューだ。ガッコいかなきゃメシ抜きだぞ」

 シチューを食べ損ねるわけにはいかない。ピエトは観念した。

 「バリバリ鳥のシチューって、なんだか美味そうだな」

 カレンがつぶやいた。

 「その調子じゃ、今日帰れるんだろ?」

 「いや。一週間検査入院」

 残念そうに、カレンは言った。

 「なんで急に数値が下がったか、検査してえんだって」

 「……そうか。バリバリ鳥は逃げねえよ。それにまた、K33区に行くから、買ってくるよ」

 「また行くの? 近く?」

 「ああ――ペリドットが、おまえのことが落ち着いたら、来いって」

 

 ペリドットは、朝、ルナたちが帰るのを見送りながら、アズラエルとグレンに向かって言った。話があるから、また来いと。カレンの具合が落ち着いたら――。

 一週間後くらいか、と彼は言っていたが。

 

 「一週間の検査入院ね……」

 アズラエルは顎を掻いた。

 ペリドットも、アントニオと似たようなヤツだった。ふつうに笑いながら、不可思議なことを捻じ込んでくる。

 

 「あたしも行くよ。ベッタラに礼を言わなきゃ」

 「ベッタラに?」

 「あいつすげえよ。馬駆るのうまいっていうか――あいつがあたしたちより先に区役所行って、病院に連絡して救急隊呼んでくれたんだ。あたしがセルゲイに運ばれて区役所着いたときは、もう救急隊が待ってた。すごくたすかったよ」

 「ベッタラ?」

 クラウドがだれだというように聞いたが、その話はあとだ。

 

 「じゃあ、安静にしてろよ。病院で酒飲もうとするなよ」

 「グレンじゃあるまいし、しねえよ、じゃあね」

 「……俺だって病院で酒は呑まねえよ」

 「カレン、ちゃんと寝るんだぞ!」

 「はいはい、ありがとピエト。また一週間後ね」

 カレンは心配そうな顔のピエトに、安心させるよう、笑顔で手を振った。

 アズラエルがピエトを連れて病室を出ていくと、さっそくグレンがカレンの頭を小突いた――何度も。

 「クッソ、てめえ……! 俺たちをだまくらかしやがって!」

 「痛っ! 騙したわけじゃねえよ、」

 「分かってる。君が病人あつかいされたくないっていう気持ちもね。でも、俺個人の気持ちとしては、機会を見つけて話して欲しかったな」

 クラウドは言った。

 「家族とまでは言わないでも――俺たちはいっしょに暮らしてる。――その前からも、ともだちだろ?」

 

 カレンが急に顔をゆがめた。ピエトがいなくなって、強がる必要がなくなったからか――鼻の頭が真っ赤になっている。

 「――ごめん」

 グレンは小突くのをやめ、カレンの肩を揺さぶった。

 「いつからなんだ」

 「二十一の年。――L85の、ラグバダ過激派の討伐で、長期滞在してたんだ。咳き込むようになって、熱が出て、なんかおかしいなって検査受けたら、もうレベル2の初期だった」

 「二十一? 七年経っても、治らないの?」

 クラウドが、不審な顔で聞いた。

 「アバド病は、早期発見で薬を飲み続ければ、一年くらいで治るはずだ。重い状態でも、手術と投薬で治った例はいくらでも――」

 

 「あたしのアバド病は、治らない」

 「――え?」

 「医者が、もう匙投げたんだ。治らないって。進行する一方だって――あたしの命は、あと三年しかない」

 カレンは、すべてをぶちまける様にして喋った。アバド病だということを告げてしまったのだから、いっそすべて言ってしまえと。セルゲイも、止めなかった。

 

 「おまえ、だから――」

 グレンの、カレンの肩に置いた手が力を増した。

 「宇宙船に乗ったのか?」

 

