「さっき、雨雲が晴れて太陽が出てきおったろ、太陽の神さんが出てくる証拠じゃ」

 「太陽の神さんが、あのふたりを助けるために出てきよるのよ!」

 「太陽の神さんは、猛火とともに現れる」

 「あの雨雲は、夜の神様が出てくる合図かと……」

 「太陽の神が出てきてしまうんは、大変なことになる。アントニオさまが力配分を間違うたら、ここら商店街、燃やし尽くされてしまうでの!」

 

 「ええ!?」

 セルゲイは思わず大声を上げてしまった。

 

 「それだけ、太陽の神と夜の神――男神の力は尋常ではないんです。出てくるだけで、この異常気象です」

 わかい女神官が、汗を拭き拭き、言った。セルゲイがここにきたときに感じた異様な熱気は、ますます増している気がする。セルゲイも、ポロシャツが肌に貼りついているのに気付いた。恐ろしく、蒸し暑い。

 「あの救急車は、もう諦めるしかないわい」

 「でも、もしかしたら、太陽の神様が出てきたあと、火を鎮めるために夜の神様が待機してらっしゃるのかも……」

 

 セルゲイは、自分がここに呼ばれたわけをようやく解した。両手で顔を覆いそうになった。

 (すみません……! ここに待機させてもらっています……!)

 

 「でも私、夜の神様は恐ろしくて……」

 「あらあなた、そんなこと、」

 「あたくしは、夜の神様の一途なところが好きですわ。太陽の神様は女の敵ですもの」

 「……わしも夜の神は恐ろしゅうて……」

 「奥殿の、夜の神立像、もうすこしなんとかならんもんかなあ。あれだけ見とると、ほんに怖い神さんじゃし、」

 「罪人も悪党も怯えるくらいの迫力でなければ、魔よけの神は務まりませぬ」

 「ウチの悪ガキどもにゃァ、悪さしよったら、夜の神さんがくるぞ! が一番の効き文句じゃあ」

 

 「……」

 セルゲイは、思わず、あまり怖がらないでやってください、たぶん神様が傷つきます、というところだった。

 

 セルゲイが苦笑いしかけた瞬間――ドオンっ! という、なにかが爆発したような音がし、店のガラス戸がいっせいに割れた。

 「うわあっ!!」

 「きゃああ」

 セルゲイをはじめ皆は店の奥に引っ込んでいたから、ガラスの破片が襲い掛かることはなかったが、もうすこし窓際にいたなら、けが人が出ていたところだ。

 

 「――!?」

 セルゲイは外を見て、絶句した。すでに店は、猛火に囲まれている。

さっきの爆発音は、救急車が炎上した音だったのだ。屋外から人の悲鳴が聞こえてくる。真砂名神社の階段の方も、火に囲まれて――セルゲイは青くなった。

階段に、アズラエルとグレンがいるのでは?

 

 「ああ、こりゃいかん!!」

 皆は、またいっせいに立ちあがって消火活動に動きはじめたが、セルゲイは、急にぐわんと大きなものが――それこそ、階段でアズラエルたちを押し潰している石像ほどの大きなものが、自分の背中に乗った気がした。

 

 「……?」

 以前は、夜の神に身体ごと乗っ取られて、そのあいだの記憶がなかったが――今は違うようだ。セルゲイが共存を許したからだろうか――アントニオの言ったように、セルゲイの意識もある。

 

 「あ――あんた――」

 紅葉庵の店主が、バケツを引っ提げ、口を開けてセルゲイを見つめていた。女性神官のだれかも、ちいさく悲鳴をあげた。

 セルゲイのまえに鏡を差し出したなら、セルゲイも彼らの反応の意味が分かっただろう。

 

 ゴゴゴ……とふたたび黒雲が、商店街の真上を覆う。真砂名神社の天気は、まっぷたつに割れた。商店街側は黒雲に覆われ、神社と階段側は、太陽が照りつける。

 真砂名神社の奥殿に続く参道から見ていたルナたちは、この不思議な天候に、ぼうぜんと見とれるしかなかった。

 

 「(そう、畏れるでない)」

 

 セルゲイの口から、ひどく重々しい声が響いたのと同時に、さっきまでこの界隈に降り注いでいた豪雨が――滝のような豪雨が、一気に降りだした。

 雨は、みるみる火炎を消してゆく。

 

