アズラエルも眉をしかめるほど、ひどい大やけどだった。グレンの上半身はほとんど、火になめられて、顔も半分やられてしまっている。足だけは、ろくに傷もなく、ズボンも煤焦げているだけですんでいるが、さっき担いでいたとき、右腕が折れているのはわかった。火傷は中までいっていなければいいのだが。息もしているし、喋れたが、まだ油断はできない。気道が焼けていたら、まずい。

 

「でも――だいじょうぶ。あなたも、彼も生き延びられる。星に帰れます」

彼が、アズラエルの腕に軟膏を塗りつけ、つぶやいた。

「それもサルーディーバとやらが言ったのか?」

「そうです」

「……この戦争もこうなるって知ってたんなら、早く教えてくれりゃいいものを」

彼は、上目づかいでちらと、アズラエルを見た。

 

「サルーディーバ様!」

「皆、夜遅くごくろうさまです。けが人の様子はどうですか」

 

サルーディーバが入り口から入ってきた。彼女はルナの見知っていた彼女となにひとつ変わってはいない。ベールをかぶり、厚手のストールをベールの上から体に巻きつけていた。

グレンはあの異臭のする軟膏をたっぷりと塗られ、上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていたところだった。

 

「よかった。――彼はまだ生きているのですね、薬は足りていますか、」

 

「アンタが、サルーディーバか?」

無遠慮な声が、空気を引き裂いた。

「若いってことは次期サルーディーバのほうだな。……あんたがここの責任者か。まず、俺たちを助けてくれたことは礼を言う。だが俺は、納得がいかねえ。なぜおれたちが来るのが分かった? 納得いく説明をもらいてえ」

アズラエルを治療していた少年がおどおどしながら口を挟もうとしたが、サルーディーバに押しとどめられた。

「メルヴァ。ここには重体のけが人がいます。わたしがお話をさせていただきましょう」

ルナは思わず、その少年の顔を見た。

 

――彼が、メルヴァ。

 

「アンジェリカ」

薪をくべていた子供が、ぴょこんと立ち上がった。

あ、アンジェだ。ルナはクスリと笑った。彼女もサルーディーバ同様、あまり変わっていない。

「温かいバターチャイをみなに、持ってきてください」

子供は、抜けた歯を全開にした笑顔で、部屋を出て行った。

 

ルナはアンジェリカの後姿を目で追ってから、メルヴァに視線を戻した。

――あれが、メルヴァ。

 

ルナは、自分を狙っているのだというメルヴァの顔を、新聞以外で初めて見た。美しい顔立ちだが、その純朴な目はどちらかというと大人しそうで、そう――おおげさだが――ロイドのようだ、まとう雰囲気が。

心根の純真さは小作りな顔にすっかり表れていて、肩も俯き加減で、下からすくいあげるようにアズラエルとサルーディーバを交互に見ている。

とてもではないが、人を率いて革命を起こすような人間には見えない。

 

この人が――あたしを殺そうとしているの?

 

「毒など入っていませんよ」

水差しの形をした大きな土瓶から、湯気の立つ飲み物を、アンジェリカは同じ土色のカップに注いだ。最初に、アズラエルに渡す。

バターチャイに手をつけないアズラエルを見、サルーディーバが先に口をつけ、アズラエルに渡した。アズラエルも、疑わしげな眼でサルーディーバをにらみながら、それでも、やっと一口すすった。

まずくはないという顔をアズラエルはした。冷え切った体に温かい飲み物が入って、顔色が良くなった。

皆も、グレンの治療があらかた終わって、一息つきながら、温かい飲み物を口にしている。

みなは、アズラエルの様子を見守るように取り囲んだ。彼らの目に、アズラエルをいぶかしんでいる気配はない。妙に澄んだ、子犬のような目に囲まれて、アズラエルは居心地が悪そうにしている。

ただひとり、サルーディーバを守るように、さっきの担架を運んでいた大柄な青年が、アズラエルをにらみつけ、仁王立ちしている。王さまへの無礼に怒っている兵隊という感じだ。

「――威嚇すんな。おまえじゃ俺の相手にならねえぞ」

途端に興奮で顔を上気させる大男を眺め、いざとなったら何撃で倒せるか目で測った。サルーディーバは苦笑する。

 

「およしなさい、ツァオ。……わたしは、L03の予言者です。彼らは、わたしの予言を信じて、ついてきてくれる者たちです。いわば、協力者です」

「アンタは、L18の敗北を予言してたってのか? だから、このオアシスで俺たちがやってくるのを待ってた?」

「……私は、L18の軍隊が敗北するとは一言も申しておりません」

「はァ? だってさっきそいつが、」

 

サルーディーバは、人差し指を口に当て、メルヴァをたしなめた。

 

「ですから、予言というものは、軽々しく口に出してはなりません。……私は、『このような結果になる』と申しました。L18の本隊が、原住民の部隊の攻撃を受け炎上し、L18の中尉を抱えて傭兵が、このオアシスにバイクでやってきます、と。明日には、もうひとりの傭兵もやってきます。わたしは、みなにそう申しました。ですから、一時的にここを封鎖し、原住民のかたは入れないようにし――もっとも、この北のオアシスは宗派が違うせいで原住民のかたは滅多に来られませんが――火傷の治療の用意をしなさいと。それだけです。ほかに何も申してはおりません。せっかくですから申し上げますが、L18の軍隊は、この戦に勝利します」

「……本隊は壊滅状態だぞ」

「はい。しかしながら、あの爆発が起きてすぐ、幹部の方々は脱出いたしました。将軍ほか、大佐の方々も生きておられるでしょう。一緒におられる女性の方たちも。明日には軍隊が新たに到着いたします。その軍隊はとても素早いでしょう。戦争に、というよりかは、こういう事態の収拾に長けた方なのでは。彼らは将軍たちを保護し、町の地区の生き残り兵をL18へ誘導し、本隊の撤収も賄うでしょう。貴方方も含めて。――実態はどうあれ、L18では勝ち戦と報告されるはずです」

 

グレンの腕が、ピクリと動いた気がした。憤っているのか、この話が聞こえたのかは分からないが――。

なにに憤っている? あのたくさんの兵を見捨てて、ボスたちが逃げたことか、自分が、なにもできなかったことか。それとも……、

 

サルーディーバは、つづけた。

 

「L18はこたびは撤退いたしますが、三年後、ふたたびこの地に舞い戻ります。そのときが、L03の民がここに移住してきたときからあった、原住民との問題が根本的に解決されることになります。……原住民の方々は一人も残らずこの星を追い出されて、L4系の惑星に連れて行かれることになるでしょう」

サルーディーバは悲しそうに眼を伏せた。

「……おそらくは」

 

「だから我々は、そうならないように、原住民たちとの話し合いを続けているんだ!」

大男が激した。周りの青年たちも、激昂を抑えているようだ。

 

「予言は、あくまでもこのままいけばこうなる、といった類のものです。我々の努力があれば、そういう結果にもならずにすむ。原住民の方々の中にも、我々と手を取り合っていこうという人たちは大勢いるのですから」

 

「それはあんたらの問題だろう」

アズラエルはうんざりして、言った。「こんな結果になると知っていたなら、なんで言ってくれなかったんだ。L03の予言者の話なら、聞くだろうL18の幹部だって」

アズラエルはグレンの代弁を兼ねて、そう唸った。