 カレンは小さく、うなずいた。

 グレンは絶句した。クラウドもだ。ルナは目を真っ赤にしてうつむいて、ミシェルも状況が信じられないのか、戸惑い顔で椅子に固まっていた。

 セルゲイも、無言でうつむいたままだ。

 

 「カレン」

 グレンが、ぐいとカレンを、自分の肩口に引き寄せた。

 「悪かった――俺が悪かった。言いたくないことを、言わせて、悪かった」

 カレンが、ぎゅうとグレンの肩口をつかんだ。

 「おまえ、ずっと耐えてたんだろう。言いたくなかったんだろう。悪かったよ」

 カレンの身体が小刻みに震えだしたのが、グレンには分かった。

 「でも俺たちが、いっしょにいるからな。――おまえをひとりにはしない」

その言葉が、決壊の合図だった。グレンの肩に顔を押し付けて、カレンは泣いた。

しずかな、しずかな嗚咽が、病室を満たした。





 

 カレンは泣き疲れるようにして、眠った。ベッドに沈んだカレンに毛布をかけてやると、グレンは立った。

 「俺は先に、車で帰る。――ルナおまえ、クラウドとミシェルと帰れ」

 俺と二人きりはあとあと、アズラエルがうるせえからなと言い置いて、グレンは病室をあとにした。

 

 ルナは、口を真一文字に引きむすんで、カレンの寝顔を見つめていた。

 昨夜すでに、ルナはペリドットからカレンの寿命を聞いていた。そのおかげで、朝食もほとんど喉を通らなかったくらいだ。駐車場役員の彼が、ルナにしきりに勧めてくれたおいしいおかゆも、ルナは半分しか食べられなかった。

 皆は、二日酔いだと思っていたようだが――。

 

 (うさこ)

 ルナは、朝からずっと、月を眺める子ウサギに問い続けていた。

 (うさこはなにを考えてるかな? うさこは知ってるかな――カレンが助かる道を)

 

 「ルナちゃんどうする? 俺たちとシャインで帰る?」

 急にクラウドに話しかけられ、ルナはぴょこん! とうさ耳を跳ね上げた。

 「――あ、えっと、」

 「ごめん。ルナちゃんは置いていってもらってもいい?」

 セルゲイの言葉に、ルナは「え」という顔でセルゲイを見、クラウドはルナとセルゲイの顔を交互に見――「分かった」と返事をした。

 「あとで俺かアズが、シャインで迎えに来るよ」

 「ありがとう」

 

 「お大事にね」と言って、ミシェルもクラウドも病室から出た。セルゲイはパイプ椅子をすべて畳み、カレンの髪の毛を整えて、ルナを伴って病室を出た。

 一階のカフェで、ルナとセルゲイはテーブルを挟んで座った。セルゲイもだいぶ、疲労していた。寝ていないのかもしれない。ルナは、セルゲイの疲れ顔も、心配だった。

 

 「――昨日は、とんでもない話を聞いたね」

 

 コーヒーを飲んでひといきついて、セルゲイはテーブルに突っ伏した。ルナはびっくりして、返事をすることも忘れた。どんなに疲れていてもセルゲイは、ルナの前でいつも毅然としていて、余裕があって、――ひとめも憚らずカフェのテーブルに突っ伏すことなど、ないはずだったから。

 「ルナの膝枕で寝たい」

 セルゲイはぼやいた。

 こんなにも心身ともに疲れ切っているセルゲイは見たことがない。ルナは、それでセルゲイの疲れが少しでもいやされるならしてあげたかったが、カフェではできない。セルゲイもこんなところでしてくれなどと言わないだろう。

 「……病室に戻って、セルゲイも寝る?」

 あそこには、付添人用の、仮ベッドもあった。

 「ダメ。ふたりきりになったら、俺がルナちゃんを襲いそうだから」

 セルゲイは身を起こし、ソファにもたれ掛って、ふーっとため息を吐いた。ルナは戸惑った。めずらしい、セルゲイの公開セクハラ。