 「た……たすかった」

 バケツや消火器を手に、腰を抜かして降り注ぐ雨をながめた店主たちだったが、はっと気づくと、セルゲイはもう店内にはいなかった。

 

 

 「アズたちが……!」

 ルナとミシェルの悲鳴は、猛火に遮られた。階段の周囲の草木が、轟々と燃えている。火種がなくても、あれほどの勢いで燃え盛るものなのか――。

 階段で倒れているふたりは、ピクリとも動かない。

 商店街の方は、また雨が降って大火災は免れたが、さいしょの業火にやられた救急車が爆発炎上したのを、ルナたちも見た。

 参道にいたルナたちは、階段を覆う猛火にあぶられることはなかったが、ルナは熱さにか――それとも、このけぶる様な桃の香りにか、頭がクラクラしていた。

 

 (――来る)

 

 つよい花桃の香りが、ルナの鼻腔をくすぐった。

 

 (あに様が、来る)

 

 

 

 

 ――軍事惑星L21、衛星プルートー。

この衛星ひとつが、傭兵グループ「ヤマト」のアジトであることは、白龍グループの幹部と、メフラー商社の幹部しか知らない。

 めずらしく、ヤマトの首領であるアイゼンが、この本部に姿を現していた。

 

 「去年から様子がおかしいのですが、今日はまた特に、」

 ヤマトの本部に祀られる神、夜砂名神社の神が荒ぶっているのだという。去年も数度、同じことがあったが、アイゼンがスペース・ステーションに降り立ったときから、豪雨に落雷に、竜巻に突風。たしかに尋常ではない気象だ。

アイゼンの側近のひとりが、突風に飛ばされそうになりながら声を張り上げた。

 

 「ヘリコプターは無理です! 飛べません」

 「なら、歩くか」

 アイゼンがそう言った途端に風はやんだ。アイゼンの道をあけるかのように。夜砂名神社まではヘリで三十分。

 

 「おい、ヘリを出せ」

 「ご正気ですか!?」

 アイゼンが、がっと男の顔を掴みあげると、男が宙に浮きあがった。顔の皮膚に爪をたてられて抉られ、男は悲鳴をあげた。

 「俺が出せと言ったら、出すんだよ!」

 「ひいい、お許しください、首領……!」

 「しかし、この風では落ちる可能性も、」

 もう一人の側近が冷静な声で言ったが、アイゼンは真っ赤な口を開けて笑った。

 「そのときは、そのときだ」

 

 夜砂名神社の祭神は、“夜の神”。ヤマトが代々祀っている神である。ヤマトの首領は、夜砂名神社の神官でもあった。

 アイゼンが神社に着くと、猛烈な嵐はますます勢いを増していた。ヘリコプターが着陸できたのが不思議なくらいだ。

 

 「アイゼン様……! よくおいで下さいました!」

 泣きそうな顔の神官が――留守を預かっている神官が、飛び出してきた。

 「この程度のことで、ぎゃあぎゃあわめくな!」

 アイゼンに一喝され、神官は身を竦ませた。

 「もともと夜の神は、荒ぶる神だ。妹愛しさに、文明を一度無に帰した神だぞ」

夜の神は人間の情愛を解するゆえに、日陰者の守護神ともなる。だからこそ、俺たちみてえな悪党にも加護を与える――アイゼンは言った。

「怯えてばかりいる小者に、夜の神の加護はない」

 

 アイゼンの上着を、丁寧に脱がせてさしあげながら神官は、恐る恐る聞いた。

 「何が起こっているのでしょう――去年も数度、こんな異変がありました。このプルートーには、砂嵐が起こることはあっても、竜巻や雷は起きません。人口の星です、なのに――」

 プルートーはその名の通り、原油や鉱石が出土される、鉱山としての役割を果たしている。地球人が人工に酸素を生み出して生活できるようにしているだけで、本来は空もなく、昼も夜もなく、地に立てば宇宙が見える、化学装置なしで息ができない、大気の薄い星なのだ。

 砂嵐が多少起こることはあっても、雷や竜巻が起こることは、今までなかった。それが、昨年から数度のわりあいだが、そういった自然現象が起こるようになっている。