「われらの軍は、砂漠の端に沿ってこう――」

グレンは、地図の中の砂漠のはしを、ゆっくりとなぞった。

「居住区を守るように置きます」

「軍を長蛇にするというのかね」

「話にならん」

「若い者は、軍事のなんたるかも知らんようだ」

幾人かが鼻を鳴らした。

だがグレンは負けなかった。

「ここを押さえれば、相手方の戦力も分断できます。相手は大した数じゃない、分断できれば、市街地に残ったわれわれの兵も、本隊なしで敵を相手にできます。そうすれば、一気にせん滅できるのでは。このまま我らのおびき出しに応ぜず、居住区のほうにテロ組織が向かったら、それこそ惨事になります。居住区を守る兵はわずかです」

 

「それは、見張りの役目であるからだ」

さきほどの口髭の将校が吐き捨てるように言った。

「居住区付近におおげさに軍を置けば、やつらを刺激しかねん」

「しかし」

グレンは唇をかんだ。

 

何度、――この不毛な言い争いを繰り返してきたかわからない。

五年、五年もだ。

 

近代兵器もない、食糧輸送のヘリすら撃ち落とす装備のない敵を相手に、五年。

 

ちょろちょろとした小競り合いをくりかえすだけで、まともにこの大軍勢は動こうともしない。

長蛇にするとか、撤退するとか、もともとそんなものは意味がない。

千人のテロを鎮圧するのに三万。

この大軍勢でいったん総攻撃をかければそれで終わりだ。そのはずだった。そのために三万も組織されてきたのではないのか。

今までのL03からの依頼は、防衛のみだった。だから、敵方のせん滅はできなかったし、L18から派遣される隊も小規模だった。だが、はじめてL03から、徹底的に敵をせん滅せよとの依頼があったのだ。だから、三万もの大軍勢を組織して。

だというのにこの大軍勢は、この五年、泣かず飛ばず。叫ばず動かず。よくわからない裏工作とやらを幹部どもが進めているだけ。

和平工作ならまだよかった。だが、幹部どもは和平などする気はない。彼らの頭の中にあるのは、弱者の徹底的な殺りくのみだ。

圧倒的な兵力を見せつけて、停戦条約をむすぼうというのでもない。

もともと、好戦的なヴェパスタミアの民族が、L03の無抵抗な一般市民をも巻き添えにしていることが目に余るから、派遣された軍である。グレンやドーソン一族の者が大将なら、けっして敵兵のせん滅など行いはしない。

おそらく、戦で捕らえられた捕虜たちは、L11の監獄行きだ。そこで、無抵抗な一般市民に手をかけた罪を裁かれることだろう。

L4系へ出兵している軍隊からの嘲りが、グレンには聞こえるようだった。一ヶ月もあれば片付くような戦に、五年も費やしている無能はどこのどいつだと。実際、いままでL03で戦ってきた軍隊は、毎度毎度呆れ顔としかいえない声でこちらの現状報告を聞く。さぞかし、敵からもバカにされているに違いない。

裏工作が進められているのはわかるが、交代で常に三万の兵が配備されるのはなぜなのか。しかも、この首脳陣がこそこそと裏工作か何かをしているだけで、一度も戦争に参加せずに、一年の期間を終えてL18に帰っていく兵も多いのだ。

おめでたい首脳陣たちは年に何回か、L18に帰る。兵たちも、年一回の交代制だ。気の毒なのは中堅の将校たちだった。グレン同様、この五年、無駄な時間を過ごしながら一度もL18に帰っていない。

いっそ、首脳陣がいないうちに一気に片をつけてしまうか、そういう過激派の将校たちを、仲間とともになだめになだめ、グレン自身もほとほと疲れ切っていた。

グレンもそうしようと何度思ったかしれない。だが、軍令違反は厳罰だ。L18に帰った際に自分も含め、功労者が牢にぶち込まれる羽目になる。

兵たちの士気低下は、すでに蔓延しきっていて、軍を飛び出し居住区に遊びに行き、神官の女に手を出しかけて厳重処罰を下される兵も少なくない。

 

