「冗談じゃねえぞ、この星、娼館もねえんだ。ありえねえだろ?」

グレンが外に出た途端に唸るような声がし、グレンは顔をしかめた。砂嵐のせいだけではない。

「神官の星ってな、おキレイすぎて、俺の住める場所じゃねえな」

「俺に話しかけるな。呼んだときだけ部屋に来い」

「おまえ、恋人にもそういう言い方してんのか。モテねえぞ」

アズラエルの軽口を無視し、グレンは砂嵐の中を大股で闊歩していく。

「ずいぶんだらけてんな。こんなんじゃ、敵さんきたら、一発でオシマイだぜ」

アズラエルが、天幕のすみで呑気に寝こけている兵や、賭けごとに興じ、一喜一憂している兵を眺めていった。女に群がっている者もいる。

 

愛嬌をふりまく、綺麗に着飾った、女たち。

よっといでよ兄さん方。サービスするよ。

 

「女じゃねえか」

アズラエルがうれしそうに言う。ルナは、無理だと思っても、アズラエルを蹴飛ばしたくなったので、かわりに傭兵のライオンを睨みつけてやったが、彼は困った顔でたてがみを掻くだけだった。

 

 グレンが、しらけた顔でこたえる。

 「先月きたんだよ。L44からきた娼婦だ。食糧輸送のヘリがいっしょに運んできた」

 興味もなさそうなグレンに、アズラエルは寝てねえのかと、信じられない顔をした。

 「おまえ、アタマおかしいぜ。五年も女っけなしで、よくそんなクールに決め込んでいられるな」

 「抜きたいなら抜いてこい。報告は後でもいい」

ルナは、そういえば、グレンがアズラエルを雇った、と言っていたのを思い出した。

アズラエルは、女のほうにはいかずに、不精髭の濃くなった頬を撫でつけながら、グレンの後をついていく。

かなり薄汚れた格好だ。砂の中ですっ転んできたみたいな、埃が舞いそうなくらい汚れていた。赤いフードを被っているが、ボアのついたコートに赤いフードは、ちぐはぐでなんだか変な格好だ。

グレンのほうが、砂漠の中でもよほどちゃんとしていた。髪は、将校らしく、銀髪を後ろになでつけていたし、きっちり軍服を襟元までボタンを留めて、着込んでいた。……寒いのかもしれない。よほどこの砂漠は寒いのか、あのTシャツ姿が多いアズラエルも、ボアのついたコートを着ている。したはカーキのズボンで、グレンたちと変わらないごついブーツだ。

 

「ずいぶん余裕がねえな? オイ?」

「L44から娼婦だと? ばかげてる。アレを呼んだ時点でこの戦争をまだ長期化させるつもりなんだってことは、誰の目にもわかる。首脳陣の天幕に行ってみろ」

「俺好みの、つぶらな眼のカワイイコがいるってのか?」

「おまえの好みなんぞ知らん。一年前から、おまえの一年分の雇い賃が一晩で飛ぶような女がL44から来て居座ってるよ」

「なんだ、意外とパラダイスだな。ここは」

「おかげで俺たちは、敵よりさきに、仲間の反乱を阻止しなきゃならんかもしれん」

「……」

「後で聞くつもりだったが、女のところに行かないなら報告を聞こう。おまえがここにいるってことは、調査は終わったんだな?」

「おう。早めに終わらせてきたぜ。なのに雇い主のこのつめたいお言葉! 呼んだときだけ部屋に来い、だとよ」

グレンは答えず、小さな幕舎に入った。それを追って、アズラエルも入った。周りに人がいないことを確かめて。

 

グレンは、中に入るとベッドと思しき簡素な台の上に座り、小さな小箱をアズラエルに投げてよこした。アズラエルがそれを確かめて口笛を吹く。

「ずいぶんイイもん吸ってんな。やっぱ将校サマはちがうぜ」

中から葉巻を取り出し、慣れた手つきで切り、火をつけた。グレンも別の箱からタバコを取り出し、火をつける。

「俺にこのイイやつよこしといて、おまえは安煙草吸うのか?」

「それ、将軍吸ってんのと同じ銘柄だ」

途端にアズラエルも顔をしかめたが、「嫌な奴だな」とぼやいただけだった。

 

「……その様子だと、おまえの意見はまた通らなかったみてえだな」

アズラエルは言った。

 

ふたりとも、吸い込んだ煙を深く吐き出し、それからしばらく沈黙した。

「おまえおまえ言うな。仮にも俺はおまえの雇い人だぞ」

「ハイハイ。じゃあグレンさまって呼んだら、雇い賃上乗せしてくれよ」

アズラエルが、早くも二本目を取り出す。

「あれだけ積んどいてまだ足りねえってのか。傭兵ってのは貪欲だな。ありゃ軍からじゃねえ。俺の個人資産だぞ」

「知ってるよ。あれだけ積んでもらわなきゃあわねえよ。じゃなきゃ、一年も女っけなしの、娼館もねえようなとこにだれがくるかってんだ」

「おまえは、俺が知ってる中で、五本の指に入る優秀な傭兵だからな……」

アズラエルが寸時、戸惑った顔をした。

「親父が」

 

「……。おまえさ、自分がされて嫌なことは人にするなって躾けられなかったか? おまえだって親父の名前出されて嫌な思いしてんだろ? 性格悪ィなほんと」

「こんなとこに五年もとじこもってりゃ、悪くもなるさ」

グレンも立ち上がって、外の様子を見た。砂嵐はおさまっていたが、ひと気のないのをたしかめているようだった。

 

「報告を聞こう」

グレンが、引き締まった顔でアズラエルに向き直った。

アズラエルは、高級な葉巻を、ためらいもなく靴で踏み潰して消した。

「おまえの読みは当たりだよ。傭兵の分際で個人的な意見を言わせてもらうと、なんでもっとはやく俺を呼ばなかった、ってことになるんだがな。せめてもう一年、おまえが行動に移すのが早かったら、まだやりようはあったかもな」

「たしかにな。でも、俺の個人資産で傭兵雇うなんて、もうすでに軍令違反なんだよ」

グレンは苦笑した。

「中尉の身分じゃ、できることも限られてる」

これが、精一杯だったな、とグレンは自嘲した。

 

グレンが、意を決して、自分の個人資産で傭兵を雇ったのは、一年前のことだ。

勝手に個人資産を動かして傭兵を雇い、裏工作をするなどは、バレたら即刻首が飛ぶ。軍法会議は免れない。だが、グレンは、仲間の将校を抑えるためにも実行した。

アズラエルを雇ったのは、そのとき思い浮かぶ傭兵が彼しかいなかったからだ。学生時代の親友であるウォレスは、別の任務でL18にはいなかった。

学生時代からの傭兵の友人はほかにもいた。だが、この危険極まりない任務を依頼するに当たって、それにふさわしい実力を兼ね備えた傭兵というのは、彼しかいないと思った。

そんなことは、口が裂けてもアズラエルには言えないが。

ひとつしたの、気に食わない野郎ではあったが、その実力は認めていた、ということにでもなるのか。

アズラエルは認定の傭兵として名を売出し中で、どんな仕事でもえり好みしないところが気に入った。

アズラエルをひそかに呼び、契約し、それから一年の間、敵方の動向と、市街地の様子を探ってもらった。

まだ、期限の日づけには一ヶ月早い。アズラエルとの通信役の自分の部下を通さず、アズラエルが直接戻ってきたのは、なにかの理由あってのことだろう。

 

敵に、動きがあったのか。