「人の手が加われば、気候変動も起きるだろう。一度、L33の科学者を呼んでチェックさせろ。――大気の状態が変わってきたんじゃなきゃ、地球行き宇宙船で何かが起こってる。俺は今回、夜の神に呼ばれてきたんだ」

 

 神殿に続く社の森は、すさまじい嵐が吹き荒れていた。樹木は雷が直撃して裂け、枝が飛び、美しく敷き詰められた砂利道は、あまりの暴風雨に石つぶてと化している。

 

 「ひゃあっはっは! こりゃァいい。夜の神の神力が増している。カッケーな」

 おびえる側近と神官を尻目に、アイゼンは笑った。

 「ダメです! 神殿には行けません!」

 神官はあわてて止めたが、暴風雨吹き荒れる社の参道に、アイゼンは出て行こうとする。

 

 「てめえらがそのザマじゃァ、俺が死んだら、ヤマトから夜の神の加護がなくなるな」

 夜の神は、滅多なことで加護をあたえないかわりに、己が降りるにふさわしき人間には絶大なる加護をあたえる。

 すくなくとも、この嵐ひとつに身がすくんで動けない人間には、加護は与えない。

 

 「夜の神は、俺みてえにカッケーやつしか、守らねえ」

 アイゼンは、側近ひとりを連れて、凶器が吹きすさぶ参道を悠然と進んでいった。

 「この神殿を預かる神官は、交代だな。あんな肝の小せえやつじゃ、夜の神に見放される」

 「承知しました」

 アイゼンの側近は、無表情でうなずき、頬に当たるところだった石つぶてを利き腕で受け止めた。

 

 

 

 

 L05ではそのころ、気温が五十度を越し、緊急避難指示が出されて、すべての民は屋内に籠っていた。

 

 「太陽の神も、真昼の神も、大いに動かれておられる……」

 

 太陽の神、真昼の神双方を祀った寺院で、ごうごうとうなりを上げて燃え盛る神火を、僧たちは緊張の面持ちで見つめていた。

この二神がみずから動くことは滅多にない。妻神、真昼の神の火はすでに鎮まっているが、太陽の神のほうの火は、今まさにかの神が動かんとする証のように燃え盛っている。

 この猛烈な暑さも、二神が動かんとする証。

 ひとたび動けば、天地をひっくり返すような神の力を調整するために祈祷していた僧たちは、暑さにやられてばたばたと倒れた。

 

 「ええい! この程度の暑さで倒れていては、本番を乗り切ることはできんぞ!」

 大僧正たちの怒号が飛ぶ。

 

 「ついに、メルヴァとの対決が?」

 わかい僧たちの声に、寺院を預かる、最高齢の大僧正は首を振った。

 「いや、アストロスに着くのはまだ先じゃ。これは本番ではない、予行練習とでも思うとれ」

 「予行練習……」

 「神の力をようよう知るときじゃ。ラグ・ヴァーダの武神を倒すには、地球の四柱の神と、アストロスの武神を動かさねばならぬ。だが、この神たちは、ひとたび動けば天地を揺るがす。神の力をはかりかねれば、アストロスは滅ぶ。神を動かさんとするは、人じゃ。じゃから、ひとは神の力の巨大なるを知らねばならぬ、つかいかたを誤まるまえに」

 「ご教授、ありがたく頂戴いたしまする」

 僧たちは、この暑さの中で汗ひとつかいていない大僧正に畏怖しながら、礼をしてさがった。

 (イシュマールよ、“真実をもたらすトラ”に、“真実をもたらすライオン”よ。神の力を見誤るでないぞ)

 

 

 

 

 「――え? 今日、マホロさん、いらっしゃらないの」

 「いることにはいるんですが、今日は大事な祈祷があって、外には出られないんですよ」

 

 L77、新興住宅街ローズ・タウン――ルナたちが住んでいた街である。

 

バラの名所で有名な土地だが、神社にも、今や満開のバラ園があった。

 リンファンは、心配ごとにしずんでいた目元を、薔薇のいい香りに緩ませながらお参りを済ませたあと、社務所に寄ったのだが、この真月神社の神主であるマホロは、祈祷のため、今日は表に出てこられないのだという。

 「そうなの……残念だわ」

 残念だが、仕事ならば致し方ない。リンファンは気を取り直して、マホロと食べるつもりだった手製のゼリーを神官に預け、もういちどお参りをするために参道を、社の方に向かった。

 

 (どうか神さま、ツキヨさんの心臓病が、治りますように)

 

 リンファンの心中は、いまや混乱を極めていた。心臓病で入院しているツキヨ――そして、彼女から聞いた衝撃の事実――。

 

 まさか、宇宙船で、ツキヨの孫であり、大親友だったエマルの息子であるアズラエルと、ルナが出会い――いっしょに暮らしているだなんて――。

 

 (アズ君と、ルナが)

 

 リンファンは、幼いころのアズラエルをよく可愛がっていた。おとなしい子で、エマルもアダムも、この子は傭兵には向かないかもしれないと心配していた。あまりにおとなしいから、アズラエルが無口なドローレスの子で、ルナの兄であったセルゲイが、アダムの子だと、真剣に勘違いされたこともあったくらいだ。

 

 リンファンは参道の途中で足を止め、顔を覆った。

 

 真月神社の女性神主、マホロはリンファンと同じくらいの年ごろで、エマルのように豪快で、気さくな人柄だった。だがその豪快さとは真逆に、ひとの話を黙って聞いてくれ、うわさ話も悪口もぜったいに口にしない。それゆえ、彼女を相談相手に、長々と話をしていく近所の住人は多かった。

 リンファンも、この土地に来てから何度彼女に助けられたかしれない。

 彼女と、話がしたかった。

 

 (どうしたらいいの)

 

 アズラエルを厭うわけではない。だがリンファンは、ルナを軍事惑星に連れて行ってほしくはなかった。ツキヨには悪いが、ルナとアズラエルの仲を応援する気にはとてもなれない。

 

 (病気のばあちゃんの、最期の願いだと思って聞いておくれ)

 

 ツキヨはリンファンとドローレスにそう願った。二人の仲を認めてほしいと。ツキヨが倒れたのは、このことを自分たちにどう話したらいいか、それを悩んだゆえの、心労であっただろう。

 リンファンもドローレスも、すぐに頷くことはできなかった。

 

 (――ルナ)

 

 あの子だけは、もう軍事惑星群には関わらせたくないのだ。L7系のおだやかな、ふつうの人と結婚して、死の危険のない生活をしてほしい。

 

 (わたし――どうしたら)

 

 リンファンは、苦悩を抱えたまま、参道に佇んでいた。