ここは、聖地なのだ。

L03の、長年にわたる、原住民との争いに決着をつける名誉ある軍隊――。

 

……だ、そうだ、バカらしい。

ドーソンにも劣らない名家の将軍と言えど、ボディガードに兵三万はあるまい。

 

孤高のトラは、まるで黒板前に立っている自分を代弁するかのように吐き捨てた。

 

おまえらのような無能ばかりだから、戦にたけたドーソン一族が繁栄してしまうのだ。

貴様らが嫌うドーソン一族のだれかが将軍だったら、こんな戦など一ヶ月で片付けて凱旋だ。

 

そうだな。よくもまあ、ドーソン以外の人間ばかりで固めたものだ。

傭兵のライオンも、呆れ声で言った。

ああ、アホウ鳥ばかりが巣をつくって、チョコマカと小細工をやっている。

 

 

「きょう軍議を開いたのは、埒もない作戦を聞くためではない」

口髭が言った。らちもないのはどっちだ。

「おそらく近日中に作戦は終了する。すでにテロ組織はこちらへ向かっている。おびき出されているとも知らずにな」

ここでいきなり戦闘をさせるつもりか。

黒板前のグレンの青筋が、弾けそうになったのは、ルナにもわかった。

 

あいつらは本気でバカなのか。

傭兵のライオンはここにはいないから、この会議の内容も初めて聞いたのだろう。呆れ声に脱力感が加わった。

ああ、バカも大概だ。どれだけ、兵が弛緩しきっていると思う。

孤高のトラはつぶやいた。

 

グレンの隊は、軍事訓練を徹底させていたが、この一年、もうほとほと諦めかけて、まともに兵を訓練させていない将校も多いのだ。あまりに動きがないため、みな、おそらくこの戦はあと二三ヶ月で切り上げて、本星に帰れると思っている。

直接の戦闘は、今回はもうないと。

首脳の意図は、中堅の将校にすら伝わっていない。

しかも、グレンの隊はふたつにわけ、いざというときのために過半数を市街地においている。裏工作ばかりに気を取られ、実際に兵を動かすのはグレンたちの責任だろうといわんばかりの首脳陣に、いまさら腹が煮えくりかえってもはじまらない。

 

数人の将校が声を上げた。「まことですか」

「うむ。こちらで組織に、傭兵を潜り込ませてある。そちらから情報が入った」

「今度こそ、始末がつくか」

中年の、禿げあがった将校が、全身でためいきをはいて椅子に座りこんだ。

「五年ですぞ、五年。……やっとですな」

「ほとんど、裏工作ばかりだったからのう」

「われらが裏工作をしている時間があったということは」

グレンはいらだたしげに言った。

「相手側にもあったということです! 相手は少数精鋭のテロ組織です! なかに……」

「グレン・J・ドーソン」

奥の、一番でっぷりとふくよかな口髭が、ようやく口を開いた。

 

コイツのために――この口髭野郎のために、三万人が動員されている。

 

「若いとはいいことだ。覇気がある。だが、気負いすぎてはいないかね? たしかにこの戦はすでに五年もたっている――。若い君から見ればのんびりしすぎているという見方もあろう。だが、われわれが求めるのは、完全なる勝利なのだ。ひとつのテロを片づけて、それでしまいというわけではない。根こそぎ、この星から原住民を殲滅する。もう二度と戦争が起こらんようにだ。それを考えれば、この五年もまったく無駄というわけではあるまい」

「しかし、将軍……!」

「グレン中尉。自分の隊舎にもどりたまえ」

最初の口髭が、毅然として言った。

「……君がこの幕僚会議に参加できるのも、L18に貢献あるドーソン一族だからということを覚えておきたまえ。でなければ」

幕僚たちのグレンを見る目は、つめたかった。それはルナにもわかった。

「君の身分は、ここに入ることも許されてはいない」

グレンは敬礼をし、無言で外に出た。