そうだ。ペリドットから聞いた神話は、完全ではなく、そして間違った部分がある。

ペリドットはわざと間違った話をしたのか? 

完全な神話は、ルナたちしか知らない。あの時代を生きたものか、あるいは、あの時代に生き、それを書き残した人物しか。

ルナが前世の夢を見るか、書き残した書物があれば、それを読むしかない。書物は、あるのかどうかすらわからない。

 

それに。

(メルヴァは、“革命家のライオン”だよ?)

 

だがルナは知っていた。あのテーブルの空席は――メルヴァの座る席だ。

メルヴァ。

そう――彼は、“白ネズミの王様”。

 

そうだ、メルヴァのほんとうのZOOカードは“白ネズミの王様”だ。

どうして“革命家のライオン”に?

 

ルナは気づいた。気づいてしまった。

ペリドットの言ったことは、一部間違っている。ペリドットは本当の歴史を知らないのか、それとも、――わざと違う話をルナたちに聞かせたのか。

 

メルヴァは――今“革命家メルヴァ”として生きている彼は、ラグ・ヴァーダの武神の生まれ変わりではない。

 

(メルヴァ、あなたに何があったの)

 

“白ネズミの王”よ。あなたはなぜ“ライオン”を選んだ。

 

――ガルダ砂漠で出会ったアズラエルが、メルヴァの願う、つよさの象徴だったのね。

 

ルナの頭の中に、透き通った声が響いた。月の女神の声。

 

(あたしは、なにを聞いたんだった)

ルナは、思い出そうと、額に手を当てた。

(昔、ラグ・ヴァーダの武神から、なにを聞いたの)

 

――メルーヴァ姫よ。私とともに行こう。あなたをラグ・ヴァーダの女王にしてあげるから。そう、邪魔な女王と一族は私が始末する。私はラグ・ヴァーダの王、そしてあなたが女王だ――。

 

ラグ・ヴァーダの武神には、ラグ・ヴァーダに残してきた妻がいた。身重の妻をあの男はどうするといったのだった? そもそもあの妻の名は。

ラグ・ヴァーダの武神が見初めてむりやり奪い、婚約者を殺されて、武神に犯されて身ごもった哀れなひと――。

 

“白ネズミの女王”。

 

メルーヴァ姫が武神とともにラグ・ヴァーダに戻っていたなら、子どもごと殺されているはずだった、哀れな姫君。

 

(本当の歴史は、なんだった)

 

なぜラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄神は戦った? 

ラグ・ヴァーダの武神のおそろしい本性を知ったメルーヴァ姫は、ラグ・ヴァーダに向かうことを拒絶した。姫を守るために、アストロスの兄神は戦った。だけれども、その戦いで、アストロスが滅びかけたから、メルーヴァ姫は戦を止めるために、身を――。

 

ルナがはっと気づくと、月を眺める子ウサギが、こちらを見ていた。ルナはびっくりしてまたぴーん! とのけぞったが、うさぎは小さく笑って、またルナに背を向けた。

 

「そろそろ、のんびり構えてないであんたも動けばいいんじゃないかね」

ルナが思考から戻されたところで、タカが、メガネのライオンに向かって言った。

「今回のことで、彼も目が覚めたんじゃないかな。重い腰を上げることになるだろうね。クラウドはああ見えてのんびり屋だからね。本気を出すにはなにかキッカケが必要なんだよ」

まるで他人事のような言い方だ。

 

「それより犬のご意見番、月を眺める子ウサギと話していたがね、やはり我々の協力が必要なようだよ」

青い猫が、狛犬に重々しく言った。

「“白ネズミの女王”を助け出すには、相当の人員がいる。ZOOの世界で一番多いネズミを圧倒するには、次に多い猫と犬の協力が不可欠。うさぎは優しく自己犠牲的だが、戦うことには慣れていない」

「タカは! タカの出番はないかね!?」

黒いタカが勢い込んでいったが、「あ、そういえば私は人づきあいが下手でね」とすぐさま否定して椅子に戻った。タカは終始この調子のようなので、みなはとくに何も言わなかった。

 

