グレンの声は、頼りなげにかすれた。息をするのも苦しいようだ。

「ふつうの中尉の小隊が、あきらかに勝ち戦の『はず』の戦で、本隊がまだ無事なのに救援要請しても、まともに取り合ってもらえねえよ」

バーガスは、当然だろうという顔をして笑った。

「こうなってはじめて、救援要請だろうが。ドーソンだから、そんなわがままにしかみえねえ救援要請が、取り合ってもらえたんだ。今までピクリとも動かなかった敵さんが急に動き出して、砂漠の入り口を固めちまった。それで、アンタの部下がおかしいと感じて、救援部隊にじゃなく、L18のドーソン一族の上司に直接連絡したんだ。それが昨日だ。生きてるかわからねえが、生きてたら部下を褒めてやれ。町の部隊は、基本的に本隊からの指令がないと動けねえ――でも、その救援要請が早かったおかげで明日には軍隊が到着する。……アンタの部隊はたぶん表彰モンだろうな。またドーソン一族の名があがっちまうぜ」

「……」

「おっと、俺を責めるなよ。俺は、契約があったから、おまえさんらの兵がとっつかまるまえに逃げ出してきたぜ。まあ、だからアンタはこうして助かるってわけだ」

グレンは、何も言わなかった。

「追手もたぶん、心配はねえよ」

 「……そうみたいだな」

 今度はアズラエルが返事をした。

 「聖地の予備兵も、この大炎上見てあわてて駆けつけてくるだろうさ。原住民たちにやられてなければな。聖地はもう捨てるしかない。二年かけてチマチマ攻略した結果がこのザマか」

 「このザマだな」

ずっしりと巨大なマシンガンと、ライフルをバイクから外すと、バーガスはバイクを蹴飛ばした。

「そら行け。アダムの息子。将校サマを殺したら、今回の経費はみんなてめえ持ちだ」

アズラエルは軽く肩をすくめ、バイクのエンジンを吹かして噴煙とは反対方向へ向かった。

ぼうぼうと、燃える音がする天幕のほうから、馬に乗った数騎がバイクを追ってくる。

パン! と弾けたおとがして、馬ごと民族衣装の敵が砂丘を転がり落ちる。バーガスがライフルでこっちに来る敵を仕留めているのだった。人数は少ない。バーガス一人でも大丈夫だろう。

 

バイクの速度は最高だ。砂を巻き上げながらアズラエルはグリップを握りしめる。

 

「――どこに行く。アダムの息子」

グレンが咳き込みながら聞いた。

「うるせえ。俺はアズラエルだ。……砂漠の東にあるオアシスにいったん向かう」

「……そこは危険じゃないのか」

「そのオアシスも賭けっちゃ賭けだ。先に原住民のやつらが入り込んでたら、アウトだ。だけど街よりましだ。ここらへんじゃオアシスは中立地帯なんだ。あした、援軍が来るまでの辛抱だ、しょうがねえ」

「……、――あの傭兵は――バーガスは、おまえが雇ったのか……」

「ああ」

アズラエルは大きくくしゃみをした。

「ちくしょう。……深夜になる前にオアシスに入れればな。おまえの依頼はけっこう厄介だったからな。俺の判断でバーガスを連れてきた。バイクを持ってきて、攻撃されたらちょっと逃げるまで敵さん撒いてくれって頼んだだけだ。バーガスなら平気だ。アイツはウォッカさえあればこの寒さでもコートなしで踊ってられる」

「……アダムの息子……」

「ああ!?」

アズラエルは怒鳴った。砂ぼこりのせいで苛ついたわけではない。

「……バーガスの雇い賃は契約外だ。おまえが払え……」

「ケチくせえ野郎だな」

 

 

 

アズラエルたちがオアシスに着いたのは夜半過ぎだった。空に満天の星が輝く時刻になると、空気が刺し貫くつめたさにかわる。

「寝るな! 起きてろドーソンの甘ったれ息子!」だの、「万年暴力生徒会長!」だのアズラエルはよくわからない暴言を吐き散らかし、グレンも応酬するのだが、そのうち「ほざくなハゲ」「俺はハゲてねえ」「アダムに似たらハゲるだろアダムの息子」「てめえがハゲろ」だの、低レベルの言い争いになりつつも、暴言を吐くことをやめないのだった。

