ドッ、と肉に刃物が刺さる音。

アズラエルが、そばの原住民の死体から大きなナイフを引き抜いて、撃った男目がけて投げつけていた。眉間に刃物を刺したまま、どうと倒れる、グレンが発砲する。続けざまに二頭の馬と、敵が倒れた。

グレンの射撃の腕は、恐ろしく正確だった。

刀を振り上げて奇妙な言語をさけび、突進してくる原住民に、アズラエルは素早く動く。

ルナにわかったのは、コンバットナイフを指先でくるりとまわしたところまで。次の瞬間には、相手は右の首から血を噴水みたいに噴き上げて、倒れていた。

仲間の危機を見て、原住民数人がアズラエルを囲む。アズラエルは速かった。

片手で発砲し一人の頭を打ちぬき、飛び掛かってきた男を投げ倒すと相手の持っていた半月刀で首を地面に縫い付ける。そこには一切のためらいがない。身体が勝手に動いているという感じだ。ルナはむごい場面の連続に目をそらした。

屈んで振り向きざま、ひとりの足の腱をコンバットナイフで切り裂き、もうひとりは足をたたき折る。斬りかかった原住民の刀がアズラエルに振り下ろされる前に、グレンの短銃がそいつの胸を打ち抜いたと同時に。アズラエルは最後のひとりの首を、背後から締め上げて絶命させた。

 

血しぶきがアズラエルにかかっていた。彼は頬をぬぐう。

原住民がアズラエルとグレンを囲んでから、数分と経っていない。

 

一瞬の出来事だった。原住民の赤い死体が、八人分転がっている。

 

――これが、アズラエルとグレンの生きてきた世界なのか。

 

ルナは、世界の違いを、まざまざと見せつけられた気がして、俯いた。

だがぼうっと考えている暇はなかった。

 

グレンが、また走りだす。

「このバカ野郎! 奥には行くな!!」

アズラエルの怒号。もう無理だ、とさけぶアズラエルの声は、原住民の奇声にかき消される。

 

――グレン!

 

ルナは天幕の間をさまよい歩き――なにしろ、黒煙と砂埃で見えないのだ。それに、同じような天幕がいくつも重なり、逃げ惑う人々が、ルナの視界を邪魔する。馬に乗った、赤い、赤い、民族衣装。塔のようなあかい帽子。たくさんの死体から目をそらしながら、ルナはふらふらと歩いた。頭が真っ白だ。

 

「グレン! 待て――!」

アズラエルの声がして、ルナは目を上げる、

 

――ルナは、目のまえで人が吹っ飛ぶのを見た。

 

これがジャータカの子ウサギの見せている幻でなく現実だったら、鼓膜が破れていただろう、ドンっ! と一瞬だけ聞こえた恐ろしい音。高く人が吹き飛ばされ、砂にたたきつけられた。

 腕がちぎれ、もうひとりは下半身がない。ルナが思わず目をそらすと。

 

グレンが倒れている。

アズラエルが、駆け寄るのが見えた。

音がした方向からは黒煙が噴き上げて、赤黒い炎が砂をなめ上げている。

 

「しっかりしろ!! グレン!! グレン中尉! 聞こえるか!?」

 

アズラエルが抱き起こし、担いで足早にそこを離れた。

二度目の爆発音。

さっきよりもすさまじい炎が噴き出し、アズラエルとグレンの姿をルナの視界から消した。

アズラエルがグレンを担いで離れなかったら、おそらくその炎に、グレンは焼きつくされていた。

 

 『……本隊は壊滅しました。数百人ほどの原住民の部隊に、ほぼ壊滅させられたのです。グレンさんは運が良かった。……グレンさんが、何年も動かずにいた軍に業を煮やして――アズラエルさんと契約したのは、中尉としては行き過ぎた行動だったかもしれない。でもそのおかげで、グレンさんは助かった』

 

 ジャータカの子ウサギの音声を聞きながら、ルナは、はるか上空から、シネマのように二人を見下ろしていた。アズラエルに支えられながら、砂の上を、よろめいて歩いているグレンがいる。意識はあるのだろうか。

 ルナはおもわず、両隣にいた孤高のトラと傭兵のライオンの手を握った。彼らはだまって、握り返してくれる。いつもよりほんのわずか、つよい力で。

 

 ルナが後ろを振り返ると、噴煙をあげているたくさんの天幕が見えた。

 爆発はまだ続いている。

 

 ドドドド……、と音がしたのでルナがまたアズラエルたちのほうを見ると、特殊なバイクに乗った大柄な男性が、アズラエルとグレンのそばにやってきていた。彼は砂埃よけのサングラスを外すと、噴煙のほうを眺めて口笛を吹いた。

 

 ルナには分かった。見覚えのある顔。

 バーガスだ。

 

 「派手にやられたなあ!」

 そう言って、彼は自分のサングラスと、それからバイクに積んでいたコートをアズラエルに投げつける。アズラエルは、その寒冷地仕様のボアコートでグレンをくるむと、バイクにまたがった。グレンをかぶせたコートごと後部座席にロープでくくりつけて。

 グレンは、歩いてはいたがほとんど意識がないようだ。

 バーガスは、ポケットからボトルを取り出して、何か飲んだ。酒だろうか。

 

 「なかなか冷える砂漠だ。……生きてんのか? ソイツは」

 

 「……まだ生きてる」

 かすれ声で言ったのはグレンだった。

「勝手に殺すな。……おまえも傭兵か?」

 

男は又口笛を吹き、「バーガスです。しがない傭兵ですが、一応認定なんで、以後お見知り置きを」

グレンが荒い息の下でごほっと咳をした。

「……もうすぐ死体になるかもしれん奴に媚びてどうする」

「今回の稼ぎは全部あんたにかかってるんでね。生き延びてもらわなきゃ困る」

「……町にいる軍勢はどうなった」

「あんたたちより先に攻撃を受けたよ。砂漠にいる本隊がこうなっちまったんで、いまごろパニックだろうな。町に残した軍が少なかったから、俺があっちをでてくるころにゃ、町のはしっこまで押しやられて、みんなとっつかまったよ。まだ殺されてはいねえ。体のいい人質だな。北は――砂漠の入り口付近は原住民のやつらに占拠されちまってな」

「……っごほ、……完全に、手おくれだったってわけだな……」

「いや?」

バーガスは笑った。

「そう悲観的でもねえかもな」

「……どういう意味だ」

「アンタがドーソン一族でよかったってことだよ」

火傷でつぶれていたまぶたを、グレンがわずかに開けた。

「アンタ、自分の部隊の半数以上を町のほうに残してきたみてえだな。おまけに、『もし町の部隊に何か起こったら、本隊でなくL18のほうに救援要請をおくれ』って、口酸っぱくして言ってたんだって? どうやら、そのおかげで助かるやつも出てきそうだ。L18からの救援が早い。三日後には大きな軍隊がこっちへくるから、――しかも、明日にはL05に待機してたL18の隊がくる。期待できるぜ。本隊のやつらも、全滅とまではいかねえだろうさ」

 

「なぜ――俺が――ドーソンだと――よかったんだ」