百八話 ガルダ砂漠



 

 ルナはびくりと全身をけいれんさせて目を覚ましたが、視界にあったのは真っ赤な緞帳だ。

 (まだ、目が覚めてない)

 ルナは咄嗟にそう悟った。ルナがいるのは、いつかきた映画館だ。そうだ、ここははじめてルナが前世の夢を見たときに来た映画館。ガソリンスタンドのアズラエルに連れられて来た――。

 だが今度は、映画を見ているのはルナ一人ではない。左の席には軍服を着たトラ、“孤高のトラ”が。右の席にはTシャツにカーキのズボンのライオン、“傭兵のライオン”がいて、ルナを見つめていた。ルナは思い立って自身の手を見たが、もっふりピンクではなかった。

ルナは、ルナのままだった。

 孤高のトラが、「はじまるぞ」とすこし神妙な顔で言った。

 もしかして、ルナがメルーヴァ姫だった頃の前世を観るのだろうか。

 そう思ったルナがドキドキして緞帳のほうを見つめると、L03の衣装を着た黒ウサギがしずしずと壇上に姿を現した。

 彼女は、“ジャータカの子ウサギ”だ。

 マイクを持った彼女は、しずかに言った。

 「はじまり、はじまり」

 彼女の第一声とともに緞帳が上がり、ルナはそこから吹き付けてきた、砂の混じったつよい風に、思わず目を瞑った。

 

 ――砂嵐だ。

 

 ルナはあわてて、きつく目を閉じたが、次の瞬間には風の感触が消えた。

 

恐る恐る目をあけると、ルナが立っているのはさっきの映画館ではない。一面の砂漠に、ルナはたたずんでいた。めのまえは砂嵐が吹きすさんでいるのに、目が痛くもなければ、口に砂埃が入ってくることもない。

 

 砂漠だ。荒涼とした――。

 大きな天幕やテントが、砂嵐にまみれながらバタバタと帆布を揺らしていた。

 

 まるで、本当に砂漠にいるようだ。

 

 『……ここは、L03の真北に位置するガルダ砂漠』

 ジャータカの子ウサギの声が聞こえた。

 『L03のなかでもっとも広大な砂漠です。夜は気温が零下四十度近くまで下がることがある、寒い砂漠です。グレンさんが、この砂漠の戦争に来たのは、ルナさんも夢で見たから知っているはずです』

 

 そうだ。ガルダ砂漠――。

 グレンが大ケガを負ったっていう。

 

 『グレンさんたちは、およそ三万の軍勢でこの地にやってまいりました。L03の、原住民たちの反乱を鎮めるために』

 ジャータカの子ウサギの声が、音声ガイド機器のようだ。ルナの耳に、嵐の音をさえぎって流れ込んでくる。

 

『L01から10あたりの原住民たちは、L系列惑星群の中でもとくに独立心が強くて、一世紀を超えたいまでも、反乱が続いています。政治も、生活習慣も、文化も独自のものを守り続けている――それでも、いままで共存してきましたが、ずっと、原住民の中でも好戦的な民族が、L03の北の民の安全を脅かしています。

原住民の中でも、地球人と共存していこうという人たちと、そうではないひとたちがいます。このL03の北の地ガルダから、地球から来た民族を追いだして、原住民の街を作ろうとしているのです。

はるか昔の協定で、ほとんどの原住民は、西の地区を居住区とすることに、調印しているにもかかわらず。

わたしたち地球人の居住区は東。北は砂漠地帯で、南は極度に酸性が濃い死海。人は住めないですから。

北のガルダ砂漠には原住民たちの聖地が多くあります。だから原住民たちはガルダ砂漠を取り返したがっています。

でも、ガルダ砂漠には、私たち地球人の祖先の聖地もある。

わたしたちと共存していこうという民族は、両者の聖地がガルダにあるのを認めて、お互いにつかず離れずの距離を保っています。でもそれを認めずに、わたしたちをこの星から追い出そうという民族もいるのです。  

そのため、L03は、何度もL18の軍隊に遠征を依頼し、反乱を鎮めてもらってきた。話し合いを続けてきたけれど、好戦的な種族は戦争を繰り返す。そのたびに、互いの犠牲者は増え続けていくばかりです。

ですから、あのとき、現職のサルーディーバさまが決断を下されました。

禍根を断たねば、半永久的にこの争いは解決しない。

 今回は、本格的にその反乱を鎮圧しようと、L18が動いたのです。大勢で臨んだけれど、結果は、……』

 

 

 

 「――我々は入り込みすぎました、閣下」

 

 聞き覚えのある声がして、ルナは振り返った。

 ルナは、天幕の中にいた。奥に暖炉があって、ここがひどく寒いのだとわかる。簡易な長机をふたつ中央に据えて、十人ほどの軍人たちが会議をしていた。

 黒板の前に立っている若い将校は、グレンだ。

 気づけば、“孤高のトラ”と“傭兵のライオン”もルナの隣に佇んでいた。ライオンは無表情だったが、トラのほうは嫌な思い出なのか、ひどく苦々しい顔をしていた。

 ルナは、すぐにトラの苦い顔の理由がわかった。

 

 黒板まえのグレンは、暖炉のそばに置かれた黒板の地図を指揮棒で指しながら、一番奥に鎮座している、太った偉そうなひとにむかって言う。

 

 「このとおり、ここは砂漠のド真ん中です。しかもこのL03のガルダ砂漠は広大だ。いったん攻撃がはじまったら、救援も間に合わなくなる。撤退すべきです」

 「君、――撤退して、どこへ向かうのかね」

 口髭の、ほかの将校が咳払いをしてグレンに促す。

 「砂漠の入り口まで戻ります。……たしかに、L03からの依頼は、『一般市民および聖職者に被害の及ばない場所でのテロ組織のせん滅』でした。しかし、敵はこのガルダ砂漠を知り尽くした組織です。地の利は相手方にあります。われわれはこの「特別な戦」のために新たに組織された軍隊です。ガルダ砂漠をろくに知りません。L03での戦に慣れた先隊の意見を取り入れるべきです。ここまで奥深く潜らなくても、おびき出すなら入り口付近で十分可能。このままでは我々のほうが危険です」

「しかし君。われらの軍勢は大きい。こう大きな軍を動かしては、これほどの土地でなければ軍を配備できまい」

「ガルダ砂漠には、かれらの聖地が数多くある。遺跡もな。それらを押さえておるからこそ、いま、彼らは動けんのだ」

「聖地を抑えるのをやめて、市街地に向かえばどうなる? 市民を巻き込むばかりか、聖地は取り返され、彼らの思うつぼだ」

 

――だからさっさと、総攻撃していればよかったんだ。

 

ひとつひとつの聖地を攻略するごとに軍勢を増やし、だらだらと時間ばかりかけたせいで軍が膠着してしまった。二年もかけた挙句がこれだ。自ら縛している。

 

ルナは、孤高のトラの独白をとなりで聞いていた。

 

聖地を攻略して喜んでどうする、目的が違うだろうが!