じきに、その悪口雑言も静かになる。よほど寒いのだろう。息が真っ白だ。

アズラエルもずいぶん消耗しているようだった。

 

 オアシスは、夜半を過ぎて、暗く静まり返っている。

入り口に着くと、民族衣装を着た人間たちが、ランプを持ってアズラエルたちに寄ってきた。

厚手のストールを巻き、ベールをかぶっている。オアシスの住民か。武器は持っていないようだったが、アズラエルが警戒して銃を向けると、なかのひとりがベールを外して言った。

 若者ばかりだ。

 

 「心配いりません。……L18の方ですね。お待ちしていました。わたしどもはL03の神官です。ここのオアシスは砂漠に水のあふれる聖地、それはわたしどもにも原住民の方にも同様です。ここで争いはおきません。どうか、ご心配なく」

 

 ふたりの体格のいい神官が、アズラエルの肩からグレンを預かって、担架に乗せた。

 「あなたもケガをしている」

 アズラエルの額に布を当てようとした神官の手を払って、アズラエルはすごんだ。

 「――誰を待ってたって言うんだ? まるで俺たちがここに来るのが分かってたって口ぶりだ。誰から聞いた? バーガスか?」

 奴だって、ここに寄る時間はねえはずだ、アズラエルが吠えるのに、「お疑いになるのも無理はありません」最初に口をきいた少年が言った。

 「我々はあなたがたの味方です。しかし――ここはL03です。あなたがたの常識が及ばないこともあること、承知していただきたいのです」

 「われらのサルーディーバが申しました」

 まだ幼子ともいえる、もっと年若の少年が指を組み、祈るしぐさをした。

 「あなたがたがこのオアシスに来ることは、サルーディーバが一年も前より予言しておりました。この戦が、このような結末を迎えることも」

 グレンを担架に乗せた青年の片方が、澄み切った笑顔を浮かべる。

 「我々はそれを信じ、期日にこのオアシスであなた方を待った。それだけです」

 

 

 

アズラエルはだれの肩も借りずに一人で歩き、彼らの案内のまま、噴水のある広場を通って、倉庫ほどの建物の中へ入った。白い壁の簡素なつくりの室内は、煌々と明かりがついている。すでに清潔なベッドが用意されており、清潔な布も、水もある。  

大きな暖炉が奥に据えてあり、子どもが薪を足していた。部屋の温度はじゅうぶんすぎるほど暖かい。

空気に流れて、薬草のにおいがした。ベッドの片隅で、ひとりの若者が膏薬を練っているのだった。それも大量に。

ほんとうに、さっきの口ぶりどおり、けが人を待ち構えていたような用意の良さだ。

 

グレンはまず担架の上で、服を丁寧に脱がされている。脱がされるというよりも、ひどいやけどだ。布地をすこしずつ取っていく、と言うほうが正しいかもしれない。グレンがかすかなうめきを上げた。

 

「あなたも治療しましょう。こっちへ」

言ったのは、最初に喋った神官だ。アズラエルは促されて、今度は素直に木の椅子に座った。彼は水で患部を清潔にしてから、すごい匂いのする膏薬を、たっぷりとアズラエルの額に塗りつけた。すさまじい匂いだ。

「うたれたのですか。血が出ています」

「弾がかすっただけだ」

少年は、アズラエルの腕のえぐれた部分をなるべく見ないように、洗って布を巻いた。

「われらの星は、化学薬品はほとんどありませんから」

匂いに顔をしかめているアズラエルに、彼はいたみに顔をしかめていると思ったのか、そういった。

「でも、抗生物質くらいはあったほうがよかったかもしれません――彼の火傷はひどい」

グレンのほうをちょっと見て、青ざめた顔で付け加えた。神官だ、こういうひどいけがなど見慣れているわけもあるまい。さっきの幼子などは、明るい場所でまともにグレンの傷を見たせいなのか、驚いて逃げ出してしまった。