アズラエルが肩をすくめた。

「まず、あの赤い原住民の組織に潜り込むのに半年以上かかった」

「おまえ、組織内部に潜り込んだのか」

ああ、とアズラエルはこともなげに言った。そこまで頼んではいなかったが。

「どうやって。おまえ、あの原住民の言語を知っているのか」

軍部でも、原住民を研究している通訳を雇っていた。通訳がないと、言葉が分からないのに。L03に住む原住民だけでも、言語は五種類ある。コイツはそれが分かるのか。

アズラエルは口端だけゆがめて笑った。

「メフラー商社の傭兵は、なんでもできるんでございますよ将校様。なんで自分の星じゃなくて、よそまで行って通訳を雇うかね。軍部ってのは傭兵を知らなくて困るぜ。俺に依頼してくれたらL03の歓楽街にしっかりご案内してやるのに、五種言語同時通訳可能――」

「黙れ。俺はあの言語を知っているのかと聞いてるだけだ」

「冗談のきかねえオトコだな。――ま、あの原住民の言語はカタコトだけどな。それでいいんだ。あまりペラペラ話せると警戒される。……言っとくが、お前も相当人使いの荒い依頼人だぞ。そこまでしねえと、わからねえこともあんだよ。危険度でいけばSランクだ。しっかり、ふんだくるからな」

コイツは、これだから嫌いだ。

「軍の誰かが、テロ組織に傭兵送ったな?」

「ああ。ゴードン中佐だ」

「そっちはもう諦めたほうがいい。選んだ奴が悪かった。軍に届いてる報告は多分、全部でたらめだ」

「なんだって」

グレンがさすがに声を荒げた。

「軍のお偉いさんてのは、傭兵のいろはも知らねえようだ。金をケチって、場末の、認定でもねえ傭兵を選びやがるから――。なんのためにL18に認定の傭兵ってもんがあるのか、わかっちゃいねえ。テロ組織の中にも傭兵崩れはいる。たぶん勧誘されたんだな。俺が入ったころにはすっかり居ついちまってて、二重スパイになってたよ。L18にはした金もらってあぶねえ橋渡るよりは、居場所をくれるほうを選ぶさ」

「……裏切ったってことか」

アズラエルが、今度は苦笑する。

「そういうとこ、アンタも将校だな。……いいか? やつらは認定じゃねえ。認定でもなく、どこかの傭兵グループに所属してもいねえってことは、極端に言や、傭兵としてのプライドもねえってことだ」

「……」

「L18で差別されながら、仕事があるたびにスズメの涙みてえな金でアブねえ橋渡って、浮浪者みてえな生活つづけるよりは、テロ組織でもあったかい寝床があって、自分を必要としてくれる所にいたがるもんだ。やつらにとっちゃ裏切りでもなんでもねえんだよ」

「……っくそ」

「悔しがってる暇なんかねえぞ。なんで俺が、途中で抜け出してきたと思ってる。中途半端な抜けかたが一番危険なんだ。俺はもう、L03じゃ仕事はできねえ」

アズラエルは真面目な顔で告げた。

「おまえの隊だけでも、ここを脱出したほうがいい」

「やつらが総攻撃をかけてくるのか。その報告だけは本当だったようだな」

「総攻撃は総攻撃だ。だけど、真正面から来る隊はおとりだ」

「なに……?」

「総攻撃が合図で、この軍の中に潜り込んでいたやつらが火をつける。この本隊だけは、聖地に陣を敷いてない。チマチマと聖地攻略すんだったら、聖地に本隊おけよ……まったく、どうしてこうもヌケてんだかな。あいつらは、ここを内側から木っ端みじんにする気だ。爆薬倉庫に気をつけろ。気をつけろったってな」

グレンは絶句していた。

 

「――だから、もう一年早ければって言っただろ? とっくに、あいつらは軍に潜り込んでいたんだ。今となっては、それが誰だか、確かめる術もねえ。しかも、しょっちゅう人数入れ替えてやがるだろ、おまえら。……まいったよ。せっかく忍び込んだのに、手が後手、後手に回っちまう。早晩、あいつらは来る。その時期だけは確かめられずに帰ってきた。もしかしたら間に合わねえかも、と踏んだもんでな」

 

「アズラエル」

グレンは真剣な声で軍章を襟元から引きちぎると、アズラエルに突き出す。

「俺の軍章を託す。今から急いで救援を求めに行ってくれ。今からなら――」

「無駄だ」

アズラエルはすげなく言った。

「無駄。間に合わねえよ。ここを焼き払われたら、その日のうちにたぶんほぼ全員が凍え死ぬ。……この土地の夜の寒さは知ってるだろう。俺の依頼人はアンタだ。アンタを死なせたら、俺は傭兵としての信用を失う。俺はここで死ぬ気もねえし、これからも傭兵稼業続けるつもりだからな。だから、俺の最終判断として、ここに残ってあんたを守る」

「……まいったな」

「アンタの最終判断は? どうするんだ――」

 

アズラエルのセリフが終わるか終らないかの、その刹那。

 

すさまじい轟音がして、グレンの天幕から幾ばくも離れていない場所から、火柱があがった。

 

サイレンが鳴る。『緊急事態!! 緊急事態!!』

 

「なァにが緊急事態だ。クソ。間に合ったって、ギリギリじゃねえか、」

アズラエルがぼやいていると、グレンが外に出た。

「総攻撃が来たのか!?」

天幕を出ると、すでに軍の入り口付近は火柱が上がっていた。赤いマントをまとった、馬を駆る原住民が雪崩の如く押し寄せてきている。赤いマントは、敵の戦闘集団のあかしだ。

グレンが、走り出す。

 

「てめえ! どこ行くんだ!!」

「貴様がだめなら部下に託す! あきらめてたまるか!」

アズラエルが舌打ちしてグレンの後を追う。いいから逃げろっていったろ、アズラエルの怒号が聞こえ、見る見るうちに天幕の間は砂埃と、黒い煙で見えなくなる。また、どおん、と爆発音が聞こえた。

 

完全に、軍部の中がパニック状態に陥っているのはルナにもわかった。

 

逃げ惑う人々、それらはほとんど、グレンとおなじ軍服を着た人間だ。突然の奇襲に、対応できている軍人はわずかだった。

そこへ、馬を駆った特殊な民族衣装を――華やかな赤い布を巻いた人間たちが突入してきて、発砲する。誰かがうたれ、もんどりうって倒れた。砂が血を吸い、砂埃が死体を埋めていく、また、どおん、と火の柱が上がる。

 

悲鳴、悲鳴、またどおん、という音。悲鳴。

民族衣装の男たちからは、ルナが聞いたこともない言語の雄たけびがあがる。

 

グレンの部隊の隊舎に向かう道は、砂塵と死体で埋まっていた。

赤い部隊がグレンに向けて発砲してくるのを、アズラエルがグレンをかばって避け、弾丸はアズラエルの右腕を引き裂いた。