「犬のご意見番と偉大なる青い猫は、多くの仲間を動かせる。ぜひとも協力してもらいたい!」

真実をもたらすトラが叫んだ。タカがガチャガチャと食器を鳴らしてうるさいからだ。

 「“白ネズミの女王”が牢獄から助け出されたあかつきには、“強きを食らうシャチ”と、“天槍をふるう白いタカ”の力を強化せねば――」

 「ああそうそう! 天槍をふるう白いタカ! 彼は人づきあいがうまいから仲間も、」

 「これはこれ、それはそれだ。君は少し黙っていろ!」

 真実をもたらすトラとライオン両方に怒られたタカは、仕方なく椅子に引っ込んだが、懲りてはいないようだった。

 

 「ああ、それから、うさぎさん」

 真実をもたらすトラは咳払いして言った。

 「シャチがな――今回の手助けの条件としてだな――そのう、まったく、シャチってものは欲張りで現金だ――だが――素直に味方になってくれればこれほど頼もしいものはいない――だから、その――」

 「わかっているわ。可愛いイルカの彼女ね」

 ピンクのうさぎはほがらかに笑って承知した。

 「うん。彼は大切にすると誓っている。けっして食べたりはしないそうだ」

 ルナは、食べられちゃったらたいへんだと呑気に思ったが、シャチとイルカも、ライオンとうさぎも、トラとうさぎもそう変わらないことに気付いて口を尖らせた。

 

 「“白ネズミの女王”が助け出された暁には、私もまた蘇るだろう。“ラグ・ヴァーダの女王”が」

 偉大なる青い猫が深々と頷いた。

 「そうすれば、L03から予言の力はなくなる――長かった」

 「L03の民に予言の力を与えていたのは、ラグ・ヴァーダの女王だ」

 真実をもたらすライオンが言った。

 「せっかくアストロスで封印された武神の亡骸を、地球人がラグ・ヴァーダに持ってきてしまったために、女王がみずからの命と引き換えにラグ・ヴァーダの武神を再び封印せねばならなくなった。だが、武神の力は年老いた女王の力を圧倒した。女王の力だけでは封印できなかった。だから女王は武神に“取引き”を持ちかけた」

 ルナはますます耳を伸ばした。

 「武神を永劫に、ラグ・ヴァーダの王と奉らん。――つまり、武神が欲しがっていた王権を譲った。そして女王もともに封印され、神となり、民に予言の力を与えた。ラグ・ヴァーダの武神を奉るラグ・ヴァーダの民が、永遠にL系惑星群の先駆者となさしめんことを――」

 「そのために、L03は予言者でつくられた星となった」

 狛犬が髭を擦りながらうんうんとうなずいた。

 「今のL03は、女王の願った星ではなくなった。女王は予言というものの危うさを知っていたのだ。けれども、民に予言の力を与えることは、ラグ・ヴァーダの武神が鎮まるために必要な条件だった。武神がそれを望んだから」

 

 「女王も辛かっただろう! ラグ・ヴァーダの武神に支配され続け、本意ではなく民に予言の力を与えねばならなかったことを!」

 タカはオイオイと泣いたが、次の瞬間には、ポットから直接嘴にお茶を注いでいた。

 「女王の気持ちをおもうとやけ酒だ! いや、やけ茶というべきか……」

 「では、次の会合は」

 タカは綺麗に無視され、真実をもたらすトラが会合の終了を告げた。

 「白ネズミの女王が救出されたあとにでも」

 「では、散会!」

 トラがそういった途端に、テーブルは黒いタカを残してすべてが空席になった。食べかけのケーキが残った皿と、湯気を立てた紅茶やコーヒーがまだテーブルにある。

 

 「さて、皆は肝心なことを言い忘れた」

 黒いタカはカップを回しながらひとりごとのように言った。

 「ここで聞いたことは、起きてから誰にも話しちゃいけない」

 ルナは自分に言われているのだと悟って、こくりと首を縦に振った。そして自分も、ひとりごとを言ってみた。

 「ZOOカードがつかえないの。どうしたらいいんだろう……」

 黒いタカは席を立たなかった。あさっての方向を向いたまま、やはりひとりごとを言った。

 

 「導きの子ウサギが、近くにいるはずなんだがね……」